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第二話 マイゼンハウアーの森と神殿

 東と西と南と北の四つの湖と、その中央に位置する大森林。

 そんな豊かな自然に囲まれたマイゼンハウアーの一族が守護する土地。

 マイゼンハウアーの一族の長であり、ヴァーセヒルダ王国により女侯爵としての地位をも得ているのがナデシュタ・ド・マイゼンハウアー。

 そのナデシュタには二人の子どもがいる。

 兄は、ミュラー・ド・マイゼンハウアー。

 ミュラーは、木立の隙間からこぼれる太陽の光のように真っ直ぐな金の髪と、彫刻的な顔立ちの美貌を持つ美しい青年だ。欠点と言えば、鋭すぎる眼光と、怒れば怒るほど丁寧になる口調……だろうか。

 妹は、アストレア・ド・マイゼンハウアー。

 アストレアはミュラーよりもオレンジがかった金の髪を持つ、兄によく似た顔立ちの妹であるからして、やはり目つきは鋭いほうだ。

 侯爵令嬢としては元気で活発なほうではあるが、決して礼儀作法に疎いわけではない。

 兄と妹の仲はとても良い。

 幼いころのミュラーとアストレアは、手と手を取り合って、毎日のようにマイゼンハウアーの森を散策していた。

 もちろん二人きりではない。

 ミュラーの専属の使用人兼護衛であるルキウス、そしてアストレア付きの侍女であるヴェスタが数歩離れてついてきていた。

 濃い緑のにおい。

 小川のせせらぎ。

 どこからか聞こえてくる鳥の声。

 柔らかに差し込む木漏れ日……。 

 アストレアは、この森の木漏れ日が、特に好きだった。

「ミュラーお兄様の髪のようだわ……。真っすぐな金色の光。なんてきれいなのかしら……」

 うっとりと、光を眺めている間に、ミュラーとの間が空いてしまった。

 アストレアは慌ててミュラーの背を追いかける。

「ミュラーお兄様、待ってー」

「アストレア。転ぶから気を付け……」

 ミュラーが言い終わる前に、アストレアは「あっ」と言って、木の根に足を引っかけた。

「お嬢! 危ない!」

 とっさにルキウスが手を伸ばし、アストレアを抱きしめた。

「あはは、転んでしまったわ。ルキウス、ありがとう」

「お嬢は外見に反して結構うっかり者なんですからっ! いきなり走らないでくださいよ!」

「外見って、なによ」

「きれいで、女神様みたいに凛としたご令嬢に育ちそうなお顔をしているのに、意外とそこつ者」

 アストレアは、ぷくっと頬を膨らませた。

「ひどーい! ねえ、お兄様、ルキウスったらひどいと思いません?」

「ひどくないっすー!」と騒ぐルキウス。

 ミュラーは二人の様子に、フッと笑った。

「そこつ者というよりは、お転婆な淑女だな」

 ミュラーの言葉に、アストレアは一瞬きょとんとした顔になった。

「お転婆と淑女って矛盾してません?」

「そうかもな」

 ミュラーはアストレアに手を差し出し、アストレアはミュラーの手を取った。手をつないだことで、アストレアのご機嫌も直ったらしい。

 笑顔であれこれミュラーに話し出した。

 ルキウスは「やれやれ」と肩をすくめる。

「お嬢はほんとーにミュラー様が好きっすねー」

「ええ。だって二人きりのきょうだいだもの」

 ふふっと笑うアストレア。

「マジ、仲良くって妬けるっすね! あー、オレもミュラー様みたいな兄貴が欲しかったっすー」

 ミュラーが首をかしげる。

「アストレアみたいな妹が欲しいではないのか……?」

 ものすごい勢いで、ルキウスは首を横にぶんぶんと振り続けた。

「嫌っす! オレ、ミュラー様みたいに完璧に妹をサポートなんて、できないっす!」

 ここまで一言も発せずついてきた侍女のヴェスタが、思わずと言った感で、小さく笑った。

「ヴェスタ?」

 滅多に感情を表に出さないヴェスタだ。

 三人は驚いてヴェスタを見た。

「失礼しました。アストレア様を妹にしたくない。ミュラー様を兄に持ちたい。つまりルキウスはアストレア様を娶りたいのかと、つい思ってしまいまして……」

「え?」

 きょとんとした顔のアストレア。

「……ああ、なるほど。ルキウスがアストレアと婚姻を結べば、必然的に私がルキウスの兄になるか」

 納得顔のミュラー。

 ルキウスは、真っ赤な顔で「わーっ!」と叫んだ。

「恐れ多いっすー!」

 そんな軽口を交わしていたら、いつもより奥まで進んでしまったようだ。

 梢の間に、なにやら古い建物が見えた。

「あら? あれはなんですかお兄様」

「神殿だ」

「神殿? 神様がいらっしゃるの?」

 アストレアは神殿をじっと眺めた。

 緑の植物が這っている石の壁や門。その門の中は、緑に遮られて何も見ることができなかった……。

 畏怖を感じて、アストレアはミュラーの腕にしがみ付いた。ミュラーは、ふっと笑ってから、アストレアの頭をそっと撫でる。

「……遥かな昔、人々は渇くことのない豊かな土地を求めた。ひとりの美しい娘が神の住まう神殿に赴いた。娘は神と結ばれ、御子が生まれた」

「まあっ!」

 アストレアはエメラルド色の瞳を輝かせた。

「金の髪を持ったその御子は、神への感謝を祈るとともに、神殿に集う人々を統べ、この地に安定をもたらした……」

「金色の髪……。まるでお兄様のようですわね!」

「ああ、そうだな。私たちの先祖の話だから、私にもアストレアにもきっと似ている」

「ご先祖様……」

「詳しい話はアストレアがもう少し大人になってからかな。今はただ、あの神殿に向けて、しっかりと祈りを捧げておきなさい。いつも私たちを守ってくださってありがとうございます……とね」

「ん、わかりました。お兄様」

  そうしてミュラーとアストレアは、そしてヴェスタとルキウスも、神殿に向かい、祈りを捧げたのだった。


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