第一話 物語の始まり
☆コミカライズしていただいた『悪役令嬢は、既に死んでいた。』の中編版です。
☆設定は少々異なります。
「皆、聞いてくれっ 俺様はもう我慢できん! 嫉妬に駆られたアストレアの狼藉……、許しがたいとは思わんか!」
怒りの感情のままに叫ぶオスカー。
「あ、あたしが、悪いの……。アストレア様に階段から突き飛ばされるのも……、熱い紅茶をかけられるのも……教科書を池に放り投げられるのも……」
目を潤ませて呟くエミリア。
「な、何だと! エミリアはアストレアからそんなひどい虐めを受けていたのか!」
「……ええ。昨日も足を引っかけられたの。一昨日は、せっかくオスカー様から頂いた髪飾りをまた取り上げられたわ……。三日前だって……」
「もう我慢しなくていい! アストレアとの婚約は破棄だ!」
演劇や小説の題材として、よくあるような、いわゆる『悪役令嬢』への『婚約破棄』、もしくは『断罪』場面。
だが、しかし。
オスカーとエミリアがそんな『茶番』を繰り広げたとき、『悪役令嬢』役を割り当てられたアストレアは、何者かによって、既に殺されていた。
***
東と西と南と北の四つの湖に囲まれた、その中央に位置する緑豊かな大森林……それが、マイゼンハウアーの一族が有する広大な土地だ。
そこで暮らす民の数は、わずかに三万。
隣接する国々の民の数が五百万を超えていることからすると、一地方の少数部族……と言っても過言ではなかった。
が、それは昔の話だ。
現在のマイゼンハウアーの一族は、一応、ヴァーセヒルダ王国に帰属し、侯爵としての地位を得ている。
ただし、帰属はしていても、従属はしてはいない。
なぜなら、ヴァーセヒルダ王国の繁栄は、マイゼンハウアー一族の支えなくしてはありえなかったからだ。
そう、三百年ほど昔。
ヴァーセヒルダは『国』ではなく、単なる『集落』であった。
マイゼンハウアー一族の有する湖や森がある一帯とは真逆で、ヴァーセヒルダの集落周辺は乾燥地帯。
年間を通じてほとんど雨が降らないが、降るときには大量に降るという極端な気候。
そのため、普段は枯れているのに、大雨のときだけ水が流れる季節河川ができ、その季節河川に一気に雨水が溜まるため、鉄砲水になることも多く、乾燥地帯でありながら、溺死者が出ることもあるほどだった。
大雨がやみ、季節河川も干上がり、枯れた後、その季節河川の底を掘れば、水を入手することも可能だった。
水があれば、集落が発達する。
が、なんとか水が入手できるとはいえ、ヴァーセヒルダでの暮らしは困難だった。
貧しい暮らし。
貴重な水。
ヴァーセヒルダの人々は神に祈った。
「どうか、水を、川を。穏やかな暮らしを」
伝説によると、その願いを聞いたのが、マイゼンハウアーの神とされている。
マイゼンハウアーの豊かな湖から、ヴァーセヒルダまで、季節河川であった川に、通年、水が流れるようになった。
そして、ヴァーセヒルダは集落から街へ、都市へ、王国へ……と、規模と拡大していった。
ヴァーセヒルダ王国という大国となった今でも、ヴァーセヒルダの王は、マイゼンハウアーの神と一族に感謝を捧げて、侯爵という身分をマイゼンハウアーの代々の王に与えて、保護をするようになった……。
……はずであった。
もちろん、そんな感謝など、数百年も経てば、代々の王も、民も、薄れていく。
もうずっと、マイゼンハウアーの有する湖から、ヴァーセヒルダの王都まで、水が豊かな川は流れ続け、そして、地に草や緑も豊かに育っているのだ。
だから、マイゼンハウアーの神からの恵みの川の水……など、現在のヴァーセヒルダの王国民にとっては単なる昔話。神話のようなものとしか、認識されなくなっていた……。
これは、そんな時代の話。