対立を生み出す「対立屋」は今日も儲かる
「ご安心下さい。一ヶ月以内に対立を激化させてみせましょう」
「よろしくお願いします」
グレーのスーツを着た壮年の男はソファから立ち上がり、部屋を出ていく。
彼が何者かというと、ある事務機器メーカーの常務で、私の依頼人だ。
何を依頼しにきたのかというと、彼の会社の“副社長派”と“専務派”の対立を激化させること。
彼は次期社長の椅子を狙っているのだが、彼には目の上のタンコブが二つもある。
副社長と専務。この二人をどうにかしなければ、彼の社長就任はあり得ない。
そこで彼が思いついたのは漁夫の利作戦。
二つの派閥の対立を激化させ、社内で内部闘争を繰り広げさせ、両派閥を疲弊させる。
その隙に彼が現社長に取り入り、点数を稼ごうというのだ。
どうやって対立させるのかというと方法は色々ある。
副社長派の人間が専務派を侮辱したと伝え怒りを煽るとか、専務派の重要人物が副社長派に寝返ったと嘘情報を流し混乱させるとか。
一ヶ月もすれば二つの派閥は醜く争うことになるだろう。
そうすれば社長は両派閥を煙たがり、先ほどの常務が次期社長レースに食い込む余地が生まれる。
自信はある。なぜなら私はこういうことのプロであり、今までに一度も失敗したことはないからだ。
さて、今度は私が何者かを説明せねばなるまい。
私は対立屋。ある特定の人物同士、あるいは勢力同士を対立させるのが仕事だ。
対立はさまざまな利益を生む。
だから「あいつとあいつを対立させて欲しい」と望む者は多い。
私はそんな依頼人の需要に応え、これまで多種多様な対立を生み出してきた。
今までにやった仕事の一部を紹介させていただこう。
例えば、いじめの被害者からの依頼で、彼をいじめていた不良同士を対立させたことがある。まんまと私に対立を煽られた二人は武器を持ち出しての決闘をし、一人は死亡、もう一方も重度の後遺症を負った上、その後の人生を棒に振った。
あるカップルを対立させ、別れさせたこともあった。依頼人はカップルの男の方に恋をしていた女性だ。その後、彼女の恋が実ったかどうかまでは分からない。
スーパーマーケットにおける従業員同士の対立を煽ったこともある。いわゆるギスギス状態になった従業員たちは勤務態度や接客態度が著しく悪くなり、そのスーパーの売上は大きく落ちた。近くにあったライバル店が得をしたというのは言うまでもない。
他にも、今ネット上でこんな対立があるのはご存じだろうか。
ある有名ファストフード店は『竜バーガー』と『虎バーガー』という二種類のハンバーガーを二枚看板としている。
簡単に説明すると、竜バーガーは火を噴くドラゴンを表したいのか辛めでジューシィ。虎バーガーは虎の黄色い毛皮をモデルとしているのかマスタードが多く使われ濃厚な味。どちらも食べたが、私としては“虎”の方が好みではあった。
この二つのハンバーガーのどちらが美味いかという議論が紛糾しているのである。
ネット上ではこんな口論を見ることができる。
『絶対竜バーガーのが美味い。虎バーガーは一回食ったけどマズかった』
『虎バーガーの美味さが分からない奴は味オンチ。舌がイカれてる』
『今日竜バーガー10個買ったわ。虎なんか一つも買ってない』
『虎バーガーの方が売り上げあるって公式が言ってるんだよね』
下らない争いだが、本人たちは本気だ。
ハンバーガー愛がそうさせているというより、ハンバーガーという武器でいかに相手を叩きのめせるか競っているのだろう。
ようするに彼らは“敵と戦って勝つ”という快感を得るために、今回たまたまハンバーガーをテーマにしているに過ぎない。
もちろん、これも私の仕業。ネット上のあちこちでどちらかのハンバーガーを過剰に褒めたり、あるいは貶したりという工作を繰り返し、対立を煽った。
“戦って勝ちたい”という欲求を持つネットの住民たちは、私が撒いた火種をみるみる大きくしてくれた。今や炎は私でもどうにもならないほど大きくなっている。
『竜虎バーガー戦争』なんて言葉が流行語大賞にノミネートされるほどだ。
ちなみにこの対立が生まれてから、二つのハンバーガーの売上は大きく伸びた。
ここまで言えば私に依頼をしにきた人間がどういう立場の者か分かるはずだ。
それと、あまり大きな声では言えないが、私は海外でも仕事をしたことがある。
ある勢力とある勢力の対立を煽ったのだ。
その二つの勢力はぶつかり合い、血で血を洗う紛争を起こし、たくさんの武器が売れた。
私にはるばる依頼をしにきた武器商人はウハウハだったに違いない。
このように私は数多くの対立を生み出し、儲け続けてきた。
この仕事をしていると、まるで自分が神にでもなったような気持ちになれる。
人間とは争わないと気が済まない生き物なのだな、と思い知らされる。
この世に人がある限り、私は必要とされ、そして対立を生み続けていくだろう。
いや、人間に限らないかもしれないな。動物だって争いは起こすのだ。縄張り争いなんかがその典型例だ。例えば人に迷惑をかけるクマやイノシシなどの害獣。害獣同士を対立させ、争わせ、駆除する方法なんてのを編み出せれば、さらに商売の幅が広がるかもしれない。検討してみる余地はありそうだ。
ここまで聞いて、もしかしたらあなたは私に依頼したいと思ったかもしれない。
だが、この商売は堂々と看板を掲げることなどできないので、私は表向きには別の仕事をしていることになっている。
もしあなたが私に何かを依頼したいとして、私までたどり着くのはかなり苦労するはずだ。
しかし、あなたが本当に「あれとあれを対立させたい」と思っているのならば、きっと私までたどり着けるだろう。
もし、お会いすることができたなら、その時はじっくりとあなたの話を聞かせて欲しい。
見合った報酬を頂ければ、私はどんな対立だって生み出してみせる自信がある。
さて、こんな私にももちろん仕事上の悩みというものはある。
どうやって対象同士を対立させるかというのもその一つだが、どんなビジネスにも商売敵というものはつきものである。
私にも対立屋としての同業者――ライバルが存在する。
今日も“あいつ”と会う機会があった。
「こないだのタレントの暴力事件、お前が対立を煽ったんだろ? 奴は引退を免れないだろうし、依頼者も想像つくぜ」
「さぁな……」
「だが、お前のやり方はスマートじゃねえな。俺ならもっと上手くやれる」
「そういうことはやってから言うものだ」
“あいつ”は私の仕事に苦言を呈する。私は内心苛立ちつつ、なるべく丁寧に応じる。
全く不愉快な男だ。
仕事を邪魔されてもかなわないし、いずれ“あいつ”のことは徹底的に潰す必要があるだろう。
となれば、今のうちから準備が必要だ。
“あいつ”を社会的に、あるいは物理的に消去する方法を考えなくては。
だが、ここでふと頭をよぎる。
今こうして、“あいつ”をどうやって潰すか考えている私も、もしかするとさらに別の対立屋から知らず知らずのうちに操られているのではないかと……。
完
お読み下さいましてありがとうございました。