3 港の眼差し
海斗の声に含まれるフラストレーションに愛莉は気づいた。「昨夜はどこにおられましたか、海斗?」
海斗の表情は暗くなった。「俺は船に乗って、釣りをしていた。一人だ。そう聞こえるだろうが、真実だ。今朝帰ってきて、ニュースを聞いたんだ」
「アリバイは確認する必要がある」と優斗は断固とした口調で言った。
海斗はうなずいた。「わかっている。港長に確認してもらえ。俺が出港した時間と帰港した時間を教えてくれるだろう」
愛莉は立ち上がり、インタビューの終了を知らせた。「ありがとうございました、海斗。何か質問があれば、連絡します」
海斗の家を出ると、愛莉は優斗に言った。「港を捜索する必要がある。もしカメラがあれば、手がかりになるかもしれない」
中村 愛莉の顔に、冷酷な風が吹きつけた。潮のしぶきが彼女の頬に痛く当たった。通常は漁師や彼らの船で賑わう港は、不気味な静けさに包まれていた。まるで第二の皮膚のように水城にしがみつく、濃い霧に覆われていた。それは、山田 恵子の人生を飲み込み、答えのない質問と壊れた人生の跡を残したのと同じ霧だった。
「チャーリーと話さなければならない」と愛莉は言った。「港長だ。彼は恵子がこの辺りをうろついているのを見かけたかもしれない」
「いい考えだ」と優斗は同意した。「チャーリーの事務所はあそこだ。行こう」
愛莉と優斗はチャーリーの事務所に近づいた。それは、魚と塩の匂いがかすかに漂う、小さな、風化した建物だった。愛莉はノックすると、荒々しい声が「どうぞ」と応えた。
チャーリーは、何年も航海をしてきたことで風化した顔をした男だった。彼は書類の山から顔を上げ、「中村 愛莉刑事、マーク・優斗警部補」と彼は少し目を細めて言った。「どうしたんだね?」
「山田 恵子の死を捜査しています」と愛莉は断固とした口調で言った。「彼女はよくこの港を訪れていたと聞いています。彼女が誰かと話しているのを見かけたことがありますか?」
チャーリーの表情は沈んだ。「山田夫人のお話を聞いて、残念です。ええ、最近数回見かけました。彼女はいつも一人でいましたが、一度だけ男と話しているのを見ました。数日前、あの辺りで」と彼は事務所から約50メートル離れた場所を指差した。
「その男が誰かわかりますか?」愛莉は鋭い視線で尋ねた。
チャーリーは頭を振った。「霧が濃くて、書類に忙しかったんだ。よく見えなかった。申し訳ない」
愛莉はうなずき、彼の限界を理解した。「山本 海斗は、昨夜釣りに出かけていたと言っています。彼の船の出航と帰港の記録はありますか?」
チャーリーは古びた帳簿を取り出した。「見てみよう…ええ、海斗の船は昨夜6時に出航し、今朝5時に帰港しています」
「彼が帰ってきた時、見ましたか?」愛莉は尋ねた。
「ええ、見ました」とチャーリーは確認した。「いつものように、一人でした」
「お時間をいただきありがとうございます、チャーリー」と愛莉は言った。「大変参考になります」
愛莉と優斗は、恵子が知られていない男と話していた場所へ向かった。霧は濃くなり、幽霊のような姿のように彼らの周りを渦巻いていた。
「本当にそれでいいのか、ハーパー?」と、背後からかすれた声がした。渦巻く霧の中で、静かな落ち着きを保つ姿のマーク・優斗警部補が、コートのポケットに手を突っ込み、霧に覆われた水を見つめていた。
「試す価値はある、優斗」と愛莉は断固とした声で答えた。「海斗は、恵子がここで監視されていると感じていたと言っていた。カメラは、彼女の脅迫者を見つける鍵になるかもしれない」
「ただの赤いニシンかもしれない」と優斗は反論した。彼の声は懐疑の色を帯びていた。「海斗は、特にパブで何杯か飲んだ後なら、頭がはっきりしているとはいえないだろう」
愛莉はため息をつき、彼の疑いを理解した。海斗は苦悩を抱えた魂だった。恵子への悲しみは、真実を見極めるのが難しいほどの苦味を帯びていた。「わかっているわ」と彼女は言った。彼女の言葉は柔らかくなった。「でも、あらゆる可能性を排除する必要があるの」
