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推しうさぎと月の姫になるまで〜二十歳の誕生日に助けた迷いうさぎは電撃引退した推しのアイドルでした〜  作者: 四片霞彩
月の姫は目覚めた力に翻弄される

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68/117

【68】

「い、彩月。起きたのか……」

「おはよう、響葵くん。食べているところを邪魔してごめんね」

「いや、問題ない。俺もさっき起きたばかりなんだ。あの後、またうさぎに戻ってしまってな……」


 自信なさげに声を落とした響葵だったが、うさぎに戻った理由を知っている彩月は掛ける言葉が見つからなかった。

 そんな二人の間に漂う微妙な空気に気付いたのか、手を握ったままだった白日が「姫たま、げんきない?」と心配そうに尋ねてきたので、彩月は頭を振ったのだった。


「うさぎの姿と人間の姿を行ったり来たりするのは大変だよね。早く人間の姿を維持できるようになると良いね」

「そうだな……君も朝餉を食べると良い。俺は部屋に戻ろう」

「先に食べていたんだよね? 私のことは気にしなくていいよ」

「食事中の食卓の上に動物が載っているのは行儀が良いとは言えない。俺こそ後で良いから、君はゆっくり食べ……」

「動物なんて思ってない! どんな姿だって響葵くんは大切な友達で……家族なんだよ……」


 たとえ目に見える姿が推しのアイドルであろうとうさぎであろうと、響葵は家族にがんじがらめになっていた彩月を救ってくれた大切な存在。

 血の繋がりという呪縛から永遠に逃れられないと思っていた彩月に月の姫という新たな居場所を与えてくれただけではなく、家族に縛られない別の生き方を選ぶ勇気を与えてくれた恩人でもある。

 まだ自覚を持てておらず月の民のことも分かっていないが、それでも月の姫としてのまだ知らぬ人生を選ぼうと思えたのも教えてくれた響葵と天里のおかげ。

 新しい月の姫の側仕えに選ばれたのがこの二人だったからこそ、彩月は月の姫になりたいと思えるようになったのだった。

 そんな彩月の想いに気付いたのか、響葵は耳をピンと立てて背筋を伸ばすとキャベツを置く。そしてテーブルの上をゆっくり歩くと彩月の側までやってきたのだった。


「困らせるつもりは無かったのだ。ただこの姿で食事をしているところをあまり見られたくなかっただけであって……」

「どうして?」

「……お世辞にも綺麗に食べているとは言えないからな。子供のように食べ散らかしている」


 恥ずかしそうにモゴモゴと話す響葵に言われてみれば、先程まで座っていた布地の上にはキャベツや牧草といった食べこぼしが飛び散っていた。

 響葵の口の周りから腹部にかけても細かな野菜屑が付いており、ひげと黒い毛に絡まっていたのだった。


「汚いだろう。昔からこうなんだ。天里は上品に溢さず食べるのに、俺は不器用だからかいつも散らかしてしまう。急いで食べているわけでも無いというのに……」

「学校で飼っていたうさぎの中にも食べ方が上手い子と下手な子がいたよ。わざとえさ箱をひっくり返す子もいたし……それにこの間レストランで一緒に食事をした時はお手本のように綺麗だったよ」


 小学生の時にうさぎの飼育係をしていた彩月は何度かうさぎ小屋のうさぎにえさを与えたことがあるが、その際に好き嫌いして同じものしか食べてくれない子や食べ方が独特な子、他のうさぎのえさまで食べてしまう子を見ている。他にも掃除していると邪魔をしてくる子、懐いてくれなくて攻撃してくる子もいた。

 飼育担当の先生からは「動物も人間と同じように性格や個性があるから、好き嫌いしたり掃除を邪魔したりしても怒ったりしないでね」と言われていたので、彩月たちはうさぎたち個々の好みや性格を尊重したものだ。


「人へ転じる術を覚えてからは、食器類の使い方を必死に覚えたからな。共食する者の失礼にならないように、何よりも姫に恥をかかせないためにも完璧になる必要があった」

「マナーも大切だけど、一緒に食事できるだけでも嬉しいよ。私は響葵くんたちと一緒に食事して楽しかった。大切なのは気持ち。必要なのは、相手にもそう思ってもらえるような気遣いじゃないかな?」


 響葵の口周りに付いた野菜屑を手で取っていると、横から狐塚がハンカチを差し出してくれたので、それを借りて響葵の身体と手も拭く。くすぐったいのか嬉しそうな顔をしている響葵に微笑ましい気持ちになっていると、目を輝かせた白日もやりたがったのでハンカチを渡して場所を譲る。

 加減を知らない白日は柔らかな黒毛が抜けるくらい力任せに拭こうとするので隣で拭き方を教えるが、それでも痛いのか響葵は痛みを耐えるように不機嫌な顔になってしまう。そんな響葵の顔が面白くて、彩月たちは笑ってしまったのだった。

 そうしているうちに昨日響葵が一緒に朝食を食べなかったのは、食べ散らかす姿を見られたくなかったからではと思い至る。

 彩月が響葵の立場でもきっと同じことを考えただろう。好意を持っている人の前で汚い姿を見せて嫌われたくないと。


「それに人の時はいつも頼らせてもらっているの。うさぎの時くらいは私を頼ってよ。困った時はお互い様って言うし……これくらいしか私にはできないから」

「……姫は守られるべき尊い存在で、俺たち側仕えは姫を守る道具だ。一介の側仕えである俺が姫である君を頼ってもいいのか?」

「道具なんて思っていないよ。家族になってくれるって言ってくれたのは響葵くんでしょ? 私だって二人のことは家族だって思ってる。これからはお互いに助け合える関係になりたいの。互いの得意不得意をカバーしあえるような……響葵くんが困っているなら力になりたい。ダメかな……?」


 彩月が困ったように眉を寄せれば、響葵はハッとしたように身体を揺らす。そうしてしばらく逡巡した後、ゆっくりと首を左右に振ったのだった。


「駄目なわけが無い。君のことをたくさん知って、助け合える関係になれるなら俺も嬉しい」

「良かった。じゃあ一緒に食べて終わったら二人で片付けよう!」


 響葵がテーブルクロスを敷いている隣に座ると狐塚が給仕係を呼んで彩月の朝食を運ばせる。響葵の指示で用意したという月の加護を含んだ野菜を使ったリゾットは舌触りが良くてほとんど噛まずに飲み込めた。野菜を齧る響葵と会話をしつつ、時折野菜を小さくちぎって響葵に渡せばもしゃもしゃと本物のうさぎのように食べてくれる。

 誰かに邪魔をされる心配もしなければ、一人きりの食事に虚しさや寂しさも感じない。響葵とテーブルクロスや食べこぼしを片付ける含めてどこか和やかで穏やかな時間を過ごせたのだった。

 しかしその日から響葵は人間に戻れなくなり、昼だけではなく夜もうさぎ姿で過ごすようになったのだった。


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