161-2 初代聖女と光の精霊
「アイビーが私と一緒に生まれた命石の本体で、アルヴィンは小さな命石の方だった?」
「ええ、後の扱いは違えど私達三人は共に生まれてきた存在でした。私は聖女の貴女と契約をして常に傍におりましたが、アルヴィンの方は精霊王の下で研究の対象として扱われておりました」
「研究……?」
「人間が精霊の、それも精霊王の力を吸収して命石を自ら生み出すだなんて事は有り得ない事態でしたから。精霊王はそれを解明すべくアルヴィンを手元において色々と……調べていたようですわ」
アイビーの顔がやや強ばった。
「手元に置くと言っても貴女とわたくしとの家族のような関係のようなものではありませんでした。必要な時だけ呼びだし、会話は許されず、ただその存在とは何者であるのかを研究される……実験体のような扱いだったと」
「私はアルヴィンと会ったりはしていたんだよね? どんな関係だったの?」
アルヴィンはかなり初代聖女である前世の私に固執していた。その背景が見えて来ないんだけど。
「アルヴィンは精霊界から時折抜け出して人間界に降りてきていましたわ。そこで何度も貴女とお話をしていましたから、その過程で執着されたのではと思います。その心の内まではわたくしは知り得ませんが」
「ううん……」
アルヴィンは精霊界から私に会いに来ていた? 今現在、精霊王の生まれ変わりである魔王メティスを殺したがっている理由は……前世の事で酷く恨んでいたから、なのかな。そのお話も、明日のお茶会でアルヴィンは語ってくれるだろうか?
「じゃあアイビー、何故精霊王だったメティスが魔王になってしまったのか知ってる? それにシロツメクサの君っていうひとも知ってる?」
アイビーはすぅっと目を細めた。
「──その名を知ってしまったのですね」
「アイビー?」
「シロツメクサの君というのは、貴女と精霊王が死ぬきっかけとなった存在。命石の欠片であるアルヴィンの憤怒から生まれた存在です」
「アルヴィンの憤怒から生まれた存在?」
「精霊王は命石の欠片の研究が一段落ついた時、その存在を人間の王に……エランド王に譲ろうとしました。光の精霊としての加護を宿すべきだと、契約すべきだとアルヴィンを見限り捨てたのです」
エランド兄様は前世は初代国王だったという。その兄様と契約を結ぶというのは、そんなに怒るような事だろうか? あんなに完璧で優しくてみんなの憧れのエランド兄様だ、私が精霊だったら喜んで契約する。なんだったら今現在、エランド兄様と契約したい五大精霊が水面下で争っている。凄い。
「それがそんなに嫌だったのかな」
「世界の滅びを願う程に許せない事でした」
断言をするその物言いが冷たくて、驚いて顔をあげると、アイビーは目を閉じていた。
「シロツメクサの君という存在に名はありません。名がないからこそ、その者が固執した花の名前を誰もが呼ぶようになったのです。
憤怒から生まれたそれは、初代聖女を憎み、精霊王を恨み、全てを奪おうと人間と精霊との間で戦争を起こしました。
そして、その戦争でウィズ様と精霊王は亡くなってしまったのですわ。大きな代償を払いながらも、私はシロツメクサの君を封印する事が出来ました」
「アイビーが封印したの?」
「ええ、ですがその封印も解けかけているようですわ。その証拠に、アリネスという者。あの者と手を組んでいるようですし」
「え?!」
「封印されていて表に出られない分、アリネスと契約してその体を借りて動いているようですわ」
「そ、そうなの?! アリネスが全部自分でやっていたんじゃっ」
「ハイドレンジア様とクラリス様を救う為に、大森林でフィローラさんとウィズ様が戦った事がありましたでしょう? 顔を見せぬフードを被った人物……あれはアリネス様の体で、その中にシロツメクサの君が宿った姿ですわ」
あの時の人がアリネスの体を借りたシロツメクサの君? まって、アリネスとシロツメクサの君が契約をしているというのなら、今まで自由に動けていたアリネスを操って秘密裏に行動していたってこと?
