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推しうさぎと月の姫になるまで〜二十歳の誕生日に助けた迷いうさぎは電撃引退した推しのアイドルでした〜  作者: 四片霞彩
月の姫は目覚めた力に翻弄される

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63/117

【63】

「家族の元から救い出すだけでは駄目だと、俺が君を幸せにするのだと。そのためにはうさぎの身では限界があるから、早く人間の姿に戻りたいと願った。その願いが通じて、もう一度俺を人間の姿にさせてくれた。君がいなければ、俺は人の姿にさえなれない。アイドル活動も中途半端に放り出して、天里のように自分の意思で姿を転じることさえ出来ない。《超常力》でさえ使えないのだぞ! こんなにもどかしいことがあることかっ! 目の前で好きな人が泣いているのに、涙を拭うことしかできない半端者の自分に何の価値がある……っ!」

「価値なんて、響葵くんが生きて元気でいてくれればそれで……」

「ただの愛玩動物(うさぎ)でいたくない! この手で君を守りたいんだ。君の頬しか撫でられないうさぎの小さな手じゃなくて、君を抱き締められるこの人の手で! 早く力を取り戻さなければ、君への愛と想いを伝えることさえままならない……」


 彩月の乾いた唇を響葵の長い指先が撫でる。うさぎの時はぬいぐるみのようにふわふわの毛に覆われていたが、人に戻った今では長く綺麗な指をしていた。

 目尻に残る涙を弾かれると顎を掴まれて上を向かされる。ゆっくりと響葵の顔が近付いてくるが、初めて響葵とキスを交わした時とは違ってときめくことは無かった。

 響葵がくれる“愛”が、彩月が求めている“愛”と違うと気付いてしまったからだろうか。

 

(そもそも私は響葵くんに“愛”を求めていたの? 響葵くんは大好きなキョウくんで、そんなキョウくんにいつか会いたいと願ってはいた。でもそれだけ。特別な仲になりたいなんて思っていなかった。たまたまキョウくん(推し)が探していた月の姫が私だったというだけ……)


 急速に心が冷めていくのを感じる。ゾクゾクと背中を這うような寒気が襲う。


(そこに“愛”を求めようとしていたのが、そもそもの間違いだったんじゃないの? 月の姫という特別な存在と言われたことを鵜呑みにして“愛されたい”と思ってしまったことが……)


 推しに存在を認識されたかっただけなのか、それとも推しと男女の仲になりたかったのか。

 そしてその“愛”は本当に推しである響葵に求めていたものだったのか。

 自分に“愛”をくれるのなら、正直なところ相手は誰でも良かったのではと、ふと思ってしまう。たまたま自分の身近にいた存在が響葵なだけであって。

 彩月個人を“愛してくれる”のなら、響葵以外の天里や他の男性でも良かったのではないかと――。

 そんな考えが彩月の頭の中をぐるぐる回る。自分が求める“愛”とは何なのか。

 自分が求めていた響葵との関係とは、こんな歪なものだったのか。


(自分が向けた推しへの情熱に等しい“愛”を返してもらうために、響葵くんを――キョウくんを好きになったんじゃない。私はキョウくんと歪んだ関係を求めてファンになった訳じゃないのに。どうしてこんな仲になってしまったの……?)


 そんな冷めた気持ちのまま呆然と眺め、あと少しで唇同士が触れ合うといったところで、「止めなよ」と響葵を止める者が現れたのだった。


「彼女はまだ病み上がりだろう。あまり振り回すなよ」

「天里……」


 逆光に照らされてどこか怒気を発しているようにも見える天里だったが、響葵が離れるとすぐに朗らかな笑みを浮かべて彩月の頭を撫でてくれる。


「目が覚めたんだね。具合はどう? どこか痛いとか気分が悪いとかある?」

「大丈夫だよ。天里くんも心配を掛けてごめんね」

「廊下にまで二人の声が響いていたものだから何事かと思っちゃった。月が昇ってヒビも人の姿に戻ったようだね。いっちゃんが目覚めて嬉しい気持ちは分かるけど……自分の感情のままに振り回すのはどうかと思うよ」


