【67】
「あの時は途中で家族が帰ってきてしまったので、老狐さんたち月の生物の皆さんとしっかりご挨拶をできなかったのが気掛かりだったんです。また会えて嬉しいです」
「私の父――老狐は、姫さまとお会いできて感激しておられましたよ。私は仕事があったので屋敷に残っておりましたが、どうしても白日が姫さまにお会いしたいと駄々を捏ねたので連れて行ってもらったのです。この子はまだ上手く人間に擬態できないので留守番するように何度も言い聞かせたのですが……」
「姫たまね、お姫たまだった! キラキラピカピカしてた!」
「振袖を着ていたからかな。でも嬉しいよ。ありがとう、白日ちゃん」
白日と狐塚の話によると、昨晩屋敷の前に到着した車の中から力を使い果たして眠り込んだ彩月が部屋に運ばれる瞬間を見ており、彩月の着替えを行うという狐塚について行きたがったが、時間も遅いことから止められてしまったとのことであった。
そこで朝の仕事に従事する狐塚の目を盗んで彩月の部屋までやって来たものの、眠っている彩月に釣られて布団に潜り込むと一緒に寝てしまったとのことだった。
髪をまとめ直しながら白日の話を聞いていた狐塚だったが、やがて真っ青な顔になると「うちの娘が申し訳ありません」と再び頭を下げたので、彩月は「気にしないでください」と返したのだった。
「お召し替えをお手伝いいたしますわ。天里さまから洋服と着物を数点お預かりしております。朝食も食堂と部屋のお好きな方にお運びしますのでお選びください。響葵さまの指示で胃に負担が掛からないものもご用意しております」
「ありがとうございます……響葵くんと天里くんはどうしていますか?」
「お二方とも起床されております。食堂で朝食を召し上がっていると思われますよ」
「じゃあ、私も着替えて食堂に行きます」
「畏まりました。替えのお召し物はクローゼットに入っております。お好きなものをお選びください」
そう言って狐塚が部屋に備え付けのクローゼットを開けると、天里が用意したという洋服が大量にハンガーに掛かっていたのだった。
「すごい……こんなにたくさん……」
秋も半ばで昼夜での気温差が激しいからか、クローゼットの中には長袖と半袖が同じ数だけ揃っており、その下には綺麗に畳まれた状態の着物も並んでいた。下着や小物類も種類ごとにまとめられており、彩月一人分にしては多いというような量だった。
ざっと見た限り一ヶ月分以上はあるが、いつまでここに滞在するつもりで天里は用意してくれたのだろうか。
この用意周到ぶりには彩月も言葉を失って瞬きを繰り返すことしかできなかった。
「……たった一日で用意してくれたんですか? 天里くんは」
「ええ。ここに来るまでの間に注文したって言っていましたよ。ネット通販で」
「そうなんですね……じゃ、じゃあ洋服にします」
「姫たま! このお洋服、白日といっちょ!」
「本当だね。せっかくだから白日ちゃんが選んでくれたものにしようかな」
白日が掴んでいるのは焦茶色のロングワンピースだった。腰のリボンを始めとして袖が絞られたリボンタイの白いブラウスもセットで付いているからか、ますます白日とお揃いのように思えてしまう。
一人で着替えられるからと手伝いは断ったものの、「姫さまのお世話は私の仕事ですから」と狐塚は着替えだけではなく、ヘアメイクまで手を貸してくれる。
ほぼ伸ばしっぱなしになっていた彩月の髪を軽く巻いて背中に流すと、アクセサリー類の中から白日が選んでくれた黒いミニリボンがワンポイントのカチューシャで髪を留めてくれる。
これまでブランド品どころか女の子が好みそうな可愛らしい服は爽月優先で与えられてこなかったからか多少気恥ずかしさはあったものの、二人に似合っていると賞賛されて照れ臭い気持ちになったのだった。
その後、食堂まで案内されつつ、白日と手を繋いで階段を降りていると、角を曲がってきた天里と鉢合わせする。
急に現れた彩月に驚いた顔をした天里だったが、短く口笛を吹くとすぐに破顔したのだった。
「おはよう、いっちゃん。天使のように可憐な姉妹が目の前に現れたものだから驚いちゃった」
「天里くん、おはよう。白日ちゃんは良いとして、私が天使なんてこと無いよ」
「謙遜しない。その服を選んだんだ。白日ちゃんと似たような服だから姉妹コーデに見えるよ」
「姫たまのおようふく、白日がえらんだの!」
「白日ちゃんはセンスがいいね。天才だ!」
膝をかがめて白日と「いえーい!」と片手を叩き合う辺り、天里も子供の扱いは馴れているのかもしれない。
昨晩の響葵との言い争いの時に見せた厳しい姿が嘘のようにいつもと同じ様子を見せる天里に、彩月は夢でも見ていたのかと疑ってしまう。
「身体はどう? もう平気?」
「うん。ぐっすり眠ったから元気になったよ」
「それなら良かった。でも無理はしないで。いっちゃんは我慢するところがあるってヒビに聞いているから、困ったことがあったらすぐオレたちを頼ってね」
「ありがとう……ところで響葵くんは?」
「食堂にいるよ。オレはやることがあるから一足先に出てきたけど、あっちはまだ食事中だと思う」
「天里くんは休みじゃないもんね。忙しいのにごめんね。大学や寮への連絡までしてもらって……」
彩月が声を落として目線を下げると、天里は「気にしないで」と彩月の肩に触れながら首を振る。
「姫に関する手配や調整、調節はオレの役目だよ。どのみちしばらく配信はできないし、請け負っている動画編集の仕事も納期までまだ余裕がある。この機会に編集が間に合っていなかった動画をまとめて、ほとぼりが冷めたら投稿できるようストックにするつもり。結構溜まっているんだよね。最近は企業からの依頼も増えてきて、そっちが優先になっていたから」
「そうだったんだ……天里くんの動画楽しみにしているね」
「ありがとう。じゃあまた後で」
バイバイと片手を振る天里と別れて食堂に入ると、染みひとつない白いテーブルクロスが敷かれた長テーブルの上では黒毛のうさぎが葉物野菜を齧っていた。
汚さないように配慮したのか、テーブルクロスの上に別の布地を敷いて皿に載っていたキャベツを無表情で口にしていたうさぎだったが、彩月たちの姿に気が付くと両手でキャベツを持ったまま、恥ずかしそうに顔を背けられてしまったのだった。




