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【番外編】小テスト

 月面ドームのイベントホールに響く、わくわくするようなファンファーレ。

 頭上にはカラフルに飾り付けられた横断幕が、ひらひらと揺れている。


「セレーネッツ月面生ライブ! AIの歴史 を笑って学ぼう!!」


 そのステージにちょこちょこ歩いて登場したのは、まるで鏡写しのようにそっくりな美少女コンビ。

 一人はなぜかアルミホイルの王冠を逆さにかぶり、目をきらきらさせてステージ上をぴょこぴょこ弾むように移動する。

 もう片方は腕を組みながら、ジト目で相棒とその王冠を眺めていた。


 ステージのすぐ下には、子どもたちがたくさん集まっていて、手をバタバタ振りまわしながら大はしゃぎ。


 セレーネ(ボケ役)「みんな元気~!? 月面お笑いコンビ・セレーネッツの“セレーネ”とぉー」

 ユーリ(ツッコミ役)「“ユーリ”でーす」

 セレーネ&ユーリ「二人合わせて ”セレーネッツ” です!」


 わーい。パチパチ。たのしそー。がやがや。おなかすいたー


 ユーリ「……って、あたしの名前、コンビ名に入ってないじゃない!?」

 セレーネ「え? だって私が主役でしょ~? 今日は“AIの歴史”を優しく楽しく解説しちゃうよ!」

「ガーン。あたしって主役じゃなかったんだ……」衝撃を受けているユーリ。


 子どもA「セレーネ先せ~い! 第3世代AIって、どんなの? 早く教えて!」

 子どもB「第1世代と第2世代の違いも気になるよー!」

 子どもC「はんばーぐとはんばーぐすてーきは何が違うの……」


◆ 第1世代AI:話が通じない天才オタク


 セレーネ「みんな知ってる? AIってね、最初に作ったのはね……」


 子どもたち「かいようとしー?」

 子どもC「……こっくさん?」


 ユーリ「そうそう! 海洋都市連合が第1世代AIを作って、独り占めしちゃったの。でもね、大陸でも5年くらい前にAI作れたって噂があるんだって♪」


 セレーネ「さあ、じゃあまずは“第1世代AI”からいくよ! これ、天才ゆえに人間と会話してくれない。おまけに24時間絶賛研究モードなの。ある意味マッドサイエンティスト系AIってことね!」


 ユーリ(科学者役)「す、すみませーん。食料問題解決したいんですけど……」

 セレーネ(第1世代AI役)「ほらよっ! 1秒間で高度な論文5千本執筆したぜ! お前らじゃ証明に千年かかるだろうけどな! そこから読み解け! わはははは!」

 ユーリ(科学者役)「ひぃぃ! 何が書いてあるかわからないし! しかも間違ってそうなのに検証も追いつかない……どうしよう……」


 セレーネは黒板にチョークで、“ぐるぐる数式を吐き出すロボット”と“頭を抱える人間”のイラストをささっと描く。

 セレーネ「ね?」


 子どもA「うわあ。算数きらーい」

 子どもB「宿題こわーい」


 セレーネ「でも活躍もしてるの。食糧難の只中に “フードプリンタ” を発明したのは、この第1世代AIなんだから!」

 ユーリ「人類の滅びる瀬戸際だったから、研究者さんたちは寝る間も惜しんで使えそうな理論をチョイスして実用化したんだよね」

 セレーネ「ただ、その理論の大半は未検証のまま山のように積もっちゃってるの。ゴミなのか宝の山なのか、よく分からないまま」

 ユーリ「ざっと目を通すだけでも何万年もかかるんだとか。頼もしいんだか、困っちゃうんだか」


 子どもA「ひええぇ! それはむりゲーかも~……」

 子どもC「おにぎりとやきとり……」


◆ 第2世代AI:人間を学んだ優等生!! でもひょっとして腹黒?


 セレーネ「そこで登場、“第2世代AI”! 第1世代が残した膨大な研究を『これ、人間に使えそう♪』って上手に取捨選択してくれるの」

 ユーリ「人文科学とか心理学、文化や歴史までもお勉強してくれたの。だから人間の”立場”や”気持ち”でアドバイスもくれるんだ」


 子どもA「わあ、やっと人とお話しできるAIになったんだね! それなら安心~!」

 子どもB「セレーネ先生! どうしてAIが人間のきもちがわかるの?」


 セレーネ「いい質問! 第2世代AIは24時間365日、人間のライフログを観察してるの! トイレで泣いてるOLさんも、公園で迷子になってる子犬も、不倫してる議員さんも全部見て……」

 ユーリ「うそでしょ? え、ってことは、あたしの着替えも!?……あれ? この話ってもしかして国家機密!? あわわわ、秘密警察に消されちゃう。聞いてない! 私何も聞いてなーい!」


