第六話 学園編入と試験。そして、エミリア
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暴言を吐き、謝りもしないオスカーなどと、交流をする気はもちろんない。だが、わざわざマイゼンハウアーの地から王都へとやってきたのだ。
せっかくだから、オスカー以外の者たちとの交流をして、更には王都やその他の場所の見聞を広めておこう。そう、アストレアは思った。
帰るのは、いつだってできるから……と。
とりあえず、編入という形で貴族学園高等部の第一学年に編入したアストレア。
年齢的に言うのであれば、現在十四歳のアストレアは第一学年に編入でもおかしくはない。だが、十八歳のミュラーは、年齢的には既に高等部を卒業している年になる。
「はっ! これだから田舎者は! 学園に入学すらできないとは!」
オスカーにそう言われたミュラーは、学園長に頼み、第一学年から第三学年まで、更には卒業試験として行われたすべての試験問題を、数日掛けて、一気に受けさせてもらった。
そして、そのすべての教科において、ほぼ満点を叩きだした。
そして、オスカーに淡々と告げた。
「学園の授業を受けずとも、試験に合格することは可能のようですよ」
苦虫を噛み潰したような顔で、反論もできずに逃げ去ったオスカー。
アストレアは「あら、わたくしも一気にすべての試験を受けてみたいですわ」と意気揚々と言った。
流石に数日ですべての科目に合格……ということにはならなかったが、それでも、アストレアも二か月ほどで、卒業試験にまで合格をしてしまった。
したがって、アストレアには受けなくてはならない必須の授業はもうない。
学園に赴くのは週に一度か二度、音楽や芸術など、興味のある授業のみに参加をし、あとは王都にある屋敷で、ミュラーやハワードたちとゆったりと過ごしていた。
ミュラーはわずか数日で、アストレアは約二か月で、すべての試験に合格したことは、あっという間に学園中に広まった。
それを、オスカーは苦々しく思っていた。
「王太子殿下の婚約者となったアストレア嬢は、才媛ですね!」
などと、学友の誰かが言おうものならば「ふざけるな!」と口から唾を飛ばして叫び、不機嫌になるオスカー。
そんな折、オスカーは学園で一人の平民の娘と出会った。
背が低く、可憐で庇護欲を誘う、桃色の髪をした、平民の娘。
名前をエミリアと言った。
エミリアの母親は、以前は公娼だった。身分の高い貴族子息の相手を務めることもあり、引退後もそれを自慢にしていた。
エミリアに対しても「あんたは実は、とある国の身分の高い相手の娘なのよ」と口癖のように言っていた。
母と娘の平民暮らしではあったが、エミリアは母の言葉を信じていた。
だから、運良く貴族学園に入学出来た後も、平民だからと小さくなるのではなく、貴族の令息たちと懇意になっていった。
最初は戸惑っていた貴族の子弟たちも、貴族の令嬢とは異なり、感情豊かで、距離感の近いエミリアに好意を抱いて行った。
その中でも特にエミリアと距離が近かったのが、キース・リー・マケナリー子爵令息、ロルフ・デュ・アンダーソン男爵令息、ジョー・デ・ゴドリー伯爵令息の三人
三人にはそれぞれ、婚約者である令嬢がいて、初めはエミリアとの付き合いも、単なる親しい友人という範囲にとどまっていたのだが……。
「……キースの、婚約者の人に、頬を叩かれたの」
「ロルフに、近寄るなって言われたわ……」
「ごめんね、あたし、ジョーのことが、友達以上にトクベツだって思ってしまって……。婚約者の人は、不快に思って当然よ……」
涙目で、小さく震えながら、悲し気に微笑むエミリアに、キースも、ロルフも、ジョーも、だんだんと惹かれていってしまった。
そうして、婚約者を捨てて、エミリアを選ぶと言いだした三人に、エミリアはそっと首を横に振った。
「気持ちはすごく嬉しいけど……ダメだよ。あたし、平民だもん。あたしを選んだら、貴方が苦労するだけ……。いいの、あたしは……、この貴族学園で、あなたと出会えて、仲良く過ごせた思い出を胸に生きるから……」
男というものは、可憐に身を引く女に惹かれるモノだ。
キースとロルフとジョーの視野が狭くなり、なんとしてでもエミリアを自分だけのものにしたい。
三人は強く思うようになっていった。
母親の教えのままに、何人もの貴族令息を手玉に取っていくエミリア。
だが、エミリアには、実は不満があった。
「キースもロルフも下級貴族ってだけよねえ。ジョーだって伯爵とは名ばかりで、たいして裕福じゃあないし。他にもあたしに気がありそうなのはいるけど……。お金持ちじゃないしなー。あーあ、もっとイイ男、ゲットしたいー!」
