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「姫様のご見学でしたらいつでも大歓迎です。学園には私から連絡しておきますので、明日にでもご見学に行かれるといいでしょう」
「姫様が通われるとしたら、久慈川学園の本校になるじゃろう。あそこは特に月の民が多く在籍しておる。《超常力》を持つ者も多く、《超常力》持ちの学生向けの授業も開講していたはずじゃ。実際に見学して気に入らないということじゃったら、久慈川グループで経営している会社も見学されると良い。その際は儂から各企業に通達しよう」
「良い案だね。いっちゃんは明日丸一日休講なんでしょう? 響葵も連れて久慈川学園の見学に行ってみたら?」
「この屋敷から久慈川学園の本校までは車で数時間は掛かる。早朝にここを出ても到着するのは昼過ぎになるだろう。午後になれば学生もまばらになるので見学には良いのではないか?」
「それにここに来てから一歩も外に出ていないでしょ。そろそろ息が詰まる頃なんじゃない? 例のネットニュースも落ち着いたみたいだし、息抜きも兼ねて行っておいでよ」
天里の言う通り、あれから彩月たちのネットニュースは落ち着きを見せたようで、SNS上でもほとんど話題に上がっていなかった。天里も近いうちに動画配信を再開させるそうで、今は配信再開の準備に取り掛かっていた。
そしてこの屋敷に来てからの彩月も、授業の前後に息抜きを兼ねて屋敷の敷地内は散歩していたが、敷地の外には全く出ていなかった。
必要なものは天里や狐塚たちが用意してくるので不便を感じず、特段出たいとも思わなかったのであまり気にしていなかったが、大学や江原以外の同級生の様子は知りたいと思っていたところだった。
未だに連絡の無い爽月と両親の動向も気掛かりであり、特に世間の話題に敏感な爽月は彩月たちのネットニュースを知って、何か行動を起こしていてもおかしくなかった。
彩月の家族であることを理由に大学や寮への侵入、同級生に接触していたらと考えてしまい、一抹の不安さえ感じていたのだった。
ここに来てからは天里の勧めもあって久しくSNSを見ていないが、ニュースや新聞で報道されておらず、毎日SNSをチェックしている天里の話題にも出てこない以上、爽月が犯罪まがいのことをしていないのは確かではあるが。
ただこの機会に自分の目で外の様子を見るのも良いかもしれないと、彩月は二人に促される形で頷いたのだった。
「せっかくだから明日見学に行こうかな。響葵くんも一緒なら心細くならないだろうし、自分が通学している大学以外ってあまり行ったことが無いから気になるかも」
「久慈川学園は最新鋭の設備を揃えておるのも自慢の一つじゃ。犀原、学園の理事に連絡をしてくれ。姫様が見学に行かれる」
「畏まりました」
「オレは仕事があるから同行できないけど、何かあったら響葵を頼って。困ったらすぐにスマホに連絡。いいね?」
「うん。響葵くんもそれで良いかな?」
「問題無い。君が行くところ、どこへでも供をしよう。大船に乗ったつもりで頼ると良い」
膝の上で立ち上がって自信満々に胸を張る響葵を「頼りにしてるね」と抱き上げる。見た目は小さなうさぎでも、彩月の気持ちを優先してくれる響葵が愛おしい。
ここに来た翌朝を最後に響葵とはまともに話せていなかったので、明日の久慈川学園の見学の時にゆっくり話そうと彩月は密かに決めたのだった。
この後も予定があるという玄朔たちは連絡先が書かれた名刺を置くと、好きなだけ滞在して良いと言って早々に立ち去ってしまう。
彩月も響葵たちと昼食を済ませると、午後の授業に備えて部屋に戻ったのだった。




