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推しうさぎと月の姫になるまで〜二十歳の誕生日に助けた迷いうさぎは電撃引退した推しのアイドルでした〜  作者: 四片霞彩
優游涵泳、学びの地で結ぶ信愛

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82/117

【82】

「誰からだ?」

「天里くんから電話だね。どうしたんだろう?」


 カバンからスマホを取り出して発信者を確認すると他の来館者に配慮して水槽から離れた壁際に向かう。

 通話ボタンを押して耳に当てると、声を潜めつつもどこか焦った様子の天里が電話に出たのだった。


「いっちゃん、見学中に邪魔してごめんね。いま話しても良いかな?」

「大丈夫だよ。何かあったの?」

「ちょっとね。ヒビはそこにいる? 代わってもらえるかな」

「響葵くんならここにいるよ。少し待ってね」


 スマホを響葵に渡すと器用に耳に当てる。けれどもスマホが重いのか取り落としそうになったので、後ろからスマホを支えながら二人の会話に耳を澄ましたのだった。


(何の話をしているんだろう……?)


 電話に出た時の天里の様子からして何かがあったことは間違いないが、彩月ではなく響葵に用があるというところが気になった。

 大学関係なら直接彩月に話すはずなので、あえて響葵に話すとすれば月に関することだろうか。

 響葵と話す天里の声はあまり聞こえなかったが、最初は邪険にしていた響葵が途中から「なんだと!?」と声を低くして険しい顔で話し始めたので、深刻な話であることは間違いなかった。

 それからしばらくは天里の会話に相槌を打っていたが、最後に「何かあれば連絡する」と言って通話を終えるとスマホを返してきたのだった。


「何かあったの?」

「いま……君の両親と姉が久慈川さんの屋敷に来ているそうだ。君に会いたいと言って……」

「爽月たちが!? なんで!?」


 素っ頓狂な大声を発してしまったが、他の来館者からの責めるような視線に気付いて小声になる。


「あの屋敷にいることは誰にも言っていないのに、どうして爽月たちは知っているの?」

「それについては何も言ってなかった。君に会いに来た理由もだ。天里も相当慌てていたようで、隙を見て部屋を出て電話を掛けたと言っていた」


 さすがに天里一人では手に余ると思ったのか、狐塚から連絡を受けた玄朔も合流して、今は二人で彩月の両親と爽月の対応をしているらしいが、三人は彩月に会いたいの一点張りで身を引く様子は無いとのことであった。


「彩月は外出していて帰りが遅くなると説明しても、戻るまで待つと繰り返して全く会話が成り立たないそうだ。君の家族である以上は無理に追い返すことも出来ず、天里たちも手を焼いているらしい」

「なんで今更会いたいなんて……これまで一度だって連絡をくれなかったのに……」


 彩月が爽月の頬を叩いて家を飛び出し、更に力を暴走させて玄朔の屋敷に身を寄せてからも、両親や爽月から連絡が来たことは一度たりとも無かった。

 自分のことは本当にもうどうでもいいのだと、彩月は思っていたのだった。


「それで彩月の家族がいつ帰るか分からないから、とりあえず今日のところは屋敷には戻らないでホテルに泊まって鉢合わせを避けるようにとの話だった。犀原さんにはホテルを手配するよう連絡をしているから、明日になって様子を見て帰って来るように、と……」

「私、帰るよ。屋敷に」


 心配そうな響葵の言葉を遮ると、彩月は眦を決して表情を引き締める。


「正気か? また塗炭の苦しみを味わうかもしれないぞ」

「それでもいつまでも逃げていられないよ。いつかは向き合わなきゃ。響葵くんが自分に向き合うと決めたように私も家族と向き合うの。そうじゃなければ、いつまでも前に進めないから……」


 このまま家族に怯えてずっと逃げ回るくらいなら、一度正面から対峙して洗いざらい思いの丈を明らかにしてしまう。お互いに気持ちをぶつけ合い、そこで和解の道が無ければはっきりと決別が出来る。

 これから家族に頼らずに生きていくという覚悟を固められるだろう。

 爽月を優先する両親からの独立、そしてずっと依存してきた姉からの別離――巣立ちという決意を。


「君の両親も姉も暴力的だ。無傷では済まされない。それでも君は立ち向かうというのか?」

「うん。家族から守ってくれるみんなの気持ちは嬉しいよ。でもいつまでも守られるわけにはいかないから。ここで向き合ったからといって必ずしも解決するとは限らないし、迷惑もかけちゃうかもしれないけど……」

「俺たちは君の気持ちを優先する。君がそう決意したのならそれに従うまでだ。だが話し合いの席には俺たちも同席させてほしい。それだけでも牽制になるはすだ」

「ありがとう。そうと決まったら、すぐに犀原さんと合流しよう」


 取り落とさないように響葵を抱き直すと出口に向かう。両親と爽月に何を言われるのか全く恐れていないわけでは無いが、響葵たちがいるだけで気の持ちようが違う。

 それでも一抹の不安もある。もし家族が辛く当たる理由が彩月も予想してもいない内容だった場合、彩月は受け入れられるだろうか。

 風当たりが強くなったのは大学受験がきっかけではあったが、そもそも爽月とは関係なく両親が自分を嫌っていたとしたら。

 その時、彩月の心は千斬れることなく耐えられるだろうか。

 水族館を出てスクールバスの停留所に向かおうとして響葵に止められる。外来者の駐車場にはすに見覚えのある車が停車していたのだった。


「犀原さん……」


 運転席から音もなく降りてきた犀原は彩月たちに深く一礼をすると後部座席のドアを開けてくれる。

 そうして犀原に荷物を預けると、響葵を片手で抱えて乗り込んだのだった。


「屋敷に戻ります。全てに決着をつけるために」


 犀原は表情こそ変えなかったものの、微かに眉を上下させた。そして何も問うことなく「畏まりました」とドアを閉めたのだった。

 静かに動き出した車の頭上ではオレンジ色と紫色の二色に染まった暮れ方の空が広がり、糠星と下弦の月が瞬き出していた。

 彩月の決意を後押しするかのように天上の星々は細かな光で月を彩るように照らし、窓の外を流れたのだった。


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