36-3 ライアン・グランデン尾行捜査
「こんな所に居たのか!」
ゼノが飛び出して来て、ライアン様に掴まれるよりも早く私の腕を引いてライアン様から引き離した。
「ぜ、ぜの?!」
隠れててって言ったのに飛び出して来たの?! どうしてっ。
「こんな所でなにやってんだ、エランドが探してたんだぞ! ほら、行くぞ」
「あ、あうっ」
ゼノは私の手を引っ張りながら来た道を戻ろうと踵を返した。
「ウィズ嬢には私が先に用事があったのですが?」
帰らせないと言うライアン様にゼノは知るかと暴言を吐く。
「お前にあってもコイツにはないんだよ、エランド王子の婚約者候補を無断で連れて行こうとするとは正気ですかグランデン卿?」
ライアン様が奥歯をギリリっと噛む。
「本当に……忌々しい方々ですね」
「誰の事を言っているのかは追求しないでやるよ」
私を連れていくゼノを見送り、ライアン様が私達を追い掛けてくる事はなかった。
しばらく歩いて、兵舎まで戻って来た所で私の腕を引くゼノに声を掛けた。
「ゼノ、ごめんね……折角もう少しでライアン様の尾行が上手くいきそうだったのに、私の魔法が未熟だったから失敗しちゃった……」
「別に最初から期待なんてしてない、余計な事考えるな馬鹿」
「はいぃっ、すみませんっ」
「でも」
ゼノは振り向かずに、歩きながら言った。
「何もしないで後悔するよりも、行動してから後悔しろって言ってたのは……なんか気に入った」
「ゼノ……」
ごめんと、ありがとうが素直に言えない人だ。それでも苦手だというだけで、ちゃんと感情を伝えようとしてくれるから、やっぱり私はゼノが大好きだ。
「ゼノ~っ! 友情のハグしようよーーっ」
「だっれがお前みたいなゴリラ令嬢と抱き合うかふざけんな!」
「そうやってすぐ褒める~~っ!!」
「なんで喜んでるんだよ?! 褒めてないぞ!!」
作戦は残念ながら失敗しちゃったけど、ゼノは私が王様に会えるようにディオネ様にお願いしてくれると約束してくれた。
やっぱり良い子過ぎるから、抱きついてお礼を言おうと飛びついたら見た事もない速さで避けられて全力で嫌がられてしまいました。とても悲しかったです。
◇◇◇
ゼノと王城前まで戻ってくると、門の前で姿勢良く立って待っているアリネスの姿を見つけた。
もしかして私が馬車から飛び降りてからずっと外で待っていたのかな?! そうだとしたら申し訳なさ過ぎる!!
「アリネス! ごめんね! 待たせちゃったよね?」
「いいえ」
アリネスは首を振り、周囲を見回してから私の前に膝をつき、小さな声で耳打ちをした。
「見つけましたよ」
「え、何を?」
「グランデン卿が隠していた秘密の通路へ続く道です」
私とゼノは言葉を失い、ぽかんと口を開けて固まった。
な、なんで? アリネスがそんな事言うの? というかライアン様の隠してた秘密の通路って何?!
動揺し過ぎて、あうあうとしか言えない私に、アリネスはサラッと事実だけを口にする。
「ウィズ様が馬車から飛び降りた時から私はウィズ様の後を付けていました」
「そうだったのぉ?!」
「私はウィズ様の護衛です、ウィズ様を一人で行動させる筈がありません」
そ、それは確かにそうだよね……私を危険から守るのがお仕事だもんね。
「グランデン卿を尾行していたお二人を私が尾行していました」
「二重尾行してたって事か?!」
「尾行をしている時は対象者に意識を取られがちになりますから、今後の参考に注意された方がよろしいですよゼノ様」
アリネスは涼しい顔を崩さずに頷く。
「お二人が尾行に失敗した地点から数メートル先にグランデン卿の隠し通路がありました、ウィズ様が去られた事を確認した後、グランデン卿はその通路に姿を消した事をこの目で確認済みです」
「あ、アリネス凄い……誰もライアン様の尾行に成功しなかったって言ってたのに」
アリネスこそ捜査官に向いているね、あんパンと牛乳を食べながら追跡してたのかな?!
