6月①
間宮千歌。不思議な、元気な、活発な、美麗な、ミステリアスな、そしてどこか儚げな少女。
普通なら僕みたいな陰キャとは交わることのない美少女との交流は、僕を少しずつ変えていった。
なぜ僕を家に招いたのか。千歌の本当の目的はなんだろうと反芻してみる。勉強を教わることが目的の主ではないだろう。しかも男子高校生を家に上げるとなるとそう簡単な決断ではない。と思う…
そんなことを考えながら自転車を漕いでいたら、亀裂の入った地面に気づかず転んでしまい、肩を怪我してしまった。
「美女の家に上がるのと引き替え…か」
一応病院に行った所幸い骨折や脱臼などはしていなかった。湿布だけ貰って帰ろう…
「…千歌さん?」
その時、千歌の姿が見えたような気がした。母親らしき人とともに病院から出ていく少女が彼女に似ていた気がした。僕は後を追いかけようとした。しかし、
「及川奏多様、受付までお願いします」
と会計に呼ばれてしまった。
「まあ見間違えかな。あんなに髪短くないし」
そう納得して僕は受付に向かった。
千歌といえばその長い黒髪とキラキラした目が特徴的だ。帽子を被ってはいたがどう見てもあの女の子の髪は肩までかかっていなかった。一応すぐに外に出てみたが、2人の姿はなかった。僕は明日に迫った千歌の家に行くイベントに期待と不安を膨らませながら、どんよりとした雲が覆う夕空を自転車で駆けていった。
翌日。とうとう千歌の家に行く日が来てしまった。今日は朝から小雨が降っていた。どうやら梅雨入りしたらしい。レインコートを着て、教科書をいくつかリュックに詰め込んで外に出る。
所要時間25分といったところか。少し控えめなスピードで道路を行き、無事に迷わず千歌の家に着いた。
チャイムを鳴らすと、千歌のお母さんらしき人がドアを開けてくれた。かなり若くて美人なお母さんだ。千歌の美貌は遺伝か。
「こんにちは。及川と申します。本日は千歌さんにお招きされました。これ、つまらないものですが」
「あら~ご丁寧にどうもありがとう。千歌の母のひろ子です。ゆっくりしていってね。…千歌~!及川くんいらっしゃったわよ~!」
定型文と手土産を渡した後、ひろ子さんが千歌を呼ぶ。ドタドタと階段を降りてくる音がして、千歌が現れた。
「おはよう!及川くん!」
「おはようござ…」
僕は千歌を見て固まってしまった。白いTシャツの上にグレーのパーカーを羽織っている。下は黒のハーフパンツという非常にラフな格好だ。当たり前だが制服ではない。私服姿の千歌を見るのは初めてでどぎまぎしてしまう。
「私は出かけてくるから、2人で楽しんでてね~」
「え」
なんとひろ子が外出してしまった。
「お父さんは?」
恐る恐る千歌に伺いを立てる。
「パパは単身赴任で基本的には家にいないかなあ」
口に指を当てて返す千歌。そしてニコっと笑いながら目をキラキラさせて、僕に近づいてくる。ラベンダーの香水のような匂いがふわっと香る。そして千歌は僕の目を覗き込んだ後、いたずらっぽく僕の耳元で囁いた。
「2人きりになっちゃったね」
僕の心臓の音はBPM200を超えていると確信した。