【5】
「こら~っ! そのうさぎから離れなさいっ!!」
自分の口から出たのは鬨の声というよりは調子外れの奇声だった。もし誰か見た人がいたとしたら、間違いなく笑い者にされただろう。
動物たちの喧嘩を仲裁しようとカラスたちに向けて必死に上着を振る回す彩月の姿を。
「なんだ、このニンゲンは!? おれさまたちのじゃまをするなっ!!」
「じゃまだ、じゃまだ。ニンゲン!」
「うるさい! あっちに行きなさい! あっち行ってってばっ!」
彩月としてはカラスの目が自分に向いた隙を窺ってうさぎたちが逃げてくれればそれで良かったのだが、何故かうさぎは呆然としたようにその場に立ち尽くしていた。彩月が介入した驚きのあまり動けなくなったのだろうか。
うさぎの様子も気になるが、今は怒ったカラスたちがくちばしで突いて反撃してくるのを対処するのに精一杯だった。
「そこの黒いうさぎさんっ!」
彩月が声を掛けると、うさぎがビクリと身体を大きく震わせる。
横目で確認すれば、先程までうさぎに庇われていた子猫は成猫と合流したようで、「ママ~!」と泣きついていたのだった。
「早くここから逃げてっ! 家族や飼い主が待っているんでしょ!? ここは私一人で平気だからっ!」
「だが君が……」
「早くっ!!」
怯えさせてでも逃がそうと声を振り絞ったところで、カラスの爪が引っかかってブラウスの肩口が破れてしまう。普段着代わりにもしている貴重なブラウスが破れてしまったのは口惜しいが、今は目の前のカラスとうさぎをどうにかすることが優先だった。
「テキ、テキ、おれさまたちのテキ。すみかをうばうニンゲンはテキ、おれさまたちのじゃまをするニンゲンもテキ。おまえはテキだ!」
「うるさいっ! あっちに行きなさいっ!」
縦横無尽に上着を振り回していた彩月だったが、突然カラスの一羽が真横に飛んでいった。何かに押されたかのように吹き飛ばされたカラスだったが、今度は別のカラスが吹き飛んで地面に落ちる。コンクリートの橋の上に叩きつけられたカラスの隣に居たのは黒うさぎだった。
「なんだコイツは!? ただのうさぎじゃないぞっ!」
「うさぎじゃない、うさぎじゃない。コイツはうさぎじゃないっ! ちがう、ちがう!」
「疾く去ね! このカラスどもっ!! その娘を傷付けるな!」
低い姿勢を取って好戦的な態度を見せるうさぎに恐れをなしたのか、カラスたちは鳴きながら黄昏の空へと飛び立っていく。
ようやく彩月は全身の力を抜くと、その場に座ったのだった。
(よ、良かった~)
突かれた髪は乱れ、顔や手は細かい引っ搔き傷だらけ。普段は出さない大声を出したからか、喉も掠れている。
一張羅のスーツもボロボロになってしまったが、不思議と達成感に満たされていた。目の前でカラスに襲われるうさぎの姿を見なくて済んだからだろうか。
それにしてもうさぎが彩月を助けてくれたのは予想外だった。
「そうだ。あなたは平気……っ!?」
先程のうさぎを振り返った彩月だったが、そのうさぎは子猫を背に庇った親猫に責められて橋の欄干まで追い詰められていた。
「よくもうちの子を危険に晒してくれたわねっ!」
「待てっ、誤解だ! 俺はその子を助けようとして……」
「この辺で見かけない野うさぎが何を言っているの!? あんたなんてこうしてやるわっ!」
その言葉と共にシャーッと鳴きながら親猫が跳躍して飛び掛かったので、咄嗟にうさぎは後ろに逃げる。
その小さな身体は欄干の隙間をするりと抜けてしまうと、バランスを崩して後ろにひっくり返ってしまったのだった。
「しまっ……っ!?」
何も無い中空へと身体を投げ出したうさぎは、重力のままに橋の下を流れるドブ川へと真っ逆さまに落ちていく。
彩月はうさぎを助けようと欄干に駆け寄って手を伸ばしたものの、あと少しのところで届かなかった。
それでも諦めずにつま先立ちになると、橋の上から身を乗り出したのだった。
「良かった! 間にあっ……!」
その願いが届いて彩月の手はどうにかうさぎの手を掴むが、勢い余って橋の上から足が離れてしまう。
バランスを崩した彩月はうさぎと共に濁ったドブ川に落ちたのだった。




