第十二話 決別
王都にあるマイゼンハウアーの屋敷から、二基の棺が運び出された。
片方に眠るのはアストレア。
まるで花嫁のように花に包まれ、その手には聖杯が握られている。
その姿はまるでただ眠っているだけで、今すぐにでも起き上がりそうであった。
もう片方はヴェスタだった。
暴漢に殴られ、蹴られなどしたため、遺体の損傷が激しい。だから、ヴェスタの棺の蓋は既に閉じられていた。
二基の棺は屋敷からほど近い川辺に辿り着くと、丁重に船へと運び込まれた。
船に運び込む前、棺の中で眠るアストレアの額に、ミュラーはそっと唇で触れた。
「さあ、帰ろう、アストレア。私たちの場所へ」
ルキウスも、アストレアの手を撫でた。
「お嬢……。行きましょう。ヴェスタも……」
そうして、船を見送るハワードをミュラーは振り返った。
「ハワード」
「はい、ミュラー様」
「知っての通り、我がマイゼンハウアーはヴァーセヒルダと縁を切る」
「はい」
「屋敷の後始末を終えたら、お前もなるべく早くマイゼンハウアーの地へと戻って来るように」
「かしこまりました」
ハワードは深々と一礼した。
「……これを渡しておく」
ミュラーがハワードに手渡した小袋の中には指輪がいくつも入っていた。
その指輪は、以前、ナデシュタがギュンターの指から引き抜いた結婚指輪と酷似しているものばかりだった。
ミュラーはマイゼンハウアーの地へと戻り次第、結界を張る。この指輪無くしては、結界をすり抜けることができないのだ。
ハワードは小袋の中から一つ選ぶと、それを自身の左の指に嵌め、残りは懐へと仕舞った。
「現地で採用した者には退職金を渡し、雇用契約終了を伝えます。元よりマイゼンハウアーの民であり、王都に残らず帰ると決めた者にのみ、この指輪を渡します」
「ああ、あとは任せた」
その後のハワードの動きは迅速だった。
あっという間に撤収のための処理をし、マイゼンハウアーの王都の屋敷の門に鍵をかけ、そして、一族の地へと戻っていった。
逆に、行動が遅かったのがヴァーセヒルダの側だった。
まず、貴族学園でのオスカーの婚約破棄宣言、そのこと自体、国王に伝わるまで数日を要した。
アストレアという侯爵令嬢の殺害を示唆した者が、学内にいると言っても、その真偽を確かめたり、拘束したりということは、学園の職員の仕事ではない。
どうしようと迷った末、憲兵に申し出たが、被害者であるアストレアとその一族の者は既に王都から撤収しており、連絡はつかない。
加害者の側……ジョーやキース、ロルフは、エミリアの裏切りに対し、そして、ミュラーの「手を汚して殺してやるまでもない」「自滅する」という言葉に対し、茫然としたままだった。牢に入れるのも戸惑われ、それぞれの自宅に送られた。そのまま自分の屋敷の自分の部屋に閉じこもりきりだ。ジョー達の家族は、ジョーたちの身に何が起こったのかわからず戸惑うばかり。
オスカーと言えば、勝ち誇って、堂々とエミリアと過ごすようになった。王城の自分の部屋にまでエミリアを連れ込んでは、思いのままに過ごしていた。
だが、それは、短い間のことだけだった。
これらの騒動が、国王の耳に入るのとほぼ時を同じくして、ミュラーからの書状が国王の元へと届き……そして。
マイゼンハウアーの地からヴァーセヒルダの王都へと流れる川の水が干上がっていった。
水無くしては、人は生きていくことはできない。
学園に通い、ミュラーの「王太子殿下の命ある限り、ヴァーセヒルダ王国と関わりを持たないことを、ここに宣言いたしましょう!」という宣言を聞いた、聡い一部の者たちは、川の水が干上がった理由がマイゼンハウアーの怒りによるものだと理解し、さっさとヴァーセヒルダ王国から他国へと逃げだしていった。
だが、大半の者たちは、何が起こったのかわからず、あちらの井戸、こちらの井戸と、水を求めて歩き回るしかなかった……。
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