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推しうさぎと月の姫になるまで〜二十歳の誕生日に助けた迷いうさぎは電撃引退した推しのアイドルでした〜  作者: 四片霞彩
爽月と彩月【下】

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85/117

【85】

「この服って……どれも海外の一流ブランド品ですよね? これも天里くんが?」


 新たに追加された洋服はいずれも世界各国の一流ブランドメーカーのロゴが刻印されていた。どのメーカーも日本で知名度が高く、全国各地に直営店があるものの、安くても何十万はしていたはずであった。

 天里はこれまで何十着もの洋服や着物を贈ってくれたが、それらの何倍もの値段をしているはずである。


「いいえ。こちらは当主である玄朔様の命令で天里様が用意されたものです。本国から取り寄せになっていたものが昨晩ようやく到着したので、姫様が朝食を召し上がっている間にお持ちしました。セットとして同梱されていたアクセサリーと靴はこちらになります」


 狐塚に渡された見るからに高級な金色のネックレスとよく磨かれたエナメル質の黒色のパンプスは、セット品らしくロングワンピースに似合いそうであった。ネックレスと同じ色のボタンや派手過ぎないシンプルなデザインの柄、そして袖や襟元にふんだんに使われたフリルと相性が良いだろう。彩月は狐塚の手を借りて天里が用意してくれたロングワンピースに着替えると、いつもより念入りに化粧をして髪を梳いてもらう。大人っぽく見えるように黒髪は頭の後ろに流して何度も巻いてもらったのだった。

 そうしていつもより大人びた姿の彩月が鏡の前に立つ頃には家族が屋敷に到着したようで、他の使用人から応接間に向かった旨の連絡が入った。応接間に向かおうと彩月が部屋の扉を開けると、目の前には二本足で立った響葵が待っていたのだった。


「ずっと待っていたの?」

「女性である君をエスコートするのは男である俺の役目だ。天里はもう応接間で君の家族と対面している」


 念入りに用意をしていたからか、もうそこまで時間が経ってしまったらしい。手足がゾクゾクとして落ち着かない気持ちになる。


「どうしよう、何だか緊張してきちゃった」

「不安がらなくても、家族の相手は天里に任せておけば良い。アイツは昔から口八丁手八丁だからな。交渉事には慣れている」


 彩月を励まそうとしているのか、一生懸命に伸ばそうとする響葵の小さな手を握り返すと躊躇いも無く抱き上げる。

 応接間まで同行するという狐塚を後ろに従えて階下の応接間に向かうが、階段を降りたところで廊下を歩いていた爽月と遭遇してしまう。歩いてきた方角からしてお手洗いに行った帰りだろうか。

 彩月の姿を目にした爽月はひどく魂消たように口をあんぐりと開けていたが、やがて歯を食いしばりながらキッと睨み付けてきたのだった。


「あんた……っ!? なによ、その格好!? あんたなんて古びた汚い安物で充分なのよっ!!」

「爽月……」


 いつもだったらここで俯いて同意してしまっただろう。自分に綺麗な服は似合わないと言って。

 でももう彩月は家族に屈しないと決めた。顔を上げると、わざとらしい笑みを浮かべる。


「似合っているでしょ? 天里くんが私のために用意してくれたんだよ」

「はあ!?」


 腕の中の響葵が笑ったのかくしゃみのように小さな声を上げたので、少しだけ爽月の鼻を明かせたようで彩月も内心で一笑に付せた。

 そして戸惑う爽月を無視して応接間に向かうが、その途中でティーワゴンを押して応接間から戻ってきた狐塚と同年代くらいの女性の使用人の姿に気付く。同じように使用人も彩月たちの姿を見つけたのか、ティーワゴンを寄せて道を譲ると深く一礼してくれたのだった。

 これまでは家族が主人、彩月は使用人のような立場だったこともあって、この屋敷で暮らし始めた時は屋敷で働く使用人たちの態度に戸惑ってしまったものの、ここでは月の姫である彩月が一番上の立場なのだと聞かされて納得せざるを得なかった。

 未だ当惑する時もあるが、ここは軽く頭を下げて無言のまますれ違う。以前、天里にも言われたが月の民の頂点に立つ彩月が仕える者たちより格下であってはならない。君主たるもの傲慢でもいけないが謙虚でいるのも良くないと、少しずつ天里の言葉の意味が分かってきた。

 いずれ月の都の統治者となる彩月は仕える者に感謝と敬愛の心を持ち、見た目も能力も千差万別な月の民を受け入れる寛容な人物になる必要があるが、腰が低ければ月の民に不安と不信を与え、横柄では反感と敵愾心を生じさせてしまう。そうなれば平穏な治世は望めない。

 どこかで争いが起こり、血で血を洗うような内紛が起こることも考えられる。月の姫を信奉する者と月の姫に反発する者たちの骨肉相食む戦いが――。

 そんな未来を彩月は望んでいない、それを避けるためにはやはり自分が月の都の統治者たる月の姫として相応しい者になるしかない。月の姫を仰望する月の民たちの手本となるように。そのためにもここで家族相手に怯むわけにはいかなかった。

 そんな事情を知らない爽月は「何の冗談なのよ……」と困惑しているようだったが、それさえ放って先を進む。狐塚が扉を開けてくれた応接間に足を踏み入れた時も、両親は爽月と同じように泡を食ったような顔をしていたのだった。


「彩月!? あんたなんて格好をしているの!? あんたはそういう高くて綺麗なものをねだったらいけないって何度も言って……」

「お母さん、落ち着いて下さい。あの服はオレと祖父がプレゼントしたんです。彼女――彩月ちゃんによく似合うと思って。実際そうでしょ?」

「ぐっ……それは……まあ……」


 いつもより丁寧な話し方をする天里にも驚いたが、一番驚いたのはいつもなら開口一番に罵声を浴びせてきた両親がその一言で終わらせたことだ。天里の前だから遠慮したのか、彩月が予想外にオシャレな見た目をしていたから言葉が出てこなかったのか。

 こうなると分かっていたのか、天里は小さくウインクをすると自分の隣に座るようにソファーを勧めてくれる。彩月側は天里と響葵しかいなかったが、それでも一人に比べて充分心強かった。後から部屋に入ってきた爽月が両親の隣に座ると、先制するように天里が口を開いたのだった。


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