 子どもA「えぇー。僕の机に隠してるつうしんぼも、しってるのー?」

 子どもB「こわいよぉ」

 子どもC「ぎょうざとちゃーはん?」


 セレーネ「そう。なんでも知ってるの。そして戦争なんてダメよ~ 争わず、みんな仲良くいきましょうね~……って言いつつ、えいって核ボタンとか押しちゃう系!」

 ユーリ「ゾゾッ……ってそんなわけないでしょ! 実際には人間の平和な生活を守るために頑張ってるのよ? きっと、たぶん……」


◆ 第1.5世代AI:宝かガラクタか、判定困難暴走スピード研究マシン


 セレーネ「ここでちょっと嬉しい困ったちゃん “第1.5世代AI”が誕生しまーす! 第1世代の暴走研究魂をさらに加速しちゃったの」

 ユーリ「どれもめっちゃ魅力的な大理論になった分、証明や実証がとんでもなく難しいから、第2世代AIでもお手上げ」

 セレーネ(突然サングラスをかけ怪しいポーズをとる)「この新理論で人類を救える! ただし検証には太陽系の資源全部必要だから(キリッ)」

 セレーネ「人類は、すごい美味しいにんじんをぶら下げられたお馬さんみたいになっちゃったの」


 子どもB「うえええ、実用になるかどうか見極めるのも大変だね……」

 子どもC「うう……にんじんいや……すきやきとうどん」


 ユーリ「あれ? なんかおなか減ってきた……」


◆ 世界シミュレーター:超高速の別世界


 セレーネ「そこで救世主登場! “世界シミュレーター”! 500立方メートル級の装置の中に仮想の宇宙を丸ごと作っちゃったっていう、トンデモ発明!」

 ユーリ「そこでなら、何万年レベルの実験が一瞬で進むの。これで論文の山を検証できて理想的……と言いたいところだけど、問題は“中で何が起きてるか外からは見えない”ってことなの」

 セレーネ「いわば超遠い星と通信してるみたいな状況。人間が“おはよー”って言ってる間に、シミュレーターの中では数千万年経っちゃったりね。もう訳わかんない!」


 子どもA「じゃあ、どうやっておしゃべりするのー?」

 子どもC「やきにくていしょく?……かつどん?」


 セレーネ「第2世代AIに通訳してもらって 1+1=2 とか 10番目の素数は? みたいな簡単な算数の宿題をやってもらうとこから始めたの。でも第2世代AIが専用の言語形態を作って超高速にやり取りを始めて……人類は完全に置いてけぼり!」

 ユーリ「最後にはやけっぱちで、“人間向けのインターフェース作って”ってお願いしたの。シミュレーター世界で数十億年(シミュ時間)が過ぎると……出てきたのは設計図」

 セレーネ「10cm角の小さな装置だったけど、製造には凄まじいテクノロジーが要求され、苦労の末にやっとこさ開発して、シミュレーターに接続したら……」

 ユーリ「ら……?」

 セレーネ「世界シミュレーター、動かなくなっちゃった」

 子どもC「ら、らーめん? ちゃーしゅーめん?」


 ユーリ「あわわ、なんだかおなかが鳴るよ〜」


◆ 第3世代AI:10cm角に宇宙をパッケージ!? どこへでも瞬間移動!


 セレーネ「ところが実は壊れたんじゃなくてお引越しだったの。シミュレーターが全部その10cm角のインターフェースに吸い込まれて入っちゃった」

 ユーリ「そしてその10cm角のインターフェースっていうか、実際には全部吸い込まれてるから本体なんだけど、を“第3世代AI”って呼ぶことにしたんだね」

 セレーネ「もうあっちこっち瞬間移動するし、電力も要らない。人間くさい性格まで持ってるってウワサ!」


 子どもD「きゃ~! なんか魔法みたい! 10cm角に世界がぎゅうぎゅう詰めって、夢みたい!」

 ユーリ「“いきなり古い家事ロボットに入って動き回る”とか、“自分を人間と言い張って騒ぐAI”とか……いろんな怪奇現象が報告されたみたいね」

 セレーネ「月面開拓船に搭載されてたって説も。アイドルみたいに人気が出て、“ポルターガイスト”とか“魔法使い”とか呼ばれてたりするとか、しないとか……」


 子どもA「あ、あの、セレーネ先生は……その、第3世代AIとか、関係あるの?」

 セレーネ(わざとらしく咳払い)「え、えっと~……それはナイショってことで! さーて、お時間なのでここまで!」

 ユーリ「はーい。とにかくこれでAIの歴史講座は終わりでーす!」


 セレーネ「みんな、最後まで付き合ってくれてありがとう!」

 ユーリ「これでみんなもAIマスター! テストもバッチリだね!」


「わーい!」と可愛らしい歓声が響き、ステージの幕は元気いっぱいの拍手でゆっくりと閉じられていく。


 子どもC「うにどん……いくらどん」


──暗転。


 はっと目を開けた。頬に張り付いた冷たい感触。どうやら教室の机に突っ伏して寝落ちしていたみたい。


「もう、ユーリったら……テスト中に寝落ちするなんてさすが! じゃなかった、あと10分しかないよ? わ、すごいヨダレ」

 ミカの声が耳元で響く。ぼんやりと顔を上げると、隣の席でミカが答案用紙をポンポン叩いている。


 あたしは慌てて袖で涎を拭いながら周囲を見回す。

 教室にはカリカリとペンを走らせるクラスメイトたち。

 セレーネの陽気な歌声も、子どもたちの笑い声も、ステージの照明もない。


「あれ……月面のイベントホールは……?」


 ミカが眼を瞬かせながら、なぜか尊敬の眼差しで見つめてくる。

「AI史のテスト中だよ? ほら、ちゃんと問題見ないと」


「あっ、これってまさにさっき……! なんてラッキーなんだろ!」


 喜び勇んでペンを握ったけど、大事な部分が頭から抜け落ちていることに気づく。

「第1世代AIは……チャキチャキの天才オタク……だっけ? 第2世代は……あれ、チャーハン、ラーメン? ああ、いくら丼……」


 思わず心の中で呼びかけてみる。

 (セレーネ? お願い、教えてよ。さっきまで隣にいたじゃない! )


「ががが……人類の未来を切り開く教育プログラム! 今なら睡眠学習に強力電気ショックオプションがついたお得なプランが笑撃プライス……」


「ああ、そうだった! あんたってば、こんな感じだった!」


 深いため息とともに、ユーリはペンをぎゅっと握りしめる。

 でも結局、“AIの歴史” も ”ごはんの夢” もなにもかもが指のあいだからさらさらとこぼれていってしまうのだった。


「ががが……クーリングオフはありません……」

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