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短編まとめ

ドアマット扱いを黙って受け入れろ?絶対嫌ですけど。

作者: よもぎ

モニカ・フィールドは転生者である。

そして自分がどんな世界に転生したかを理解していた。

乙女ゲームではない。

ドアマットヒロインが最終的に溺愛されるというネット小説の世界に転生したのだ。

なぜそれを覚えているかというと、不幸と幸福の帳尻が合わなすぎると読後にスッキリできなさすぎたからだ。


モニカは十四歳で母を亡くす。

それから半年ほどで父は再婚する。

連れ子のいる女性とである。

その再婚相手と連れ子は、父が多忙となって家を空け始めた頃になって本性を現す。お決まりだが。

母の形見を根こそぎ奪い取り、モニカの装飾品などの高価なものも奪い、貴族令嬢として扱わず下働きの仕事をさせては時折鞭打って悦に入るのだ。

もちろん元々の部屋に住ませてなどくれない。庭にある古びた納屋に押し込まれる。


父が時たま帰宅しても、あの子は機嫌が悪くて…と会わせもしない。

父も強引に確認するかどうかすればいいのにしないし、使用人たちは解雇を恐れて告げ口しない。

モニカが救われるのは、連れ子の婚約相手として呼ばれた青年が手洗いのために席を離れた時である。

その青年はモニカのことを知っていて、モニカが虐げられていることを知るや否や彼女を強引に連れ帰り、事態を解決してくれるのだ。

そこで自分はモニカが好きだったのだと告白し、モニカも仄かな恋心を抱いて――みたいな話である。



しかしモニカはその連れ出されるまでの虐待が凄まじすぎて、スッキリできなかった。

結局継母も連れ子も離婚されて家を出された程度で罰を受けたとかそういう話はなかった。

モニカの体には長年の虐待の跡が残っていると話の中で描写されていたくらいなのに、だ。




なので、モニカは物語を始めないことを選んだ。








「お父様。わたし、お父様が再婚するようなら修道院に入ります」

「え?だが家のことがあるだろう?」

「わたしを何歳だと思ってらっしゃるの?もう十五になりますのよ。

 お母様から家の仕事は学んでおりますし、お母様が倒れてからはわたしが家の仕事をしておりました。

 婿を取るので、婿に外向きの仕事は任せてわたしは家のことをします。

 それが承認できないのであれば修道院に向かいます」



淡々と告げる。

今は母が亡くなって埋葬したその夜である。

モニカは知っている。

この時点で父は、再婚を決めている。

しかし世間体を気にして半年後に家に連れてくることにしているのだ。


なのでモニカの宣言に露骨に動揺している。




「再婚は大抵トラブルがつきもの。

 再婚相手が子供を産めばわたしは火種になります。

 その産まれた子が男児であればなおのこと。

 だからわたしは火種にならぬために修道院に入ると言っているのです」

「しかしだな、モニカ。お前には跡継ぎ教育もあったろう」

「まあお父様。領地もない王宮で働くばかりの貴族家の跡継ぎ教育なんて、数年で熟せますわ」



実際、モニカは家の取り仕切りについてこそ長らく学んだが、跡継ぎとしての教育は八歳の時点で終えている。

領地がある貴族ならばもっと時間が掛かるが、代々王宮に勤めてそれなりのポジションにいくだけの貴族家には多少の社交以外にやることはない。

なので夫人としての仕事も、跡継ぎとしての仕事もモニカはとっくに熟している。

ここで再婚するのは父のワガママに過ぎないのだ。


これはモニカがネット小説を読んだから知っていることだが、再婚相手は元々父の愛人である。騎士爵の家の娘で、実質平民だ。

ということで連れ子も父の子ではあるが、公には私生児とされている。

なので父からすれば母がいなくなったことで不遇の扱いをしてきた愛人と子を家に正式に入れるだけなのだが、そんな事情、モニカは知ったこっちゃないのだ。

だってこれからすさまじい虐待を受けるはずの被害者なので。



「それともお父様はどうしても再婚したい理由がおありなの?

