【38】
まだ目の奥がどこかチカチカと瞬いている気がするが、ようやく目が慣れてくるといつの間にか元の彩月の自室に戻ってきていることに気付く。
部屋の中は人の姿になった響葵に連れられて部屋を飛び出した時と変わりは無かったが、違いがあるとすれば彩月が着物姿で、月の秘宝を持っていることだろうか。月の秘宝が入った桐箱をバッグの隣に置いたところで、響葵に声を掛けられる。
「さて、君の家に帰ってきたが、これからどうする?」
「爽月の荷物が届くまでに廊下の汚れと玄関の割れた花瓶、それから響葵くんを洗った洗面所の片付けをしようと思うんだけど……でも先に部屋着に着替えようかな。こんなに綺麗な着物をもらったのに、汚したり破ったりしたら申し訳ないし。それが全部終わったら夕飯かな」
「分かった。俺も手伝おう。手分けした方が早く終わる」
袖を捲ってたすき掛けをしようとする響葵を彩月は慌てて止める。
「い、いいって! 響葵くんはここで待ってて!」
「いずれも原因は俺にある。待つだけというのは忍びない。それとも掃除が終わったらすぐに夕餉を食せるように何か買いに行くか。台所を借りられるのなら、俺が作ってもいい。食べたいものを言ってくれ」
「作るって……響葵くんが料理を!?」
彩月はぽかんとしてしまうが、過去に“五十鈴響夜”が答えたインタビューの特技の項目に「料理」と書かれていたのを思い出す。
クールな見た目に反して料理男子という家庭的なところギャップから“五十鈴響夜”のファンになった人たちも多く、いつか料理番組に出演して颯爽と料理を作る響夜を見たり、響夜がプロデュースするコラボカフェにファン同士で誘い合って行ったりして、響夜が監修したメニューを食べてみたいとファン同士が熱く語り合っていた。中には響夜に直接手料理を振る舞ってもらって、食べさせてもらいたいという熱烈な投稿もあった。
そんなファンの誰もが叶えられなかった響夜の手料理を、響夜のファンの中でも末端にいるような彩月が食べてしまっていいのだろうか。
嬉しいような恥ずかしいような、他のファンに申し訳ないような、複雑な気持ちになる。
「ああ、口に合うかは分からないが、これでも月では姫の世話係を請け負っていた。食事に洗濯、掃除、裁縫まで何でもできるぞ」
「響葵くんの手料理……は大歓迎だけど、でもその姿に戻ったばかりで大変じゃない? 私がお金を出すから配達を頼もう」
「心配には及ばない。彩月が湯浴みをしている間に身体を休めたからな。金なら当てがある。電話を借りられるだろうか? 金を頼みながら、月の姫が見つかったことをアイツに知らせておきたい」
「それはいいけど。アイツって……?」
「ああ、それはだな……」
響葵が言いかけた時に自宅の呼び鈴が鳴らされる。爽月の荷物が届いたと思った彩月は「は~い」と返事をしながら階段を降りていき、そして玄関を開ける。
「荷物ありがとうございまって……わぁ!?」
よく確認しないで玄関ドアを開け放ったところで、彩月は小さく悲鳴を上げてしまう。彩月の玄関口には多種多様な動物たちが押しかけており、犬や猫、鳥、うさぎを始めとするこの辺りの住宅街でもよく見かけるような動物から、狐や熊、狸、蛇などの山奥でしか見られないような動物が彩月の家を占領するようにひしめいていたのだった。




