病気
「先生! トンカツを食べたい、食べたいのですー!」
「だから何度でも言いますが、病気なんですよ。
豚になりたいんですか?
肉が食べたいなら鶏肉のササミや胸肉で作った、唐揚げやトリカツで我慢しなさい。
トンカツなんて食べたら私はもう貴方を治療しませんからね」
屋敷に帰り妻や使用人にトンカツが食べたいと訴える。
「トンカツですって? 駄目に決まっているでしょう!」
「そうですよ、そのような物をお出ししたら私が奥様に殺されます」
「この際だからハッキリ言っておきますね。
そんな物を食べたら離婚しますよ、離婚! 分かリましたか?」
「分かりました…………」
重度の糖尿病が発覚してから糖質や脂質を制限され、カロリー制限があるからとあれも駄目これも駄目と、妻も使用人も私が食べたいと言う料理を1つも食卓に出してくれない。
駄目だと言われると逆に無性に食べたくなるのが人のサガ。
だから自分で作る事にした。
勤めていた大企業の社長の1人娘だった妻に一目惚れされ、結婚するまで1人暮らしだった私はそれなりに料理が出来る。
それにあんなに私に惚れて結婚してくれないのなら自殺するーと騒ぎ、社長直々に頼まれて結婚した私と簡単に離婚なんて出来る訳が無い。
肝心の豚肉は屋敷に出入りしている食料品店の店主に頼んで手に入れた。
食料品店の店主には「絶対に肉の出処が分からないようにしてくださいよ。バレたら私がヤバいんで」って言われ、口止めされたけどそれは私も同じ。
学生時代に使っていたキャンプ道具を納戸から引張り出し、決行日を待つ。
妻が高校のクラス会に行く日を決行日と定めている。
決行日、妻が出かけたあと使用人に私も取引先の人たちと会食するから夕食はいらないと告げ、会食に出かける振りをして屋敷の裏にあるうちが所有している里山の奥に出かけた。
里山の奥にある小川の傍に、食べ終えたあと匂いを消す為の風呂を拵えてから料理を始める。
用意してある厚切りの豚ロース肉を少し叩き少量の塩コショウを振りかけ、塩コショウした肉に小麦粉、溶き卵、パン粉を付けた。
それから180度に熱した油でキツネ色になるまで揚げる。
皿にトンカツを置きニンニク入りソースを掛けて出来上がり。
ニンニクは油の匂いを誤魔化す為にちょっと多すぎたかなと思える程入れてあった。
久々ぶりの豚肉を堪能し用意した肉が瞬く間になくなる。
ああ……美味しかった。
食後の余韻にもっと浸かっていたかったけど、早く帰らないと妻や使用人に疑われる。
使用したフライパンや皿などは後日片付ける事にしようと、掘って置いた穴の中に放り込み埋めた。
それから風呂に浸かり歯磨きを何度も行い匂いを消す。
最後にコロンを身体に振りかけてから帰宅の途に付いた。
「キャアァァァーー!」
翌朝、私は私を起こしに来た使用人の悲鳴で目を覚ます。
悲鳴で妻を含む屋敷中の人たちが私の寝室に集まり、医者が呼ばれた。
「だから言ったでしょう! 病気なんだから食べては駄目だと」
それから妻の方を向き医者は言葉を続ける。
「これは私の手には負えません、獣医を呼んでください」
そう言うと医者は帰って行った。
帰って行く医者を見送った妻が私を見下ろして言う。
「あれほど駄目だと言ったのに食べたのね。
貴方とはもう一緒に生活できないわ、離婚しましょう。
でも可哀想だからペットとして家畜小屋で飼ってあげるわね」
「ブー」
哺乳類の肉を食べると、食べた動物に変身してしまう病気が流行っているとは聞いた事がある。
でもそんなの都市伝説の類だと思ってたんだけど、本当の事だったらしい。
豚になった私は使用人に家畜小屋に連れて行かれた。
「ブー」