 家のことはわたしが出来ますし、社交とてほんの数か月後にはわたしが参じることになります。

 何一つ問題なく事が進むのに、あえて再婚して家に火種を持ち込む理由があるのなら、お聞かせくださいまし」



モニカが強気に言っているのは、隠居し別居状態の祖父が来ているからである。

寡黙な性質の祖父は作中だと一年後には旅に出て数年戻ってこない。モニカが虐待された後救助されて溺愛されるようになってから帰国するのだ。

祖父は父をじっと睨むように見ている。

息子であるので、やましいことを隠していると察しているのだ。



「それは……その、母親がいないと寂しいかなと」

「他人ですわ」

「え」

「わたしの母は亡くなったお母様ただひとり。

 十五になろうかという年頃で、唐突に家に来る人は他人です」



ばっさりモニカは言って捨てる。

父にとっては愛しい人かもしれないが、モニカにとっては赤の他人である。

しかも愛人からしてみれば憎き正妻の忘れ形見である。

夫の目がなく、また彼女に無関心になっているとあれば、いびり殺すのも辞さない存在だろう。

そんな人間、どうして家に入れたいと思うのか。


ふと疑問に思ったとばかりにモニカは眉をひそめた。



「そもそも再婚相手など、どうして今の段階で話が出るのですか?

 喪も明けていない今、そのような話をしてくる家があったのなら問題でしてよ。

 領地もなく王宮に仕えているだけの家に旨味などございませんもの。

 送り込んだ再婚相手に家を牛耳らせ、わたしを亡き者にして、跡継ぎは己の血筋でとなってもおかしくありませんわ」



実際そうなるんですけど、とは心の中だけでつぶやく。

そこで祖父がふうー……と長いため息を吐き、父を睨んだまま口を開いた。



「モニカでさえそういった危険性に気付いておるのだぞ。

 おまえがヨソで遊ぶことには目を瞑ってきたが、再婚はさせん。

 跡継ぎであるモニカが受け入れる気がない「母親」などいらぬだろうからな」

「ですが父上っ」

「モニカよ、おまえが十五になったら当主はおまえとする。

 これは愛人を長く持ち、おまえの母が亡くなったのをよいことに愛人と子を引き入れんとした。

 一時的に当主権限は私に戻す。

 この家にも戻る。

 おまえには失望した」






祖父のお達しにより、父は再婚が出来なくなった。

その後の話し合いはスムーズに進んだ。

親戚筋を滞在させるための別邸を改修し、モニカが当主となった後は祖父母と父はそちらに住む。

ただし晩餐は定期的に屋敷で囲み、お互いに問題ないかを話し合う。


そして父は王宮へ勤め続けることにはなるけれど、出退勤は祖父の雇った人間により馬車で行われる。

よそに寄るなど以ての外。


手紙も家から出す分には祖母によって検閲が入る。

祖父だけでなく祖母も優しいところはあるが、家のことに関しては厳しい人間である。

なので息子相手でも容赦のない対応をするものと思われる。


給金も管理対象となることになった。

これまでの帳簿を改め、家の維持のための金銭と貯蓄分は確定で確保し、父もモニカも小遣いを決められた額だけもらうことになる。

ドレスや礼服などの社交に関係するものは家のための金銭から出るが、愛人に渡す金など小遣いから出せということだ。

これに父が顔を真っ青にしていたので、恐らくこれまでは愛人にしっかり金銭を使っていたのだろう。


ちなみに父は、既に話を通した後だから困る、とおずおず言ってきた。

しかし祖父は、ならばどの家のどのような娘なのだと聞いた。

そこで素直に隠さず再婚相手の身分を白状したところ、祖父は盛大にため息を吐いた。




「絶対に有り得ん。

 未婚ながら子を産んだふしだらさもそうだが、継ぐ家もないのに働きもせずに家にいる面の皮の厚さも気に入らん。

 そもそも母親代わりをさせるとして、身軽な未亡人でいいだろうに、なぜ子持ちの面倒そうな女などを迎えねばならん。

 しかも既に子がいるのならモニカよりも己の子を優先するだろうのが目に見えている。

 その子を家か孤児院に捨てて嫁いでくるならともかく連れてくるだなどと、絶対に有り得ん」



その場で祖父は当主としてあちらの家に手紙を書き、期待をさせたところ申し訳ないが当主交代により家としての考えが変わった旨を伝え、話を白紙に戻させてもらうことにした。

