第八話 全員の失敗
実際のところ、アストリアはエミリアに対して虐めをしてないどころか関わり合いなど全くない。
婚約者であるオスカーがエミリアと親しくしているとの直接的な忠告を受けても、アストレアは気にもしなかった。
「あら、それじゃあ婚約なんてなくなるのかしら? だと嬉しいわね。わたくし、王家に嫁ぐよりも一族の地に帰りたいもの」
そう言って、アストレアはころころと笑った。
オスカーが平民の娘と懇意にして、ありもしないアストレアの悪評をばら撒くのであれば、逆に、それを理由に婚約をないものにしてもらえるかも……と、楽観視さえしていたのだ。
オスカーとの婚約など、なくなってしまったほうがむしろよい。
オスカーが誰とどうなろうと嫉妬などするはずはない。
あっけらかんとしていた。
だが、アストレアのその態度は……ある意味失敗だったのだ。
せっかくの機会だからと、のんびりと王都を見て回ったり、学園生活を楽しんだりするのではなく……、さっさとマイゼンハウアーの地に帰ればよかったのだ。
少なくとも、ミュラーもアストレアも、警戒心が足りなかった。
マイゼンハウアーの地に暮らす者たちは、皆、神と自然を信じ、心穏やかに、日々感謝して暮らすような者ばかり。
外敵に晒されたこともなく、また、飢えや日照りといった災害に遭ったこともない。
有能な一族の長の元、充実した日々過ごす……。
そのような者たちと、少しばかり迷惑な血縁上の父親しか知らないミュラーとアストレアは、本当の意味で、誰かを警戒することや、誰かの悪意に晒されることの怖さを知らなかった。
人間は誤解をするものだし、その誤解と曲解を重ね、その上で行動するような愚かな者も大勢いる……。
ミュラーは、マイゼンハウアーの一族以外の者たちが、どのような考えを持ち、どうしてマイゼンハウアー一族の地を狙っているか……などは、多少なりとも母親であるナデシュタから聞いて、理解をしているつもりだった。
だが、アストレアは。
「何があってもミュラーと兄様とルキウスたちがついているんですもの! 怖いことなんて、ないわ!」
そう、心から、信じていた。
「んー、もう! もうちょっとなんとかできないのかな」
エミリアはガリガリと頭をかいた。
「アストリア様は、あたしとオスカー様が仲良くしていても澄まし顔のままだし。本当に嫉妬でも見せて、あたしを虐めてくれれば話は早いのに、虐めてくれないから、イマイチ悲劇のヒロインになり切れないーっ!」
イライラと、エミリアは体を揺する。
「アストリア様がみんなの前であたしをひっぱたくとか、階段から突き落とすとか、してくれればいいのに……って、あ、そうか!」
エミリアはポンッと手を打った。
「叩かれるのは無理でも……階段なら……うふふふふ。できそうじゃない?」
そうして、エミリアも。
物語を真似して、階段から落ち、それをアストレアから突き飛ばされたのだと主張する。
その程度なら、できそうだと、甘い判断を下していた。
だから、エミリアが、階段から突き落とされた演技をしたとき、既にアストレアが殺されていたなどとは……全く考えもしなかったのだ。
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