「シロツメクサの君の目的はなんなの?」
「世界の破滅と、奪われたものを取り戻す事ですわ。そして、世界の破滅という目的の中には……ウィズ様の不幸と死を望む願いが強く植え付けられています」
「どうして私の事をそこまで憎んでいるの?」
「それは……ウィズ様が全てを思いだした時に分かりますわ。アルヴィンの術が弱まった今、思い出す日も遠くはないでしょう」
「でも……」
私は今知りたいのに。
アイビーとアルヴィンと私がどんな関係だったのかは分かったよ。でも、その奥深い所が知りたい。どんな風に仲が良かったのかとか、普段はなにを話していたのかとか、アルヴィンが私に会いに来ていた事も、シロツメクサの君が生まれる理由になった憤怒の理由も。私が何を想い生きていたのかということ。
これだけじゃ、まるで物語の絵本を読み聞かされたような疎外感しかない。
「わたくしはウィズ様の為、引き続き力を蓄えながら眠り貴女を護ります。ですからどうか、貴女はアルヴィンには気をつけてくださいませ。世界の破滅を願う程に、あの者はウィズ様に執着していますから」
自分の体が透けていくのが分かる、アイビーの世界から目覚めかけているのだと気づいて焦る。
「待って! 光の大精霊だったアイビーが何故闇の大精霊になってしまったの?! それに今アルヴィンが光の大精霊になっている理由は?!」
「奪われたのですアルヴィンに……そして、私は闇に堕とされてしまったのです」
「アイビー!」
「今は力を使い果たしましたので眠りますが、また時を巻き戻すような事件がおきましたらお呼びください、力になりますわ。
どうか、アルヴィンには気を許しませんように」
一瞬にして目の前が真っ白に染まり、私はベッドの上から飛び起きた。
「アイビー……?」
名前を呼んで辺りを見回してもアイビーの気配はもうない。力を使い果たして眠ると言っていたから、また暫く会えなくなるんだろうか。
「もやもやする……」
事実を知ってもスッキリしない。これじゃあ何も知らないと変わらない。
「明日、アルヴィンなら何かお話してくれるかな」
アルヴィンに気は許すなと忠告はされたし、危険な存在だという事は分かったけれど……彼が何かとても大きなものを背負っているだろうことは察していたから、それを少しでも教えてくれたらと願う。
◇◇◇
──次の日、アルヴィンとの約束通り、金色の花が咲き乱れる中庭に私達は案内されお茶会をする運びとなった。
ここまで案内してくれたメイドさんはとても丁寧親切に案内してくれたし、給仕をしてくれる執事さんたちも、兵士達もとても優しかった。それに、席につくレグルスに対する態度も嫌悪感もなくとても丁寧だ……。
顔は笑っているのに何故か無機質に感じたのが気がかりだったけど、昨日までとまったく違う態度にすこしだけ戸惑いを覚えた。
「昨日までは失礼な態度が多かったのに急にどうしたのかな?」
「いや、ツッコミ待ちなのか本物の馬鹿なのかどっちだよ」
お茶会の席で、豪華なお菓子が次々にテーブルに並べられる様を見ながら唸る私に対して対面に座っているレグルスが引きつった顔で私を見ている。その隣に座るアルヴィンはにこにこな笑顔だというのに。
「どうしたのレグルス、そんな顔して?」
「まだくっついてたのかお前等! お前の席が用意されてんだからそっちに座れよ!」
私を膝の上に座らせているメティスに吠えるレグルス。しかしメティスは涼しい顔をしてレグルスの発言は流した。
「約束だもんねウィズ」
「そろそろ自分の足で歩きたいとも思っているんですが」
「駄目」
「あ、はい……」
怖い笑顔で駄目と言われたので了解しましたと頷く、これは抵抗したら後々厄介な事になるやつだ。
朝に部屋から出た時に「おはよう」と笑顔で待ち伏せしていたメティスにまた抱っこされ、お茶会の席ではさも当然というように膝の上に座らせられた。昨日の様子からして、光の大精霊のアルヴィンとのお茶会だからメティスとして警戒しているという事なんだろうけど。
「まあ、これは慣れてくださいとしか。はい、ハイド」
「それもだよ!!」
レグルスの声に私の動きがピタリと止まる。
「なにが?」
「弟にケーキを食わせるな! 自分で食わせろ!」
私の隣に座るハイドの口にせっせと切り分けたケーキを「あーん」させて食べさせていた姿を盛大に止められた。もぐもぐと頬張るハイドはキョトン顔だ、可愛い。
「お姉ちゃんが弟にケーキを食べさせてあげるのの何がいけないというの?!」
「キツすぎんだろ!!」
そのやり取りにハイドが何かに気がついたような顔をした。そして、自分でケーキを取り分けて黙々と食べ始めた。
「ハイド! お姉ちゃんからのあーんは!?」
「もういらない……自分で食べる」
「くぅ!! 私の癒やしが!!」
私だって知ってるけど! 世間的に姉弟でのあーんは卒業時期だと分かっていたけど!! でも可愛いんだもん! まだまだあーんして癒やされていたかった……っ!
