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推しうさぎと月の姫になるまで〜二十歳の誕生日に助けた迷いうさぎは電撃引退した推しのアイドルでした〜  作者: 四片霞彩
天満つ月が欠けた夜に、君と出逢う

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【8】

 濡れた身体に夜風が当たって冷たい。底冷えするような風に大きく身震いした彩月が目を開けると、空はすっかり夜の帳が降りていた。


(わたし……いったい何を……)


 そこまで考えたところで、彩月の顔を覗き込むように胸の上には黒色のうさぎが乗っていた。そして全て思い出すと、慌てて起き上がったのだった。


「そうだ。うさぎを助けようとして川に落ちたんだっけ……っ!?」


 あわや溺れかけたところを彩月が熱愛する推しのキョウくんに助けてもらった。しかし辺りを見渡しても川辺には他に人はおらず、唯一彩月以外に存在していたのは急に起き上がったことで地面にひっくり返ってしまった黒いうさぎであった。


「夢だったのかな……」


 でも確かに溺れていた彩月を掬うようにキョウくんの腕に抱かれた覚えがある。身体に残るキョウくんの温もりと息を分けらる際に口付けられた唇の感触さえも――。

 自分の唇に触れてキスされた時のことを思い出していると、彩月の膝の上に先程の黒うさぎがよじ登ってきたのだった。


「さっきは危なかったね」


 カラスから助けようと彩月が間に入った時もそうだったが、このうさぎは人慣れしているのか話しかけてもその場から動かなかった。試しに彩月が抱き上げると、大人しく腕の中に収まってくれる。


「見かけない子だけど、君はこの辺りに住んでいるの? 家族は? はぐれちゃったの?」


 矢継ぎ早に質問しても、うさぎは腕の中からじっと彩月を見上げているだけだった。その様子がまるで様子を伺っているようにも、物言いたげな様子にも見える。やはりカラスに襲われている時に聞いたうさぎの低声は気のせいだったのだろうか。


「これからは気をつけてね。早くおうちに帰れますように……」


 祈るような気持ちでその場に降ろすが、それでもまだ逃げ出さない。試しに手を伸ばせば、うさぎは素直に首を撫でさせてくれる。やはり飼い主の元から逃げ出したペットなのだろう。


(かわいい……)


 ドブ川の汚水で湿ってはいるものの、ぬいぐるみのような柔らかな毛並みとわずかながらも掌を温めてくれる小さな熱に彩月の感情も少しずつ落ち着かせてくれる。ぴんと背筋を伸ばして後ろ足で立ちながら小さな両手で頭を掻く姿や、つぶらな黒い瞳で彩月をまじまじと見つめ返す姿が愛おしい。

 ずぶ濡れなのも忘れてすっかり頬を緩めてしまうが、やがて彩月は幼子に接するようにそっとうさぎに話しかけたのだった。


「本当は一緒に家族を探してあげたいんだけど、今日は急いで家に帰らないといけないの。普段は大学の寮に住んでいるから飼えないし……どこかに預けられないかな。代わりに警察まで連れて行ってくれる人とか……」

「そうか、君は学生なのか。それで無鉄砲にもカラスから俺を守ろうとしてくれたのだな」


 急に撫でていたうさぎから先程の青年のような低声が聞こえてきたので、彩月の手が止まってしまう。

 彩月が一驚して言葉を失っている間も、うさぎは鼻をヒクヒクと動かしながら苦言を呈したのだった。


「助けてくれたことは感謝するが、一緒に橋から落ちてくるからすっかり魂消たぞ。寿命が縮まるかと思った」

「え、あっ……ごめんね。驚かせちゃって……」

「とにかく先程は助かった。怪我していないか? この時期の川は寒かっただろう。気持ちばかりだが俺が温めよう」


 その言葉と共に再び身体によじ登ってきたうさぎを両腕で抱えると、彩月はキョロキョロと辺りを見る。


「どうした?」

「誰もいないのに、どこからか声が聞こえてきて……」

「誰もいない? ここにいるだろう」


 そう言われてもう一度周囲を見渡すが、やはり彩月以外には誰もいない。人以外を含めるのなら腕の中のうさぎがいるが、そのうさぎは不思議そうな顔でじっと彩月を見つめていたかと思えば、不意に合点がいったというように声を上げたのだった。


「もしや、君は月の生物と会話するのが始めてなのか?」

「普通は動物と会話するなんて出来ないから……」

「普通の人間なら出来ないが、君は月の生き物である俺と会話が出来ている。ということは、君()月の民だろう?」

「えっ……月の民かは知らないけど、さっきからうさぎさんの声は聞こえているよ。見た目は本物のうさぎなのに流暢な日本語を話すんだね……」


 最近の機械はよく出来ていると思って微苦笑した彩月だったが、うさぎは衝撃を受けたように放心していたようだった。

 やがて信じられないというように頭を左右に振ると、澄んだ低声を震わせたのだった。


「そうかやはり君が……なんてことだ。こんな姿になってから、ようやく見つかるとは……」

「うさぎさん? どうしたの? 具合悪い?」


 まだ残暑とはいえ、日が暮れると寒いことは同じだった。水に飛び込んだことで風邪でも引いてしまったのかと心配になった彩月は、うさぎの様子をよく見ようと一度地面に降ろす。

 しかしうさぎは幼子のように顔を歪めて今にも泣きそうな顔になると、縋るように彩月の膝を掴んで顔を上げたのだった。


「君が俺たちが探していた月の姫なのだな……」

「月の姫って何? 何かのゲーム? ごめんね、そういうのは不得手だから全然詳しくなくて……」

「これも知らないのか……だがそれでも君に頼みがある」


 一度顔を伏せたうさぎだったが、やがて何かを決意するとつぶらない瞳で彩月を見上げながら口にしたのだった。


「どうか俺たち月の民を導く、月の姫になってはくれないか……?」


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