17 道を探す
厳しい嵐の名残りが漂う中、愛莉と優斗は海風にあおられながら立っていた。潮の香りと、去り際の暴風雨の匂いが混ざり合う空気が鼻をつく。
切り立った崖っぷちに立つ二人は、一切の秘密を明かさない岩肌を見つめていた。
冷たい入り江に飛び込んだ時の寒さで体がまだ震える愛莉は、苛立ちを覚えた。崖を登るのは過酷で危険だった上に、結局のところ何の手がかりも見つからなかった。作戦を変えなければならない。
「無理だ」
優斗は苛立ちを滲ませた声で言った。
「崖は切り立っているし、夜間に素手で登れる人間なんていない」
彼はそびえ立つ岩肌を凝視し、隠れた道筋や動き跡、海斗がどのようにして恵子の家に辿り着いたのかを説明できるようなものを必死に探した。
「方法はあるはずよ、優斗」
愛莉は決意に満ちた声で言った。
「海斗はあの夜、恵子の家にたどり着いた。素手であの崖を登れたわけじゃない。誰かが彼のために梯子をかけてやったに違いない」
優斗は諦めとも取れるため息をついた。
「そんなのはありえない、愛莉。他に誰かがいたという証拠は何もない。入り江は隅々まで調べたし、時間的にも辻褄が合わない。海斗は崖の上まで登り、恵子の家に行って殺人を行い、数時間で戻ってくるなんて不可能だ」
「でも、実際に起きたんだよ、優斗」
愛莉は反論した。
「写真が証拠でしょ。諦めずに、もっと調べる必要がある」
「他に方法があるはずだ」
優斗は、風に消されそうな声で呟いた。
「秘密の道筋か、崖を下りられる方法を知っている人物が…。」
「…隠し通路はどうでしょう?」
愛莉は少し懐疑的な声で言った。
「山田邸は古い。隠されたトンネルや、海に通じる忘れ去られた通路があるかもしれない」
二人は山田邸の方へ視線を戻した。入り江の上にそびえ立つ、威圧的な建物だ。
「もう一度蓮と話をする必要があるわ」
愛莉は決意を固めた声で言った。
「もしかしたら、彼女は秘密の道か、浜辺に下りる方法を知っているかもしれない」
山田邸の反対側にある、ひっそりとした住宅街に蓮の家があった。
ラベンダーと焼きたてパンの香りが漂う空気は、荒々しくも美しい崖っぷちとは対照的な穏やかさを醸し出していた。
疲弊と憤りが入り混じった様子が刻まれた表情で、蓮は二人を緊張した笑顔で出迎えた。
「中村警部、優斗警官。何事でしょうか?」
「田中 さん」
愛莉は穏やかで落ち着いた声で言った。
「私たちは恵子殺しの捜査をしているのですが、邸宅から浜辺に繋がる隠し通路、誰にも気づかれずに屋敷に入れるような道はないでしょうか?」
蓮は目を細め、床を見つめた。
「そんな通路は知りませんよ、警部さん。私は山田家 decades 働いていますが、そのようなものは見たことがありません」
「本当にですか、田中 さん?」
愛莉は食い下がった。
「恵子はプライバシーを大切にする方でした。誰にも気づかれずに外に出られるような、秘密の道を持っていたかもしれません」
蓮は低い声で答えた。
「分からない、警部さん。浩さんが知っていたかもしれないけど、私は見たことがない。私はただのハウスキーパーですからね。屋敷は秘密だらけでしたが、それは私の知るべき事ではなかった」
愛莉は、蓮が何かを隠している、彼女が話していること以上に真実があると感じた。しかし、真実へ繋がる糸口を掴むことを願って、質問を続けた。
「優斗が尋ねますが、邸内でクライミング用品やロープのようなものを見たことはありますか?」
優斗は、蓮が何かを隠していないか、彼女の青い目を凝視しながら尋ねた。
蓮は首を横に振った。
「いいえ、一度もありません。恵子は常に家の中を綺麗で整頓された状態に保っていました。そういった物で散らかすようなことは許さなかったでしょう」
「田中 さん」
愛莉は優しい声で、じっと蓮を見つめた。
「海斗・ブルックスについて教えてください。恵子との関係はどのようなものだったのでしょうか?」
蓮の顔色が固くなった。
「あの人」
彼女はきつい声で言った。
「女にたかる、恥知らずな男です。恵子からお金を借りては、一度も返さない。浩さんが亡くなった後、いつも恵子の生活に入り込もうとしていました。もちろん、お金目当てですよ」
