【30】
「これは……?」
「彩月さま、こちらの檜扇を手に取っていただけますか?」
「はい……わぁ!?」
言われた通りに彩月が檜扇を手に取った瞬間、眩いばかりの白い光が檜扇から放たれる。室内を真っ白に染めた光は徐々に弱まっていき、やがてわずかな光を残して彩月の手の中に収まったのだった。
「その光が『月の加護』。彩月さまがお持ちの『月の加護』に反応して、光り輝いているのです。檜扇も羽衣も使うには『月の加護』が必要不可欠ですから」
「これが『月の加護』……」
いまひとつピンときていなかった「月の加護」が目に見える形で彩月の前に現れたからか、改めて自分の中に眠る未知なる力に驚愕する。
不思議と恐怖は全く感じなかった。それどころか温かく優しい母親の腕の中にいるような安心感を覚えたのだった。
(何でだろう。知らないはずなのに、どこか懐かしい……)
普通なら見ず知らずの力に恐れ戦くもののだろうが、何故か身体が軽くなってすっかり肩の力を抜いてしまう。自分でもこんな気持ちになるとは思わなかった。自分の心と身体に耳を傾ければ、奥底で何か温かいものが脈打っていた。いつ湧き上がってもおかしくない不可思議な温かい力の存在に、改めて彩月は気付いたのだった。
「彩月さまの身体から檜扇に向かって、『月の加護』が流れているのを感じますか。響葵たちが幼い頃に言っていましたが、月の姫に触れられた月の民と月の生物は自分の体内に『月の加護』が直接流れてくるのを感じるそうです。どういう原理かは解明されていませんが、あの子たちはそれが心地良いと話していました。愛撫、懐抱、添い寝と、ずっとわたくしにくっついていました。今では懐かしい思い出です」
「私も感じています。自分の奥底にある温かい力を。これが『月の加護』と呼ばれるものなんですね。とても気持ち良いです」
それで助けた時に響葵が不思議そうな顔をしていたのかと合点がいく。きっとその時に響葵は彩月が持つ「月の加護」に気付いたのだろう。
それで逃げずに様子を伺っていたに違いない。彩月自身でさえ知らなかった、「月の加護」という神秘の力に。
そうしているうちに光が消えると、黒くくすんでいた檜扇が幾分か白くなったような気がした。先程よりも檜扇に描かれた満月と女性の絵が新品同然に鮮やかな色を放ち始めたのだった。
「こちらは月の檜扇と月の羽衣。月の姫のみが扱える三種の宝のうちの二つです。これをお渡しいたします。これを持ち続ける限り、全ての月の民と月の生物は彩月さまに従います。地上に暮らす月の民の同盟者たちも力を貸してくれることでしょう」
「そんなっ! 受け取れません、こんな貴重な物!」
彩月は慌てて檜扇を月祈乃に返すと何度も首を振って断ろうとするが、月祈乃は構うことなくどんどん話しを進めていく。
「月の檜扇は地球に暮らす月の動物たちを使役するのに、月の羽衣はこの月の都との行き来に使います。どちらも元は月の姫の一人だったかぐやさまが使っていた秘宝を模したものです。彩月さまが月の姫として目覚めた時、この神器は真の力を発揮します。もうわたくしの弱い力では扱えませんから……」
その言葉で月祈乃が握る檜扇に目を落とすと、彩月が握っていた時と違って何も光っていないことに気付く。「月の加護」を持つ者が月の姫になるのなら、当然月の姫である月祈乃が持っている時も檜扇は光り輝くはず。そうならないということは、月祈乃の言う通り、「月の加護」が弱まっているということなのだろう。月祈乃に残された時間は、本当に残りわずかなのかもしれない。
「私は要領が悪いのでいつ使えるようになるか分かりません。もしかしたらその間に他の月の姫が現れることだって……」
「……その可能性も無いとは言えません。ですが、わたくしが彩月さまを月の姫に推薦するのは『月の加護』を持っているからというだけではないのです。わたくしの唯一の心残りを託せると思ったからです」
「心残りですか……?」
「わたくしは月の姫になったことを後悔しておりません。人の生では得られなかった充実した日々を送れました。役目を終えて消えるのも怖くありません。ですが残される愛しい子供たち……響葵と天里だけが心残りなのです」
今までずっと穏やかな様子で話し続けていた月祈乃がそっと目を伏せる。顔を曇らせると、幾分か声のトーンを落としたのだった。