彼女は桟橋を丹念に調べていき、隅々まで目を凝らし、あらゆる表面をスキャンし、いつもの雑然とした中に何かしらのずれがないか探した。何時間も過ぎた。霧はしつこく港にしがみつき、風は彼女の顔に容赦なく吹き付けていた。暗闇が訪れ、桟橋に長い影を落とすにつれ、愛莉は苛立ちを感じ始めた。
「何もないわ、優斗」と彼女は疲れた声で認めた。「カメラも、何か異常な兆候も」
その時、かすかな光のちらつきが彼女の目に留まった。彼女は光の方向に振り返り、心臓が突如沸き立った希望によって高鳴った。風化した木製の箱の下、漁網の山の中に、小さく目立たないカメラが隠されていた。レンズには埃の層がかかっていた。周囲の雑然とした中に紛れ込み、ほとんど目立たなかったが、その存在は否定できないものだった。
「見つけたわ」と彼女は興奮した、かすれた声で呟いた。
優斗は急いで彼女のそばに駆け寄った。彼の懐疑心は一瞬で消え去った。「何だ、ハーパー、君が正しい。カメラだ」
愛莉は慎重にその装置を拾い上げた。金属製のケースは冷たく感じられた。彼女はそれを注意深く調べ、指でその隆起と溝をなぞった。目立ったブランド名も、所有者の痕跡もなかった。それは、周囲に溶け込むように設計された、一見ありふれた市販品だった。
「何も接続されていない」と優斗は彼女の肩越しに覗き込みながら言った。「単独のユニットだ。何か記録されているか確認するために、分析する必要がある」
愛莉はうなずき、頭の中はすでに考えでいっぱいだった。そのカメラは小さく目立たないものであったが、秘密の世界、山田 恵子が必死に隠そうとしていた世界の鍵を握っていた。
彼らは慎重にカメラを梱包し、警察署に戻った。霧が彼らの周りを渦巻いていて、彼らの足音は湿った石畳によって消されていた。愛莉は、彼らが想像していたよりも深い陰謀の表面をほんの少しだけ削り始めただけだという感覚を払拭することができなかった。そのカメラは手がかりであり、パズルを解くための小さくも重要なピースだった。それは、彼らを真実、そして究極的には、山田 恵子の人生を奪った殺人者に近づけることができるものだった。
警察署に戻ると、愛莉はカメラを技術チームに渡した。彼らはすぐに、映像を抽出する作業に取りかかった。彼らは待ちながら、愛莉の心はさまざまな可能性で駆け巡っていた。誰がそんなにも恵子をスパイしようと努力するのか?そして、なぜ?
カメラは分析され、メモリーカードには何時間も続く映像が記録されていた。港の行き来の様子が映し出されていたが、殺人者や脅迫の計画に関する証拠はなかった。しかし、その映像は、山田 恵子の生活、彼女の日常、彼女の動き、彼女の人間関係を垣間見ることができた。愛莉は執拗に映像を研究し、真実へと導く手がかり、異常、つながりを探した。
永遠のように思えた時間の後、技術チームが愛莉と優斗を呼び寄せた。「何か見つかりました」と、技術者の一人が言った。彼は大きなスクリーンに映像を映し出した。
粒子の粗い映像には、恵子が過去数週間、何度も港を訪れている様子が映し出されていた。彼女は毎回、神経質そうに見え、まるで監視されていると感じているかのように、振り返っていた。そして、最後の数回の録画の中で、影のような人物が現れた。その人物は背が高く、上品な服装をし、目的を持って動いていた。顔は霧とカメラの角度によって隠されていたが、愛莉は興奮を感じた。
「映像を拡大できますか?」と彼女は尋ねた。
技術者はうなずき、映像に魔法をかけた。拡大された画像には、人物の顔の一部、特徴的な特徴がわかる程度にしか映っていなかった。
愛莉の心臓が高鳴った。「脅迫者が見つかったわ」と彼女は言った。「あとは、彼を特定するだけ」
画像はぼやけていたが、愛莉は背筋に寒さを感じた。彼女は、その人物の体格、歩き方、さらには横顔の少しの角度さえも認識していた。それは、水城で力と影響力を持つ人物、ドノヴァンだった。愛莉はドノバンの洗練された公的なイメージと、最近、開発のために沿岸の土地を取得しようとしたことを思い出した。