リル
残酷な描写があります。
苦手なかた、申し訳ございません。
「兄上!」
微かだか、弟の声が聞こえたと、リルは思ったが、振り向かなかった。
軍師ヴァルも、気がついただろう。
だが、リルに続く隊列が、ヴァルの視界を防いでいる。
リルは、前を見据えたまま、後ろに注意を払っていた。
後ろで、何も騒ぎがないということは、テオグラードに付いている軍師が止めたか。
確か、名はキリウェルと言ったはず。
下級貴族の出だったな。
不本意だろうが、ヴァルによって、危機感を常に心がけるようになったようだ。
ヴァルが、馬を寄せてくる。
「何か、おもしろいことでもありましたかな?」
後ろにいるというのに、見透かされたか。
リルは、ヴァルから、いつでも無表情でいるよう言われている。
相手に、何も悟られるなと。
リルは、しばらく無視したが、根負けした。
「なんだ。」
「敵陣を撃破しましたので、残党を狩るため、炙り出しをさせていただきたい。」
そうきたか。
残党狩りと称して、弟達を狩るか。
「分かった。やれ。」
「はっ!直ちに。」
ヴァルは、馬を後方に向けようとしたが、リルの言葉が止めた。
「ただし、我が民のものを間違っても狩るなよ。我が民を殺したものは、死罪にしろ!」
「……承知いたしました。」
これで、大がかりに弟達を狩ることはできないだろうが。
傭兵上がりの我が軍のものを、弟達は撒けるだろうか。
リルは、弟にそれほど愛情を持っているとは思っていなかった。
しかし、命を助けようとしたのは、今回で二回目。
さすがに、ヴァルも腹を立てていることだろう。
腹違いで、一緒に暮らしてもいなかった。
ただ、しつこく遊びに来る弟の笑顔を思い出す。
何の苦労もなく、危機感すらない。
兄弟という、ただそれだけの愛情。
リルは、邪険にしながらも、慕われることに心地よさを感じていた。
リルは、物心が付く頃に、ヴァルの教育が始まった。
上に立つための教育と軍を率いるための教育。ヴァルの教育は、容赦ないものだった。
特に、剣とケンカまがいの格闘は、コッツウォート出の兵達から、非難が多く上がった。
リメルナからの傭兵達も、まだ子供なのに、厳し過ぎるだろうと言い出す者がいたぐらいだ。
しかし、リルの頑固さと上達ぶりが、兵達を黙らせた。
いつも、ぼろぼろになるまで、戦っていた。
最初こそ、倒れこんだリルに、手を貸そうとする者の手を払っていたが、いつしか差しのべられる手を取り、兵達の戦い方の話にも、耳を傾けるようになった。
自分の今を理解し、考え、学ぶ、これは、リルの優れたところであった。
もう1つ、優れたところがあった。
母親譲りの気遣いだった。
リルは無表情でいるため、一見して冷たい印象を受けるが、兵達や領民の訴えをよく聞き、早期に問題を解決していた。
そのことが、若き領主の信頼を得ていた。
リルの修練が厳しければ厳しいほど、兵達からの信仰にも似た忠誠心が高まり、兵達の一体感が沸き起こっていた。
剣術でヴァルと相対し、勝った時など、兵達の中には、涙ぐむ者さえいたほどだ。
兵達の多くは、屋敷に帰り自分の妻や子に、または酒場で仲間達と我が主を称えた。
若き領主が誕生し、今、若き国王が誕生しようとしていた。
当の本人であるリルは、ヴァルに勝った時、勝った手応えを感じなかった。
策略。
嫌な気持ちになったが、生まれる前から始まっていた、この策略には、自分はすでに乗っていて、降りることはかなわない。
後は、自分の決意のみだった。
この予想は、はるかに越えた敵襲に、急かされている。
すべての決断を。
リルは、思案する。
弟が、生きていたことを喜ぶべきか、悲しむべきか。
リルは、考えることが多すぎた。