あちらがどう騒いだところで実際にそのように書状を交わした事実もなければ騎士爵程度が騒いだところで何の脅威にもならない。

万が一にもこの件でどこかがつついてきても、長年王宮に勤めて伝手もコネもある祖父が解決できる。


愛人当人が己の子は父との子であると主張しても、その証明はどうあがいても出来ない。

父は貴族としては平凡な金髪碧眼であり、この色合いは平民にもいないわけではない。

なおかつ顔立ちに特徴があるわけでもないし、物語のように家特有の能力があるだとか受け継がれる独自の技があるだとか、そういったこともない。

そもそも未婚なのに純潔を失い子を産みまでした女性なのだ。その相手が一人だけなのか複数いるのかなど、誰にも分らないし保障も出来ない。




そういったわけで、モニカのドアマットライフは始まらなかった。

王宮勤めは引退している祖父が家の仕事を代理でこなし、祖母に実地で学びながら取り仕切りをモニカが担当する。

同時に、祖父母の伝手で婚約相手を探す。

この家を背負って王宮勤めをするだけの力がある男性を婿に迎える必要があるので、そこらの貴族男性では務まらない。

しかし祖父は自分が働いていた時代の同僚や部下の子や孫から候補を探し出してくれた。


同じ子爵家の、三男坊。

特に何もなければ家に所属しながらも未婚のままで宰相の補佐官の一人として生きることになっていた彼は、何度か顔合わせをしたうえでモニカの婿となることが決まった。

宰相の補佐官ということで生真面目ではあるけれど私人としては温和で人当たりが柔らかく、それでいて締めるところは締められる人である。

モニカとしても物語に関係ない上に何度も話をした際の態度で信頼がおけそうだと思ったので問題ない。

原作で溺愛してきた男は今を何をしているのやらで特に干渉してくる様子もないし、モニカはモニカで文字情報でしか彼のことを記憶していない――要するに思い出の蓋が閉じられっぱなしなので未練の類もない。




ちなみにその後、再婚相手となるはずだった愛人と連れ子は遠く遠くの町に放逐されたと聞いた。

生活基盤となるだけはあるが、王都まで戻ってくるには到底足りない金銭と、平民にはふさわしい衣服数枚だけを持たされて放り出されたとか。

家を借りて仕事を探し、しっかり働けば生きていける土地だったことは温情に違いない。


父が彼女らに金を渡そうにも、遠方へ送金する方法は限られている。

限られている上に手数料がそれなりにかかるし、父が今まで与えてきたような金額からはずいぶん下がった金額しか渡せない。


他国へ追放にならなかったのはひとえに祖父の温情である。

その気になれば遠い異国の田舎の修道院に預けさせることもできたし、色好みのゲスな商人の後妻か愛人として母子まとめて売り飛ばさせることだってできた。

それを市井への追放で終わらせたのは、父に振り回された被害者でもあるという考えあってのことである。

しかしモニカを逆恨みしないとも限らないので遠く離れた地が選ばれた、と、そういう話なのだ。




モニカは今後も不幸を避けようと頑張るだろう。

物語には強制力だとかいう理不尽な理も存在しがちである。

何かあって愛人親子が返り咲きに来る可能性だって全然ある。

祖父母が亡くなった後に父が増長する可能性だってある。

しかしそれらはモニカの頑張り次第で解決する話なのだ。


これからもモニカは油断せずに生きるだろう。

だが気を抜かずに生きるのは普通の世界でも同じこと。

ほどほどに生きる幸福を味わいながら、破滅フラグを立てないように生きていく。

そう覚悟を決めた彼女はきっと知らぬ苦境さえ乗り越えていけるに違いなかった。




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