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推しうさぎと月の姫になるまで〜二十歳の誕生日に助けた迷いうさぎは電撃引退した推しのアイドルでした〜  作者: 四片霞彩
天馬行空な従者、質実剛健な従者

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46/117

【46】

「どう彩月ちゃん、ドレスは……うん、とても似合っているね。これにしようか」


 天里が片手を上げると、女性スタッフがハサミを手にやってくる。値札を切り離すのだろうと察した彩月は慌てて口を開く。


「あの、このドレスなんですが……」

「もしかして気に入らなかった? 他のにしようか?」

「そうじゃなくて! もっと値段の安いものに替えられませんか? 今夜しか着ないかもしれないのに、こんなに高いドレスを買っていただくわけにも……」

「今夜だけとは限らないんじゃない。これから社交の場は増えるだろうし、着物以外にもこういった余所行き用のドレスは持っていて損は無いよ」

「だからって、こんな高級品じゃなくても……振袖だっていただいたばかりなのに、ドレスまでいただくわけにもいきません。私なんて、そこまでしてもらう価値なんてありません……」

「彩月ちゃん、君は月の姫になったんだよ。姫が君を後継者に認めて、月に連なる者たちも君に忠誠を誓った。そんな君が他の月の民たちより格下に見られるようなことは決してあってはいけない。それでは月の姫として示しがつかないんだ。それは分かるね?」


 今までの飄々とした雰囲気とは打って変わって、顔を引き締めて真剣な顔をした天里に両手を握られてしまう。それでも彩月を気遣っているのか真綿を掬い取るような優しい手つきに顔を上げれば、すぐ目の前に現れた天里の整った美貌にぎょっとしてしまったのだった。


「急に変わって戸惑う気持ちも分かる。でもこれから少しずつ慣れてほしい。君はオレたち月の民にとって至上の存在。最も尊むべき月の姫なんだ。そんな君が底辺にいたらどう思う? 他の月の民は君より上の存在になる訳にはいかないから、君より下の底辺、それこそ地の底くらいにいなければならなくなる。君の存在や立ち振る舞いがオレたち月の民に影響を及ぼすということを覚えてほしい」

「すみません。そういうこと全然分かっていなくて……」

「そういうことをこれから話すつもりだったから。驚かしちゃってごめんね。着替えが終わったら、次はメイクアップの時間。ヒビ好みのお姫さまにしないとね」

「響葵くんとは、そういう関係じゃ……!」


 真っ赤になった彩月を気にする様子もなく、面白がるように一笑に付した天里は会計をしながら女性スタッフにパウダールームの場所を聞く。女性スタッフの案内ですぐ近くの部屋に連れて行かれると、いつの間に用意されていたのかメイク道具が並べられていた。

 彩月の黒髪を軽く愛撫した後、そのひと房を手にした天里は髪質を確かめるように何度も掌や指先で擦る。


「綺麗な髪だね。艶があって量も多いからアレンジのし甲斐がある。これは腕が鳴るな」

「月で湯浴みと怪我の手当てをしてもらった時に毛先を切り揃えてもらったので綺麗なだけです。普段は手入れとか特にしていません。髪を染めたりパーマをかけたりするお金と余裕も無かったので……」


 彩月が暮らす学生寮にはユニットバスが各部屋に備え付いているため、シャンプーやボディソープなどのアメニティ類は各自で用意することになっている。オシャレに余念がない他の寮生が有名メーカーや人気ブランドのアメニティを持ち込んでいるのに対して、生活がギリギリの彩月はスーパーで売っているような安物のシャンプーやボディソープで身を清めていた。当然美容院に行くお金も無いので、自分で髪を切ることで節約をしていたのだった。


「それもあるかもしれないけど、一番は元が良いから。きっとこれまで髪を染めたり、無理なパーマをかけたりしてこなかったんだね。美しいままだ」

「そういうことも分かるんですね」


 美容院のように大きな鏡の前に座らされると髪を梳かされるが、時折彩月の耳朶に天里の指先が当たってくすぐったい。手際が良い上に手先が器用なのか、ひと通り梳かし終わると、あっという間に彩月の髪を三つ編みに結ってしまう。それを頭の後ろで一つにまとめてお団子状にしてしまうと、襟足を調整してくれる。


「オシャレには気を遣っているからね。月の民の中でも選ばれたごく少数の者しか就くことができない姫の近侍を拝命した以上、姫に恥じない格好をしないと」

「天里さんもとても素敵ですよ。響葵くんと同じくらい……かっこいいです」


 耳にかかる横髪を軽く巻いていた天里の手が一瞬だけ止まる。けれどもすぐに再開すると、先程よりも優しい手付きでロールブラシを動かしたのだった。


「……ありがとう、彩月ちゃんは優しいね。捻くれ者のヒビとは大違いだ」


 一度化粧を落とされると、天里が化粧をしてくれる。あまり肌の負担にならず濃くなりすぎないように、それでありながらドレスカラーとの調和を意識して軽く施してくれたらしいが、彩月にとっては自分で化粧をする時の何倍も手が込んでいるように思えた。

 そして完成した時には、アイメイクからリップメイクまで自分の化粧とは全く比較にならないくらいの見事な出来栄えに仕上がっていたのだった。


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