しかし、アリネスはすぐに私の力ではありませんと首を振った。
「私だけでは途中でグランデン卿に勘づかれていたでしょう、お二人が最終地点まで尾行し、グランデン卿がそちらにのみ気を張っていたからこそ成功したのです」
アリネスは少しだけ微笑みながら素晴らしいですと私達に称賛を送った。
「あなた方二人の勇気ある行動の結果、ですよ」
「アリネス……!」
「ですが、このような危険な尾行は二度としないでください、あと少し手違いが起きていれば私はグランデン卿に剣を抜かねばならなくなる所でした」
「ご、ごめんなさい!」
アリネスは頷き、折りたたまれた紙をゼノに差し出した。
「グランデン卿が消えた地点と、隠し通路への詳細を書き記した物です。必要だったかと存じます」
「あ、ありがとう……」
「礼は不要です、ウィズ様が協力すると望んだ事を遂行しただけですので」
アリネスは立ち上がり、私の後ろに控え直した。
「ゼノ! やったね! 失敗したと思ったけど三人の力で尾行が成功したよ!」
「ああ……うん」
ゼノはまだ状況がうまく飲み込めていないのか、受け取った紙をじっと見つめて、そこでようやくホッとしたように息をついた。
「よかった……」
これでエランドを守れる、とそんな言葉がゼノから聞こえたような気がした。
「お前には迷惑かけてばかりで悪かったな」
「ううん、ゼノが言い出さなかったら私も何も知らなかったし出来なかったもん」
「あの……」
「なあに?」
「だから、そのっ」
ゼノは目を泳がせながら、言いにくそうにしながらも何度も言いかけてはやめてを繰り返して、意を決したかのように拳を握りしめて大きな声で告げた。
「あ、ありがとう!……って、感謝してやらないこともない!」
言い終えた後で自分で「なんでちゃんと素直にお礼を言えないんだ」と自己嫌悪に陥って頭を抱えている。
え? ゼノ可愛すぎない? 素直じゃ無いのに頑張る姿可愛すぎない?
「ゼノかぁわいい~~っ」
もう辛抱堪らんと隙だらけのゼノに今度こそ抱きつく事に成功し、真っ青になったゼノから化け物に襲われたのかなって位の悲鳴が轟いて、お城の兵士達がうじゃうじゃと現れてしまったのでした。
ゼノはなんでそんなに私に抱きつかれるの嫌がるのかなぁっ?! 納得出来ませんね!
◇◇◇
──その日の夜。
「グランデン時期公爵の研究室からこんなものが見つかるとはな」
国王専用の執務室の椅子に腰掛けながら、ファンボスは書類を眺めていた。
側に控えているのはディオネ、同じく書類へ視線を送っている。
「エランド殿下の暗殺計画書ですか」
「エランドの立太子式が迫っているこんな時期に、机の上に無防備に置いているとはな」
ディオネは追加で見てくれというように、別の書面を机に置いた。
「先程、ゼノが調べてきたというグランデン時期公爵が秘密裏に通っている通路の場所を記したものです」
「ほう……何か隠したいものがそこにあるという事だろうか?」
「恐らく」
「行ってみる価値はあるだろうか」
「何かしらの真実は分かると思いますよ」
ファンボスは「そうだな」と頷き、指先でトントンと机を叩いた。
「新月の日は不吉な出来事が起きると言われているが、嫌な時期に重なってしまったものだ」
「取り越し苦労でしょう」
「だといいが」
ファンボスは椅子から立ち上がり、ディオネに二日後にウィズを自分の元へと招くようにと、更にその日にグランデン時期公爵が隠している場所へ踏みいるようにと指示を出した。
「エランドが王太子として任命されるまであと三日、その日にウィズ嬢はエランドの正式な婚約者になる訳だ」
「不満そうですね」
「いや、これは不満ではなく……不安、かな」
ファンボスの頭を掠めるのはもう一人の息子の姿。最近は部屋に塞ぎ込み、禄に会話もしてくれなくなった。その原因を理解しているからこそファンボスは頭を抱えていた。
「エランドもメティスも、ここまで真剣に恋に落ちるとは思わなかったからなぁ」
「こどもの淡い恋心などすぐに消えてしまうでしょう」
「どうだろうか」
ファンボスは顎を指で弄りながら苦笑を漏らした。
「彼奴らは私の息子だからな」
「それはまた、執心深く厄介そうですね」
「ディオネ、お前たまに凄く辛辣になるのはなんなんだ?」
からかうように笑い、ディオネは執務室のカーテンに手を掛けた。
窓から空を見上げれば殆ど欠けてしまった月が夜空に呑まれそうになっている。
新月の日まであと三日……。
カーテンは隙間無くしっかりと閉ざされてしまった。