「彼は本当に返済しなかったのですか?」愛莉が尋ねた。
「ええ、しませんでした。いつも『もう少し時間くれれば返す』と言っていましたが、ギャンブルに夢中で、一攫千金ばかり狙っていました。借金をする気なんて最初からなかったのでしょう」
蓮は嫌悪感を滲ませながら言った。
「彼は恵子を傷つけるようなこともできたと思いますか?」
愛莉は尋ねた。
「できると思いますか?」
蓮は鼻で笑った。
「あの人は自分の母親からだって盗みますよ。目的のためなら死体の上だって平気で歩きます」
愛莉と優斗は視線を交わした。蓮の海斗に対する説明は、巧妙に人を操り、弱い女性を食い物にするヒルのような男の姿をより鮮明にした。
海斗の借金、金銭欲、そして殺人。愛莉の頭の中は様々な疑問が駆け巡っていた。
彼らは、苛立ちと疑惑が入り混じった気持ちを抱きながら、蓮の家を後にした。
海斗の人物像や恵子との関係については新たな情報を得たが、海斗がなぜあの夜、恵子の家に辿り着けたのかという謎は解明されなかった。
海斗の家に再び戻ってきた愛莉と優斗は、クライミング用品の痕跡を探すため、部屋中をくまなく調べ上げた。
漁具一式、ボロボロになった地図、そして未完成のまま放置された様々なプロジェクト。海斗の定職を持たない生活スタイルを物語る品々が乱雑に置かれていた。
しかし、彼らの探していたクライミングギア、ロープ、ハーネス、そして崖近くにいた痕跡は見つからない。
愛莉は苛立ちを覚えた。海斗のアパートは謎を解くための手掛かりを何一つ提供してくれなかったのだ。
「もう一度、崖を捜索する必要があるわ、優斗」
愛莉は、かすかな声で言った。
「クライミング用品の痕跡を見つけないと、海斗がどうやって恵子の家に辿り着いたのか分からない」
昨夜の危険な崖登りの光景が、絶え間ない危険と真実を追う執念を思い出させた。
威圧感と難攻不落さを感じさせる崖は、これまで以上に厳しい挑戦のように彼らを見下ろしていた。
「愛莉」
優斗は心配そうな声で言った。
「これは複雑で危険な任務だ。慎重に行動する必要がある。不必要な危険は冒したくない」
愛莉は、彼の懸念を理解して頷いたが、決意は揺るがなかった。
「分かっているわ、優斗。でも、どうやって彼は屋敷に入ったのか、理解しなければならない。何らかの方法があるはずよ。秘密の通路もなければ、海から侵入したわけでもないのなら、あの崖を登ったに違いない」
「昨日の捜索を手伝ってくれたクライマーたちに、再び崖の調査を手伝ってもらおう。彼らなら安全に捜索ができる」
優斗が言った。
「それは良い考えね」
愛莉は、安堵の気持ちが混じった声で言った。
「安全を第一に、全員で無事に帰ってくることが大切だわ、優斗」
次の行動を計画していた愛莉と優斗のもとへ、山田 太郎 が怒りと苛立ちをにじませた顔で警察署に飛び込んできた。彼は愛莉に近づくと、恨めしそうな目でにらみつけた。
「中村警部」
太郎は憤慨した声で言った。
「ドノバンの連中は相変わらず土地開発を進めているし、500万ドルの支払いも拒否し続けています!」
愛莉は怒りで胸が熱くなった。ドノバンの貪欲、裏切り、そして巧妙な騙しは、まるで荒れ狂う海のように執拗だった。
「支払いを約束していたはずなのに、彼はそれを破っている。何とかしてほしいんです」
太郎は苛立ちを露わにした。
ドノバンの欺瞞、約束を守らない態度は、彼の狡猾さと冷酷さを露呈しているように見えた。
「分かっているわ、太郎」
愛莉は心配そうな声で言った。
「私も動いている。契約に関する情報を集めているところなの」
愛莉は、ドノバンが単なる約束不履行ではなく、太郎への支払いを拒否する何らかの動機を抱いていることを知っていた。それは、次第に明らかになりつつある恵子殺害事件の陰謀と関係しているのではないかと疑っていた。
愛莉と優斗は、謎を解明していく過程で、力を惜しまず人々を食い物にする強敵に立ち向かっていることを自覚していた。ドノバンは野望のために手段を選ばない脅威だった。
真相は、大海のように神秘的で予測がつかない力であり、その中には隠された潮流と危険な潮流が渦巻いている。愛莉は、どんな嵐が待っていようとも、殺人犯を裁くために、その真相を見つけ出すことを決意していた。