29-2 第一王子の婚約者候補 内定(ヴォルフ視点)
「事の詳細は既にライアン公子が陛下に説明をしたのだろうか?」
ライアン公子はそうだと頷いた。
「メティス様の魔力測定結果について、そしてポジェライト辺境伯令嬢の鑑定について我ら鑑定士達は正しい方法で行ったが、令嬢に魔力鑑定を拒まれ、令嬢の魔力が暴走したとまでお話しました」
「そうですか」
ファンボスには全ての詳細を話すつもりでいるが、そのほかの奴には伝えるつもりはない、さてどこまで話したものか。
「我が娘は既に精霊と契約していたようです」
「ほう、精霊とは?」
「その精霊は自分の事を、闇の精霊と名乗ったそうです」
「闇の精霊……?」
周囲がざわつく、これだけのメンツなのだがら情報を知る者が一人二人いるだろうかと探りを入れてみたのだが、皆の困惑した顔を見る限り誰も闇の精霊の存在を知らないようだった。
「その精霊が鑑定を拒否したと?」
「はい、ご存じかと思いますが精霊は気高き存在、人の介入を嫌います。既にウィズと契約しているというのに鑑定という形で己の力を暴かれるのを嫌悪して暴れたようです」
これは作り話だ、実際はなぜ魔力が暴走したのかは分からない。闇の精霊が拒否しただろう事は確かだが、その理由は不明だ。ウィズの魔力を暴走させてしまう位に暴かれる事を嫌がった理由があるだろうが、それは自分の希有な能力を隠したかったからか、別の理由があるのか。どちらにしろコイツらに教える義理はない。
ファンボスは「ふむ」と顎を指でなぞり、続けて聞いた。
「闇の精霊はどういった力が使えるのか聞いたか?」
「ええ、対象者を眠らせる事と気配を消せるといった事が出来るようです」
「それだけか?」
「はい、それだけです」
姿勢を正したまま言い切る。一同訝しげにして何か考えているが、考えた所で真実に辿りつけるものでもない。
すると、また先程と同じように脳裏にファンボスの声が聞こえてきた。
『本当にそれだけかヴォルフ?』
どうやら今度は会話が出来るように意識も繋がれているようで、顔には出さないようにあくまで冷静を装いつつ、その声に心の中で応えた。
『どうしてそう思う?』
『お前が嘘をつく時は顔がやや上を向く癖があるからな、今はまさにそうだった』
『俺の分析をしている場合か』
『それはまあ置いておいて、本当はどうなんだ? ウィズ嬢のあの魔力の量は平均の魔導師よりも遙かに高いものだった、そんな貴重な人材に低レベルの事しかできない精霊が契約すると思えなくてな』
確かにこれだけなら地味だとは思ったが、低レベルときたか。俺もファンボスも大精霊と契約しているせいか、魔法の事になると考えが少々偏っている気がする。
『……他の奴等には言うなよ』
『勿論だ、仲間達以外には言わないよ』
仲間達……ときたか。ファンボスが言う仲間達というのは魔王討伐に趣いた者達の事だ、それ以外には居ない。つまり彼奴らには言うということらしい。
内心深く溜息をつきつつ、彼奴らになら仕方がないかと半ば諦める。
『闇の精霊は、時を操れるらしい』
『時を、だと?』
『ああ、時を止めたり、過去や未来を見る事も出来るらしい。それ相応の魔力を使うだろうし、制約もありそうだが』
『なるほど……それは確かに厄介だな』
ファンボスはチラリと隣に立つ王妃を横目で眺め、また俺に視線を戻した。
『この話を、王妃にしても構わないか?』
『…………』
『王妃……いや、エレノアの知識量はこの国でトップレベルだ、闇の精霊は謎が多すぎる、ウィズ嬢の為に秘密裏に調べるにしても俺達だけでは限界があるだろう、それに比べてエレノアなら有力な情報を得られるかもしれないだろう?』
『……わかった』
ファンボスは少々笑みを浮かべてから、考えるフリをして目を閉じた。どうやら今王妃と会話をして今の話を伝えているのだろう。
闇の精霊とは何者なのか……正直な所どんな情報でもいいから集めておきたい。誰も認知していない精霊が娘と契約している状況は不安を駆り立てられる。
「あの……」
静まりかえっていたこの場で、一番最初に口を開いたのはトゥルーペ大神官だった。胸の前で祈るように手を重ね、笑顔で首を傾げた。
「どうでしょう、ポジェライト公爵令嬢には一度我が緑星院の教会に入っていただくというのは?」
「なんだと……」
トゥルーペ大神官は微笑みを絶やさずに続けた。
「闇の精霊という存在は我ら人間の知識の中には無いようです、ですが御令嬢は魔力がとても高くいつまた暴走してしまうかわからない状況でしょう? ならば教会にて保護し、闇の精霊と対話を重ねながら環境になれた方が令嬢の為にもなるのでは? もしも、魔力が暴走したとしても我々が側にいれば直ぐに助けられますし」
トゥルーペ大神官の言葉は全てウィズを守る為に教会に入れと言っているように聞こえるが、逆手を取ればウィズの未知の力を独占する為に今から緑星院の教会へ入れたいと言っているようにも聞こえる。
「冗談が過ぎるな……」
「冗談ではございません、私は本気で御令嬢を心配しているのです」
「魔法という分野に関して俺の右に出る者がいると思うか? 俺の側にいるのが最も安全だ」
「では緑星院が定期的に御令嬢に会い、闇の精霊様に祈りを捧げましょう」
「そんなものは必要ない!」
「緑星院など聖職者の集まり、いざという時の対処に慣れていないだろう」
今度はダルゴットが会話に割り込んできた。手を差し出しながら、嘘で塗り固められた善意を向けてくる。
「令嬢の不安定な力がいつまた暴走するか分からないであろう? 我が屋敷で匿えば周囲に被害が及ぶことも事前に防ぐ事が出来るぞ、令嬢には悪い話ではない、なんせこちらは令嬢とは血縁関係でもあるのだ」
すかさずライアン公子も眼鏡を指で押し上げながら、食いついてくる。
「野蛮な紅蓮院の人間に子どもを守る事などできますかね? 御令嬢の魔力鑑定をしたのは私です、闇の精霊の力をコントロール出来るようになれば正しい魔法鑑定も出来るようになるかもしれません、ならば令嬢は水龍院で保護すべきかと」
「ライアン公子の言いたい事は分かりますが、一度魔力を暴走させてしまったという欠点もございます、やはり緑星院の我々の方が適任かと」
「我がウェスト家は血縁でもあるのだが?」
「貴方にそのような情があるとは初めて知りましたよウェスト卿、御令嬢はメティス様とも仲がよろしいようですし、やはり水龍院が」
三者三様に言いたい事をべらべらと並べ立てている姿に苛立ちが募る。
ウィズが持つ未知の力に興味を持ち、その力が使えるものかどうか見定めて我がものにしたいという浅慮な考えが見え透いている。
だというのに、実際の闇の精霊の力を知ればコイツらはどんな顔をするというのか? 考えただけで反吐が出る。
いい加減にしてもらおうかと怒りをそのまま声に出そうとした所で、凜とした王妃の声が部屋に響き渡った。
「静まりなさい」
決して大きな声ではないのに、この場にいた者達に威圧感を与え黙らせる威厳。皆が黙り、王妃に振り返る。
王妃は美しい姿勢で胸を張り、耳を疑う言葉を言い放った。
◇◇◇◇◇
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