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推しうさぎと月の姫になるまで〜二十歳の誕生日に助けた迷いうさぎは電撃引退した推しのアイドルでした〜  作者: 四片霞彩
天香玉兎、君の誕生を祝福する

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34/117

【34】

「あの、さっき言ったことだけど……」

「彩月」


 いつの間に摘んだのか響葵の手には一輪の薄桃色の秋桜が握られていた。顔を上げると、響葵はそっと両目を細めて笑みを浮かべたのだった。


「お誕生日おめでとう、彩月。生まれてきてくれてありがとう。俺を見つけてくれて……ファンになってくれてありがとう。ようやくアイドルをして良かったと心から思えることができた」

「響葵くん……?」

「居場所が無いなら与えて、家族がいないのなら俺がなろう。もう『生まれてきたのが間違いだった』なんて言わせない。俺のファンで月の姫だからじゃない。ただ君自身が好きで、これからも同じ時間を過ごしていきたいから言っている。そのためにも月の姫になって欲しい。共に永遠を生きよう。君を愛する者たちと一緒に……」


 そうして響葵は持っていた秋桜を彩月の髪に挿すと、彩月の額に唇を落とす。長いようで短い口付けが離れた後、彩月の両目からは涙が落ちたのだった。


(ああ、そっか。私、今までずっと……)


 全身がぶるりと震えて、溢れた涙で視界が歪む。

 そこから堰を切ったように止まらなくなった涙を堪えようと両手で口元を押さえるが、全く意味をなさなかった。

 ずっと下から見上げながら追いかけることしか出来なかった推しに誕生日を祝ってもらえたからというのもあるが、一番はこれまで積み重ねてきた“彩月”の功績を初めて認めてもらえたのが嬉しかった。

 同時に生まれた姉とは違って、何一つとして完璧にできなかった彩月()良いと言ってくれた。

 彩月自身も嫌っていた、彩月を「好き」だと好意まで寄せてくれた。自分でさえ早くこの世界から消してしまいたいと思っていた、愚かな彩月を……。

 それ以上は何も考えられなくなり、ただ嗚咽交じりに涙を溢していた彩月だったが、やがて真っ青になった響葵に両肩を掴まれたのだった。


「彩月!? どうしたのだっ、急に泣き出して!? もしや傷付けるような言葉を口にしてしまっただろうか……っ!」

「大丈夫だよ。大丈夫だから……!」


 これまで響夜としてアイドル活動をしていた時の響葵の映像をいくつか観たが、ここまで取り乱した様子を見せたことは無かった。

 テレビや雑誌の中の響葵はいつもクールで理知的で、舞台中に発生したトラブルや撮影中に仕掛けられたドッキリ企画にも難なく対処していた。斜に構えているように見えなくもないが、時折見せる年相応の爽やかな笑顔が魅力的だった。

 自分以外のファンは知らないであろう推しの一面に、少しだけ嬉しい気持ちになる。


「生きていていいの? 私……爽月が使わなかったゴミから生まれた“おまけ”って言われてきたんだよ……? お前は人間のゴミだって……生きていたって、無駄に息を吸うだけで何にも価値が無いって言われたんだよ?」

「そんなことまで言われたのか?」


 大学受験に失敗した時――それこそ月の民として覚醒するきっかけとなった両親の言葉を覚えている。

 自宅で催された合格した爽月を祝うささやかなパーティーで、招かれた爽月の友人たちに混ざるように同席した彩月に向かって両親が言い放った言葉を。

『お前は爽月が使わなかったゴミから生まれた“おまけ”。息を吸うだけで役に立たない、この家の恥晒し。お前に生きている価値は無い。早く出て行け、二度と顔を見せるな』と。

 その時はショックで頭の中が真っ白になった彩月を庇うように爽月が両親を宥めてくれたが、それさえも爽月の中では計算のうちだったのだろう。その時から爽月と彩月の間で決定的な上下関係が生まれた。彩月は爽月の召使いのようになり、家族の下僕のような扱いを受けるようになった。

 その場に同席していた爽月の友人たちが彩月たち一家の様子を広めたことで、彩月に関わると大変な目に遭うとして数少ない彩月の友人たちでさえ離れていってしまった。

 彩月の味方は誰一人としていなくなってしまったのだった。


「あの日から……爽月の“おまけ”って言われた日から極力目立たないようにしてきたの。私が関わると面倒なことになるから。大人になってあの家を出て行くまで一人で耐え続けようって。傷付くような言葉を言われても、暴力を振るわれたとしても。他に行くところが無い以上、自立できるまで声を殺して我慢しようって……」

「君に価値が無いはずないだろう。出会ったばかりだが、俺は君の良いところをいくつも見てきた。見た目でしか判断できなかった姉とは違って、君はうさぎの俺を助けて話を聞いてくれた。そんな心根の優しい君がただの“おまけ”なはずが無い」

「でもこんな私を愛してくれる人なんて、どこにも……」

「ここに居る。君の目の前に」


 その言葉に顔を上げれば、響葵が両目を細めて艶のある笑みを形作る。

 ずっと画面越しや誌面の向こう側にあった笑顔を真近で、それも彩月にだけ向けられて、彩月の心臓が高鳴りだしたのだった。


「姉のようにならなくても、君を愛する者は他にもいる。君を蔑ろにするあんな家族は捨ててしまえ。もう自分の心を偽らず、隠さなくていい。その心のままに、君らしく自由に生きて良いんだ」

「私らしく……」


 その言葉で胸の中がすうっと軽くなった。初めて響葵と出逢った雑踏の中のように。

 知らず知らずのうちに、彩月は自分の心に蓋をしていたのだろう。爽月のようになるために“彩月”を隠してしまった。

 全ては家族に愛されるためだけに――。


(やっと分かった気がする。どうして今まで爽月になろうとしたのか。私、愛されたかったんだ。生まれて良かったって安心したかったんだ……)


 響葵の言葉でようやく自分の本当の気持ちを知れた。彩月が爽月になろうと執着したのも、大学進学にこだわったのも、ずっと生まれてきたことを肯定されて、生きていてもいいと言われたかったから。

 誰かに“彩月”を愛して欲しかったのだと――。

 子供の頃から常に爽月と比較されて“爽月の妹”としか見られなかった。爽月の二番手にしかなれず、爽月の付属品のような自分が許せなかった。

 全てにおいて完璧な“爽月の妹”としてでは無く、“彩月”自身を見て欲しかった。

 だから爽月と同じかそれ以上の存在になりたかった。天才肌の爽月に敵うはずがないと、そんなことをしても無駄だと思いつつも……。


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