【97】
「おじいちゃん、いっちゃんは家族に絶縁されたよ。ヒビの嫁としてうちでもらっても良いよね?」
朗らかに笑う玄朔に胸を撫で下ろしたのも刹那、耳元から響く天里の言葉で現状を思い出す。響葵が無事なことに気を取られてすっかり忘れていたが、今の彩月は両親から勘当を申し渡されていた。
つまり今後親からの庇護は一切期待できず、一人で生きていかなければならない。
就活に向けてアルバイトを辞めてしまったので現状は収入も無ければ、今後得られる当てもない。完全な無一文状態である。天里はこれから友人が遊びに来るようなノリで玄朔に聞いているが、そんな彩月を嫁にもらう利点は久慈川家には無いだろう。彩月を取り巻く状況が大きく変わったので断られると思っていたが、玄朔は表情を変えずに頷いただけであった。
「儂は構わんよ。若者が増えて、我が家もますます賑わうのう」
「勝手に話を進めるな。まずは彩月の気持ちを聞いてからだな……」
ようやく腕の中から解放してくれた響葵を無視するように、天里が「どうする?」と彩月の意思を確かめるように顔を覗き込む。
「いっちゃんはそれで良い? ヒビじゃなくてオレが良いというならそれも大歓迎だけど」
響葵が彩月の頭上から天里を取り上げてしまうと「そういう問題では無いだろう」と説教をするが、彩月は「でも」と口を開く。
「響葵くんはそれで良いの? 今の私は何も持っていないよ。お金も無ければ、取り立てて良いところも無いし、今通っている大学だって両親が何か言ったら、辞めさせられるかもしれない。久慈川学園の編入学どころじゃ無くなるよ」
「そんな心配をしていたのか。全て大した問題では無いだろう。大事なのは君の意思だ。君がどうしても自分の力だけで生計を立てたいというのなら無理強いはしない。援助だけ希望するのなら、俺からも頼んでみよう。君の意志が俺たちの全てだ。俺としては一時とはいえ、君と夫婦の関係になれるのなら、この上ない喜びではあるが……」
「ありがとう。でもやっぱり結婚は少し考えさせて。支援は嬉しいけれど、今すぐに全て決めるのは難しくて……」
たとえこの結婚が月の姫として彩月が月に昇るまでの一時的なものだとしても、響葵や天里を始めとする久慈川家の人たちを巻き込むことは間違いない。
彩月と関わったことが原因で、久慈川家が不利益を被ってしまうかもしれないと考えて怖くなってしまう。現に両親と爽月はどこから情報を得たのか、彩月が久慈川家に身を寄せていることを知って屋敷に押し入ってきた。
またこんなことがあったらと考えれば考えるほど、誰にも迷惑を掛けないように一人でいた方が良いような気がしてならない。この先も家族との確執が続くのなら、今度こそ響葵や天里にまで見放されてしまうかもしれないという不安さえ頭を過ぎる。せっかく手に入れた至福の時間さえ、奪われてしまうのではないかと。
そんな彩月の不安を察したのか、天里が安心させるように教えてくれる。
「大学を辞めさせられるかもって心配だけどそれは無いよ。いっちゃんはもう十八歳を過ぎていて親権も消滅しているから、両親が勝手に大学を辞めさせることはできない。学生本人に問題が無い限りは、大学側も本人の意思を確認しないで辞めさせるとは到底考えられないよ。悪評が立つからね」
「そうかな……」
「万が一、君の家族が大学を辞めさせようとしても俺たちが止める。君を阻む者は俺たちにとっても敵。そのためなら悪にもなるつもりでいる。何があろうとも、もう君を一人にはしない。どこまでも供をしよう」
結婚は落ち着いてから考えるということで話は落ち着き、片付けをするという狐塚たちに促されて彩月たちは応接間を後にする。玄朔はこれから人と会う約束があるとのことで、後程様子を見に来ると言って犀原を伴って屋敷を後にしたので、とりあえず三人は彩月の部屋に戻ったのだった。
部屋に入った途端、とうとう限界が来たのか倒れそうになった響葵の腕の中から天里が抜け出すと、瞬時に人の姿に転化して響葵に手を貸す。
「ほら、いっちゃんが見ている前で倒れない。椅子までは自分で歩く」
「響葵くん……」
彩月が用意した椅子の上に響葵が腰を下ろした時には、額は汗で湿って背もたれにぐったりともたれかかっていた。平気な振りをしていたが、やはり身体に掛かる負担は大きかったのだろう。人の姿で《超常力》を使ったこと以外にも、壁にぶつかった時の怪我も関係あるのかもしれない。彩月がハンカチで額や顔を拭けば、「すまない……」と小さく声を漏らしたのだった。
「響葵くんはこのままで良いの? お医者さんに見せなくても……」
「《超常力》を使い過ぎた時は安静にしているのが一番だから。久々に人の姿になって《超常力》の消耗が著しく激しいというのもあると思うよ。何か持ってこようか?」
「必要ない……天里の言う通りだ。少し休めば回復する。人の姿になるのも《超常力》を使うのも久しいからな。身体に掛かる負担がいつもより大きいだけだ」
「……スランプを脱したんだね。これもいっちゃんのおかげかな」
「私のおかげ?」
彩月が首を傾げていると、少し回復したのか響葵が座り直しながら「ああ」と頷く。