「箱入りのハイドが大人になるまでは世間の常識に気がつかないように黙ってたのにっ」
「お前も中々にヤバイ奴だよな」
「お姉ちゃんが弟を大切にする事の何がいけないのーーっ?!」
そしてハッとするアルヴィン、スプーンで掬い上げたゼリーをレグルスに差し出した。
「はいレグルス」
「ふざけんな吐くぞ」
「え?、だってウィズが今兄弟はあーんするのが普通だって」
「ウィズ!!!!」
「すみませんでした、アルヴィンあのね、年頃の兄弟であーんはしませんので止めましょう」
レグルスに結構本気で怒鳴られたので素直にアルヴィンを説得した。アルヴィンは人間の行動に不慣れだから常識が分からない分なんでも吸収しようとする。これを続行してよし! とするとレグルスが本気で怒り狂いかねないので私もちゃんと身を引いた。
「ウィズ、婚約者の僕にならあーんしても何も問題はないよ?」
「でも、ラブリーな弟にあーんするのが心の癒やしだったから……」
「僕は可愛くないの?」
こてーんと首を傾げてくる。あーーっ! 可愛い! 猫かぶりだと分かっていてもかわいいーーっ!!
「はい! メティスあーん!」
「ふふ、ありがとう」
「俺がこのテーブルを蹴り飛ばす前に真面目にしろや……」
ガガガガっと音が聞こえてきそうな程にレグルスは激しく貧乏揺すりをして威圧してくる。私はいつだって真面目なのに何故……。
「ウィズは今世と前世で変わった所があるね」
アルヴィンは紅茶を飲みながら微笑んだ。その瞬間から、給仕をしていたメイド達は中庭なら退出し、執事達もそれに続いて出て行った……まるでロボットのような規律的な動きで。
「前世の君は世界中の誰もが平等でありみんなが幸せであれと願うような人だった。けれど、今世の君は心の内に招いたものにはどこまでも親身になり尽くすけれど、その内に入らないものや敵と見なした者に対しては冷静な判断を下している」
「そう、かな?」
「君の身内にいるアリネスが裏切り者であったと知った君がどういう反応をするのか気がかりだった。もしも、今の年齢になるまで長い期間護衛騎士をしていたら君の心には大きな打撃となっていただろうけど。早い段階で護衛騎士は変わっていたからね」
アルヴィンは私とハイドの席の後ろに静かに控えているフレッツを見た。フレッツもアルヴィンに招待されていたので連れてきていたけど、何も言わずに姿勢を正したまま立っていた。
「そこの騎士、フレッツが裏切った時の方がウィズへのダメージは大きいだろうから」
「俺は姫さんを裏切りません」
公式の場でもなければ、相手は隣国の王太子のフリをした光の大精霊だと知っているからこそ、フレッツはアルヴィンに言い返した。
私を裏切らないと断言してくれたフレッツの気持ちが嬉しくて満面の笑みが零れた。
輪廻転生軸の時は最初から最後までアリネスが私の護衛騎士だった。そして、フレッツはおそらく死んでいた。
今ではこんなにも仲良しな弟のハイドも、ゲームの情報を見るからに私の事を嫌って軽蔑いたようだし。パパだって私と距離をとっていて会話すらほぼない。乳母のソフィアも死んでいて、友達だっていなかった。
メティスとの接点も……なさそうだった。
友達も、信頼出来る人も、家族もおらずの状況で、一体どこまで一人で頑張れるだろうか。
ゲームの、輪廻転生軸の私の心が誰かの思惑で故意的に壊されていたのだろうか? その主犯がアイビーが言っていたシロツメクサの君の仕業なのではと、今なら思い至る。
でも、何故?
アルヴィンの憤怒からシロツメクサの君が生まれたと言っていた。ならなぜ、シロツメクサの君は私をこんなにも不幸にしたいんだろう? 目的は一体なんなんだろう?
「君が寛大な慈悲の救済ではなく、罪には罰を与えても良いという考えになった事を、心から喜ばしく思うよ」
アルヴィンは紅茶を飲み干し、椅子に座り直した。
「このお茶会の間、俺は誰にも危害を加えないと約束しよう、勿論それの相手が魔王であろうとも。だから安心して話をしてくれていい」
アルヴィンが話を促すように私に手を差し伸べた。
「まずはウィズ、昨夜闇の大精霊が君に話した内容から聞きたいな。俺の話はそれからだ」




