【33】
「自信を持てないのは家族が原因か?」
桃色や白色の秋桜が咲き誇る道を歩いていると、不意に響葵が尋ねてくる。
「そうなのかな。受験に失敗するまで、私だって爽月のようになれると信じていたの。そうしたら家族の輪に入れてもらえるって……でもダメだった。やっぱり私は生まれた時から姉のおまけの出来損ないで……爽月のようになれると、勘違いしていただけ」
「そうとは限らないだろう。君はまだ自分の中に眠る本当の才能を開花させていないだけかもしれない。後から目覚めることは往々にしてある。俺たちだってそうだった」
「響葵くんも?」
「俺たち玉兎族は月に暮らす生物の中で最弱と呼ばれる種族だ。玉兎族は一度に数頭を産むが、両親が育てるのはその内のたった一頭のみ。他は全て捨てられる……俺と天里も親に捨てられた」
彩月も知らない推しの――響葵の過去に言葉を失う。
「他の生物に喰われるか餓死するはずが、運が良いことに俺たちは姫に拾われた。他の兄妹は全員死んでいたそうだ」
「そうだったんだ……」
「我が子のように姫に育てられて、俺たちは人に転じる力を得た。両親に育てられてもうさぎ姿のまま生涯を終える者が多い中で、人に転じられる者はほんの少数。その才を見込まれて成人の儀を迎えた後に、俺たちは月の統治者である姫の近侍にまで選ばれた。最初こそ俺たちは何の能力も持たない“出来損ない”だったが、後から才能を開花させた。両親は俺たちの才能を見抜けなかったということだ。とんだ笑い種だな」
響葵は遠くを見ながら、そっと息を吐く。
「他人の評価なんて当てにするな。君は君が思うままに生きればいい。君が持つ才能を姉は持っていない。唯一にして無二のものだ。君が姉になれないように、姉だって君になれない。その才能を開花させて、家族を見返してやるといい。そのための協力を俺たちは惜しまない」
「私にできるかな……」
「何事もやってみなければ分からないが、君ならできると俺は信じているぞ。何せ……俺が見つけた月の姫だからな」
花が綻ぶような柔らかな笑みを向けられて彩月の頬が赤く染まる。嬉しさと気恥ずかしさが入り混じった感情に戸惑っていると、響葵は「そういえば」と何かを思い出したようだった。
「双子の姉が誕生日ということは、今日は君の誕生日でもあるな。記念に何か贈らせて欲しい。考えておいてくれ」
「そこまで気を遣わなくていいよ。欲しい物なんて無いから」
「謙遜しなくていい。君と出逢えた記念に贈りたいのだ。どんな物でもいい。必ず用意しよう」
そう言われても、欲しいものは全く思いつかなかった。昔から爽月優先で買ってもらえなかった経験から、なるべく物欲は持たないようにしてきたというのもあるだろう。
唯一欲しいと思ったのは推しの響夜こと響葵に関連する物だったが、それは自分のアルバイト代から捻出していた。
両親から仕送りは無かったので、彩月が自由に使えるお金は子供の頃からコツコツ貯めたお小遣いとアルバイト代、あとは入学時に申し込んだ奨学金ぐらいだが――。
これまで家族を含めて他人からも物を貰うことや買ってもらうといったこともほとんど無かったので、こういう時にどんなものを頼んだら良いのか分からない。
お菓子ならどういった物を頼めばいいのか、洋服ならどれくらいの金額までなら許されるのか、遊びや旅行に連れて行ってもらうにはどういう場所が相応しいのか。金額の相場や常識さえ知らない。
あまり相手の負担にならず、誕生日に相応しい贈り物は何があるのか……。
「それなら一つだけ……『誕生日おめでとう、彩月』って言ってほしいの」
ようやく思いついて口にしたものの、やはり響葵には「そんなことでいいのか?」と首を傾げられてしまう。それでも彩月は小さく頷く。
「人生で一度くらい、推しに誕生日を祝われたいの。それにもう誰も祝ってくれる人はいないから……」
響葵が眉を寄せて考え込んでしまったので、変なことを言ってしまったと彩月は後悔し始める。
他のアイドルや動画配信者はファンの誕生日にコメントをしたり、お祝いの言葉を掛けたりしていたので、響葵のファンである彩月も頼んでみたのだが、やはり本人からしたら迷惑だっただろうか。
推しとはいえ芸能界に戻るつもりは無いという元アイドルにファンサービスを求めたことが、そもそも間違いだったのかもしれない。
(変なことを言ったよね……)
響葵は社交辞令として誕生日を祝うと言ってくれただけなのに、本当に祝ってくれると彩月が勘違いしてしまった。失敗したと罪悪感が募ってくる。
謝罪した方が良いのかとモヤモヤした気持ちのまま俯いて歩き続け、やがて屋敷の縁側まで戻ってきたところで、彩月は先程の言葉を取り消してもらおうと口を開く。




