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翌日、犀原が運転する車で久慈川学園の本校に着いたのは昼時を幾分か過ぎた頃だった。高速道路に乗ってからは順調に進んでいたが途中で何度か休憩を挟んだことで、当初聞いていた所要時間より時間が掛かってしまった。
それでも予定通りの時間に着いたと、運転席の犀原は満足そうに話していたのだった。
「久慈川学園の本校は都心部から少々離れておりますが、緑豊かな広大な土地の中に立つ複数の校舎と国内外からも多くの研究員が訪れることで有名な研究機関が揃っております。元々は都心部への人工の流出が進行する過疎地域でしたが、玄朔様のお父様が土地を購入して学園を創設されたのです」
屋敷を出てからずっと玄朔から渡された大学案内のパンフレットを眺めていたからか、信号待ちをしている間に犀原が教えてくれる。言われてみれば、高速道路を降りてからは田園地帯を走っていた。
読んでいた大学案内のパンフレットにも「自然豊かな環境下で自然との共存を目指した教育を実施している」と書かれていたので、この風光明媚な土地も久慈川学園の売りなのだろう。
「久慈川グループが全面的にバックアップしている各研究機関では新製品の開発も行われており、国内外の久慈川グループの各会社で商品化もなされております。まだ世間に公表していない製品や情報もありますので、学内者でさえ出入り可能な区画が限られております。見学の際は充分お気をつけ下さい」
昨日と変わらず抑揚の無い低声のまま、「もっとも立ち入り禁止区画でも姫様なら入れると思いますが」と犀原が付け足す。
「ということは、普段は学生や研究員以外は立ち入り禁止なんですか?」
「とんでもございません。一部の施設は一般人も利用できます」
「どんな施設が利用できますか?」
そこで信号が変わったので、車を走らせながら犀原は話し続ける。
「人気が高いのは一流ホテル出身のシェフが監修する食堂、教科書に掲載されている名だたる文豪家の蔵書や直筆原稿などのコレクションが保展示されている図書館あたりでしょうか。どちらも同じ敷地内に複数ありますが、場所によってメニューや蔵書が異なりますので、全て回るには最低でも三日は掛かるとのことです」
「三日も掛かるんですか!?」
「表向きは学部や専攻分野によって食堂と図書館が分かれておりますが厳密には定められていないので、他学部を尋ねたついでや気分転換を目的に他の食堂や図書館に行く者が大半のようです。卒業までに全ての食堂を回って全メニューを制覇する、なんてことを考えている猛者もおりますよ」
「すこいですね。食堂や図書館なんて、一つの学校に一つしか無いと思っていました」
「同じく学内に複数あるスポーツジムにはインストラクターが在中しておりますので、体力作りやストレスの解消、女子学生に人気のダイエット指導も受けられます。スポーツ施設は運動系の学部やサークル活動以外でも利用できますので、なかなかに盛況のようですよ」
確かに彩月が読んでいるパンフレットの施設案内の項目には、栄養満点な食事が格安で提供される食堂や国内トップクラスの蔵書数を誇る図書館が大きく紹介されていたが、その隣にはスポーツ施設も載っていた。
広大な学園の敷地内には大きなサッカー場や野球場、何面もあるテニスコート、そして大小合わせて体育館が五ヶ所もあるらしいが、特に学内に点在するスポーツジムには力を入れているようで、プールやシャワールームなどの設備の拡充や最新のトレーニングマシンの設置を進めているようだった。
スポーツジムの利用料金も学内関係者は無料、学外者は有料になるが安価で使用できるとかなりお得なこともあって、運動部所属の近隣の中高生やスポーツクラブに通う小学生も利用していると書かれていた。
また他の大学のスポーツ施設の違いとして、専属のスポーツインストラクターを常駐させており、無料でトレーニング指導を受けられることも宣伝として謳っているようだった。
「久慈川学園と提携している病院も近くにありますので、万が一お怪我をされてもすぐに治療を受けられます。ちなみにその病院は医学部と薬学部の実習先にもなっております」
他にも資格取得を向けた実習の受け入れ先として美術館や水族館、牧場なども敷地内にあるそうで、有料になるが学外者向けに一般公開もしているとのことであった。
それ以外にも日本のみならず世界各国から留学生や研究者が集まることから、敷地内には寮や教職員宿舎、ゲストハウスも点在しており、それに合わせてコンビニや洋品店、書店、日用品店なども完備しているらしい。
それぞれの国や宗教事情に特化した施設設備の充実にも力を入れているそうで、再来を希望する研究者や留学生も多いという。
「広大な敷地内の移動用として、日に何本ものスクールバスが往路しています。経路も複数ありますので、見学の際にはそちらをご利用ください。敷地の端から端まで移動しますが、経路によっては学外も行き来します。ご乗車の際には、行き先をよくご確認ください」
「なんだか大学というより街のようですね」
「それ故に地元住民からは学園都市と呼ばれておりますよ。特に水族館と牧場が学内に併設している大学は国内にも数えられるほどしかありませんから」
やがて車が行き交う往来の激しいビル群を抜けて、収穫を終えたばかりの茶色の土が目立つまっさらな耕地とこれから収穫期を迎える青々とした葉が混在する田園地帯をしばらく走り続けていると、やがて巨大な建物が目前に姿を現わす。
郊外には不釣り合いな近代的な白色の建物に近づくにつれて若者が運転する車や自転車の往来が増えていき、次第に都市部ではあまり見かけなかった久慈川学園のロゴが入ったスクールバスとも頻繁にすれ違うようになったのだった。




