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推しうさぎと月の姫になるまで〜二十歳の誕生日に助けた迷いうさぎは電撃引退した推しのアイドルでした〜  作者: 四片霞彩
月の姫は目覚めた力に翻弄される

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65/117

【65】

「……たとえ世界中の生き物に嫌われたとしても、オレだけはお前の味方だよ。不器用な兄弟くん。誰よりも人間になりたがったお前がどれだけ努力してきたか、一緒に生まれ育ったオレが知らないはずないだろう」

「天里……すまない……」

「兄弟の面倒を看るのは同じ兄弟の役目だ。一人で事情を話すのが怖いのなら、説明ぐらい一緒にしてやるさ。何の力も無い愛玩動物(うさぎ)になったとしても死ぬまで世話をする。ただこれ以上、彩月ちゃんの気持ちを踏み躙るのだけは止めろ。彼女が好きなのは“五十鈴響夜”。響葵(お前)じゃないんだ」


 その言葉に彩月が衝撃を受けるが、一方の響葵は「そうだな」と静かに肯定したのだった。


「今の俺は一人の男ではなく一匹の愛玩動物(うさぎ)にすぎない。彼女の隣に並び立つためにも力を取り戻さなければな。胸を張って彼女に向き合うためにも……やはり俺にアイドルは向いていなかった。こんなことになるのならスカウトを受けなければ良かったんだ。“五十鈴響夜”という作り物の俺なんて存在しなければ、こんなことには……」

「何を言っているんだ。彩月ちゃんとこうして出会えたのは“五十鈴響夜”だったお前のお陰だろう。それに“五十鈴響夜”として活動している時のお前は月で暮らしていた時より生き生きとしていたよ。(あっち)に居た時はどうしても姫ありきでしか見てもらえなかったからね。姫の側仕えであり養い子でもある、オレたちは……」

「初めて聞いたぞ。お前がアイドル時代の俺を知っていたなんて……」

「あえて言うものでも無いだろう。これでも心配で見守っていたんだ。喧嘩別れして別々の道を進んで、人の姿を維持できなくなったお前を見つけるまでずっとな……さあ、部屋に連れて行ってあげるよ。お前のことも諸々決めないとね」


 ようやく二人は立ち去ったが彩月は足が固まってしまったかのようにその場から動けなかった。しばらくして遠くから時刻を知らせる柱時計のような鈍い鐘の音が聞こえてくると、彩月は脱兎の如く部屋に戻ったのだった。

 部屋のドアを閉めてしまうとバクバクと逸る心臓を押さえてベッドに倒れるように寝転ぶ。


(私……自分のことばかりで何も気付けなかった……響葵くんや天里くんのこと。二人を苦しませて、悩ませて……)


 堪えようと唇を噛み締めたものの涙が溢れてしまう。

 彩月が好きな“五十鈴響夜”への想いを尊重しつつ、それを利用してでも彩月を救おうとしてくれた響葵。

 推しへの愛と男女の愛は別物であると理解した上で彩月を守ろうと奔走してくれた天里。

 自分たちの姫である彩月を守りたいという想いは同じなのに、“五十鈴響夜”が原因で二人の心はすれ違ってしまっている。彩月が“五十鈴響夜”という偶像の響葵を好きなばかりに……。

 響葵の正体が“五十鈴響夜”であると知ってからの彩月は“五十鈴響夜”ありきでの響葵しか見ておらず、響葵個人を見ていなかった。

 響葵もそんな彩月の気持ちに気付いていながらも、“五十鈴響夜”を演じ続けてくれた。“五十鈴響夜”に受け入れられて愛の言葉を囁けばファンである彩月は喜ぶからと偽りの愛を向けて、“五十鈴響夜”に月の姫として守ると誓いを立てられれば彩月は月の姫になってくれるだろうと誓約のキスを交わしてくれた。

 そんなことを続けていれば、いずれ綻びが出てしまうと天里が指摘してくれた。いや、もしかするとすでに軋轢は生じていたのかもしれない。

 先程彩月が響葵の愛が偽物であることを気付いて冷めた気持ちになっていたことを天里は見抜いたのだろう。それで響葵がキスする直前に止めに入って、後戻り出来なくなる前に響葵を咎めてくれた。

 彩月が好きな“五十鈴響夜”と響葵を混同するなと。


(ごめんね。二人ともごめんね……)


 頭の中が真っ白になって昼間と同じ言葉を繰り返す。どうして自分は誰かの迷惑にしかならないのだろう。やはり自分は望まれた存在じゃ無かったからなのか。

 爽月の“おまけ”として生まれてきた自分が誰かに“愛されたい”と願い、あの日あの雑踏の中の街ビルのモニターで“五十鈴響夜”と出会ったことが間違いだった。

 彩月と“五十鈴響夜”としてではなく、彩月と響葵として出会っていれば、響葵を苦しめずに済んだのか。ただの主従――または家族でいられたのか。

 月は天上で静かに光輝く。きっと月では月の姫である月祈乃が「月の加護」を地上に降り注いでくれているのだろう。そんな存在になれるのだろうか。

 自分の身近な存在の心すら理解していなかった彩月が。

 月のゆりかごに包まれるように、彩月は目を瞑る。頬を流れる涙は月明かりに照らされて妖しくも静かに落ちて、白いシーツに染みを作ったのだった。


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