 彩月に振り回されて天里も怒っているのだろうか。

 表面上はいつも通り振る舞っているものの、溢れる感情を堪える低声には憤激が込められているようで息が詰まりそうになる。

 けれどもその憤りは全ての元凶である彩月に対してというよりも、兄弟である響葵に向けられているようだった。

 響葵の何に対して激怒しているのかは分からないが、静かに業を煮やす天里の様子に飄々とした姿しか知らなかった彩月は胸がチクリと痛むのを感じる。


「そうだな。すまない、彩月」

「ううん。ずっと側にいてくれてありがとう。ところでここは?」


 改めて部屋を見渡せば、広くて清潔感のある部屋の中には高級そうなクローゼットやテーブルセット、ドレッサーに大きなテレビが並び、枕元のオシャレな木製のサイドテーブルには彩月のスマホとスマホの充電器一式が置いてあった。

 個別に洗面所とお手洗いと思しき小さな個室までついており、内線と思しき電話機まで壁際にある様はまるでビジネスホテルのようだった。

 そして寝ている間に着替えさせてくれたのか、今の彩月は天里の家で借りたのと同じ白とピンクのボーダー柄のパジャマを身に付けていた。

 昨晩お風呂上がりに袖を通した際、肌触りが滑らかで着心地の良い生地と動きやすく可愛いデザインを気に入ったと天里には話したが、彩月のためにわざわざ同じものを用意してくれたのだろうか。


「久慈川さんが所有する別荘の一つだよ。ここならいっちゃんが住んでいる場所から遠くて警備も万全だから、パパラッチの目から解放されて療養できる。今日はゆっくり休んで、今後の話は明日にでもしよう」

「うん、ずっと付き合わせてごめんね……」

「謝らなくていいんだよ。オレたちも月の姫を見つけられたことに浮かれていて、後を付け回されていることに気付けなかった。その反省を踏まえて、大学を出てからここまでは追跡がいなかったことを確認したから安心して。念には念を入れて何度も道を変えて、多少の遠回りもしたから」


 彩月の心配や不安を見透かすように、天里がそっと目を細めて髪を愛撫してくれる。

 それだけで重苦しい気持ちが幾分か和らぐようだった。


「ここに来るまでの間に大学には事故が原因で気分が悪くなって早退したって説明もしたし、寮にも体調が整うまでしばらく実家に戻るって連絡したからね」

「そうだ。学校は……」

「しばらくはニュースで騒がれていたけど、ようやく落ち着いたみたい。さっきいっちゃんの大学のホームページを開いたら、学生向けの案内が出ていたよ。怪我人は多数いるけれど、命に別状は無いって」

「そっか……良かった……」


 窓ガラスが割れた直後の凄惨な教室の様子を知っているので、命に関わる怪我をした人がいないと聞けただけで安堵の息を吐く。自分が原因で命を落とし、将来に関わるような大怪我を負ってしまったらどうしようかと思っていた。

 それでも怪我した人をその場に残して逃げてしまったことに変わりはない。江原にも心配を掛けてしまったので、落ち着いたら連絡をするべきだろう。


「学生の安全と心身の回復を優先にして今週は全授業が休講。来週以降は決まり次第ホームページに案内を出すって。授業に関する個別の連絡は対象の学生宛にするから、適宜メールや電子掲示板を確認するようにって掲載されていたよ」

「分かった。自分でも確認するようにするね」

「オレたちが居ると休めないだろうから、もう外に出るよ。お腹が空いたなら軽食を頼むけどどうする? それ以外にも必要なものがあれば持って来るけど」


 ざっと部屋を見渡すが足りないものは無さそうだった。特にお腹も空いていなかったので「今のところは大丈夫だよ」と答える。


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