身分の高い父親というのが誰なのかはわからないが、仮に侯爵家の血筋だとするならば、伯爵家など、それよりも下。エミリアの求める最低ラインの男は侯爵家、もしくは公爵家の子息。
キースとロルフとジョーは、キープしたままで、もっと爵位の上の男を狙おう……。
そんなことを考えていたエミリアの前に現れたのが、オスカーだった。
王太子というその地位は、エミリアにとってこれ以上もなく魅力的だった。
「うっふっふ。オスカー様をモノにできれば……、このあたしが王妃にもなれるのね……」
エミリアは、ターゲットをオスカーに絞って、アプローチを開始することにした。
背の高いアストレアを厭うオスカーの元々の好みは、エミリアのような小さく可憐な小動物のような可愛い娘。
オスカーはあっという間にエミリアに恋をした。
しかも、エミリアはオスカーの自尊心を満たしてもくれた。
「ええ⁉ 貴族学園での三年分の試験を数日とか二か月で合格⁉ ありえなーい! それ、絶対何かの不正ですよ!」
「そ、そうだよな!」
初めての賛同者に、オスカーはあっという間にエミリアに気を許した。
「え? 婚約者のアストレア様は背が高いの⁉ だったら、せめて、踵の低い靴を履くとか、そういう配慮をするべきですよね」
「ああ。アストレアには女性らしい気遣いが足りんのだ!」
「可哀そうなオスカー様。……あたしなら、そんなふうに、オスカー様を憤らせるようなこと、しないのに……」
「エミリア……」
「オスカー様……」
「嬉しいよ、エミリア。この俺様の婚約者がアストレアなどではなく、エミリアだったら……」
「嬉しい、オスカー様。でも、あたし……、平民だし。貴族のご令嬢から、虐められているし……。学園に通っている間だけでいいの……。オスカー様、あたしと、その……仲良く、してくれたら、それだけで……」
「ああ、エミリア。エミリアはなんて健気なんだ……」
オスカーはあっさりと、エミリアに篭絡された。
あっという間に距離を縮めていくオスカーとエミリアを、最初はキースとロルフとジョーの三人は嫉妬を見せた。
しかし、あっさりと、エミリアは流れるように嘘を言う。
「え? オスカー様? うん、最近親しくしてもらっているよ」
「ああ、あたし平民だから。オスカー様にとっては珍しいんでしょ?」
「ええ⁉ あたしとオスカー様が恋人になったんじゃないかって⁉ 無理に決まってるでしょ、あたし平民よ? 学園だから、親しくお話もさせていただけているけど、卒業したら、会うことすらできないわよ~」
エミリアにとっては、本命はオスカー。
だけど、キースたちもキープはしておきたいのだ。
それに……。使い勝手はある。
「あのね……キース。あたし、最近……、アストレア様に意地悪を言われるの。その……、オスカー様に下賤な者が近づくな、とか……」
「でも、あたし……。オスカー様は王太子殿下でしょ。オスカー様が見聞を広げるために平民のあたしの意見を聞きたいって、重用してくれるのを、アストレア様が誤解して……」
「頬……、赤い? あ、さっき、アストレア様に……。ううん、何でもないの。オスカー様とのことは誤解だし、そのうちきっとアストレア様だって、誤解だってわかってくださるとは思うし……。大丈夫。あたし、辛い目にあっても……。あたしには、守ってくれるキースがいるから……って、それだけで、心強いの……」
「エミリア……」
エミリアは、キースだけではなくて、ロルフとジョーにも同じようなことを言っているのだが……。
当のアストレアと言えば、エミリアなどという平民の娘がオスカーにまとわりついていることは知っていても、別にどうとも思わなかった。
相変わらず、好きな授業だけ、参加し、王都を見て回っていた。
これも、マイゼンハウアーの土地に帰るまでの、貴重な経験とばかりに、興味の赴くままに、たくさんのことを学んでいた。
オスカーと交流をするつもりも完全になかったし、どうでもいい。
国王のほうから、オスカーと仲良くしてほしいと懇願されようが何だろうが「初対面のときのことを、王太子殿下が誠心誠意謝っていただければ。その後でしたら、仲良く致しますわ」と、淑女らしい笑みを向けながらも、やんわりとオスカーとの交流を断っていた。
勿論、本当にオスカーがアストレアを「女ではない」などと言ってきたことを誠心誠意謝罪するのなら、付き合いを開始するのは吝かではない。
だが、謝罪などないだろうと、アストレアは半ばオスカーを無視して、王都生活を楽しんでいたのだ。
だから、エミリアが、アストレアの悪評を少しずつ学園で触れ回り。
アストレアからいじめを受けたとオスカーやキースたちに泣きついていることも、アストレア本人も、ミュラーも、気がつかないままでいた。
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