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推しうさぎと月の姫になるまで〜二十歳の誕生日に助けた迷いうさぎは電撃引退した推しのアイドルでした〜  作者: 四片霞彩
翠色冷光、すれ違う二人の従者

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69/117

【69】

 彩月たちが久慈川家の別荘に滞在をして数週間が経った頃、午前分の授業を終えた彩月を見計らったかのように天里が部屋に姿を現したのだった。


「いっちゃん、お疲れ様。リモートでの授業はどう? 電波が悪いとか使い方が分からないとか不便してない?」

「大丈夫だよ。パソコンを貸してくれてありがとう。インターネット環境の整備やアプリの設定までしてくれて」


 あの後、大学から連絡があって、窓ガラスの修理で学内が工事中であることや怪我をして入院している学生、療養のために寮生や一人暮らしの学生が実家に帰省していることを踏まえて、しばらくはパソコンを使った遠隔で授業が行われることになった。

 教材やパソコンなど授業に必要なものは寮に置いてきてしまったが、天里が余っているノートパソコンを貸してくれた上に彩月の代わりに遠隔授業で使用するリモートアプリのダウンロードや設定までしてくれたのだった。

 教材は授業ごとに担当教員がインターネットに公開している場合もあったが全ての教員が公開していなかったので、必要な時は江原に連絡して写真を撮って送ってもらっていた。戻ったら江原には特に礼を言う必要があるだろう。

 その間に大学からの心身面のサポートという名目で学生一人ずつの簡単な面談が遠隔で行われることになり、彩月もクラス担任と大学在中のメンタルヘルスケアスタッフの二人と画面越しに会話をした。

 大学側では彩月は療養で実家に帰省している寮生ということになっているようで、感情的になった彩月が《超常力》を暴走させた時も偶然現場に出くわしてしまった被害者という扱いになっているらしい。

 落ち着くまで実家で静養しているように勧められたのだった。


「これくらい良いって。でも実際に教材が無いと理解できないところもあって厳しいんじゃない?」

「寮に帰ってから確認するから大丈夫だよ。それよりこんな時間にどうしたの?」

「実はいっちゃんに会いたいって人が屋敷に来ていてね。下の応接室まで来てくれるかな」

「お客さん? 私に……?」

「不安にならなくても家族や記者じゃないから大丈夫。これからいっちゃんの味方になってくれる人だよ。今は響葵が相手をしてくれているから、ついて来て」


 そう天里に言われて応接室に入ると、ソファーセットに腰掛けた響葵の対面には着物姿の老爺が座っていた。黒と白の髪が混ざった頭と細身の老躯を包む仕立ての良さそうな着物、傍らには杖が置かれており、その横には見たことあるようなスーツ姿の眼鏡の男性が控えていたのだった。


「おじいちゃん、彩月ちゃんを連れてきたよ」


 そう天里が声を掛けながら応接室に入ったので、彩月も後に続いて部屋に足を踏み入れると、老爺はスーツ姿の男性に支えられながらゆっくりと立ち上がったのだった。


「おお。貴方様が新たな月の姫様ですか!」

「そうですが……」

「いやはや生きている間に新たな姫の誕生に立ち会えるとは。なんと誇り高い。これは先祖に自慢できるのう」

「天里くん、この方は……」

「この方は久慈川家の先代社長にしてご当主であらせられます。久慈川玄朔(げんさく)様でございます」


 彩月の問いに答えてくれたのは老爺の身体を支えるスーツ姿の男性であった。「ちなみに私は秘書の犀原(さいはら)です」と抑揚の無い機械的な話し方ではあったものの、それでも信頼を感じられるような温かみがあった。


「久慈川さんということはこの屋敷の持ち主で月の民のまとめ役で、月から来た響葵くんたちの後継人を請け負っているっていうあの……?」

「左様。儂がその久慈川じゃ。もっと早く姫様にご挨拶をしたかったのじゃが、この老体がなかなか動かなくてのう。遅くなってしもうて」

「……ご当主様は仕事で九州に滞在しておられました。これでも予定を早く切り上げて戻ってきたところです」

「は、初めまして。こ、この度、月の姫になりました綺世彩月です! 勝手にお邪魔しております!」


 彩月が頭を下げれば、玄朔は「良い良い」と愉快そうに笑う。

 姿こそどこにでもいそうな年配の男性そのものだが、言葉や立ち姿からは威厳を感じられた。長らく人の上に立つ会社社長として会社をまとめ上げ、月の民や生物の仲介を担ってきたからだろうか。

 どことなく彩月は圧倒されそうになったのだった。


「我らが姫であり若い女人がただの老いぼれに頭を下げるものではない。頭を下げるべくは儂の方じゃ。我が家にお越しいただき感謝を申し上げる。姫様には心行くまでご滞在下さい。足りないものがあれば何なりと屋敷の者に申し付けると良い。月から来た倅たちでも良いがのう」


 玄朔の勧めで響葵の隣に腰掛けたところで、狐塚がティーワゴンにお茶のセットを載せて部屋に入ってくる。玄朔とも顔見知りのようで、狐塚も軽く挨拶を交わしていたのだった。

 そして慣れた手つきで手早くお茶の用意を済ませると、狐塚はすぐに退室してしまう。

 何を話せばいいのか分からなくて緊張していると、玄作はカップを手に取りながら話し出す。


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