158-4 SECOND まだ死ねない ◆
「アリネス? どうして……」
段々と自分の体温が冷えていくのが分かる。信じたくない気持ちを押し上げて目の前の真実が残酷にも答えを示す。
巻き戻る前、ポジェライト家の剣がレグルスの胸に突き刺さっていた事はポジェライト家の誰かがレグルスを殺したという事。
アリネスが、レグルスを殺した犯人だった?
もしも、アリネスがポジェライト家に潜伏する裏切り者だったとしたら……いつから? 最初からだった? だとしたら、ゲーム軸でずっとウィズの護衛をしていたアリネスは……私の最も近くで私を裏切っていた事になる?
「アリネス……嘘だよね?」
「全てウィズ様の想像通りだと思いますよ」
「アリネス!」
手を伸ばした私に対し、アリネスは気絶しているレグルスの首にナイフを突きつけた。
「誰も動くな、少しでも動けばレグルスの命はない」
私だけじゃない、アルヴィンも今にも魔法を放ちそうな勢いで構えていた。しかし、レグルスを人質に取られて身動きが取れず苦悶の表情で唇を噛んだ。
「レグルスを殺せばこの地がどうなるか分かっているだろうな……!」
「それは私にとってとても都合が良い、この国だけでなく全ての世界を滅ぼしてもらいたいものだな」
アリネスは仄暗く笑う、その笑みはもう私の知るアリネスの顔ではなかった。
「私の国の名前はハフィルル国、そして私はその国の第二王女だった」
「え……えっ」
フレッツの言葉が甦る。
『王家に忠誠を誓って、小さな御姫様を守る事が生きる理由でした。国のみんなも大人しい性格の人達が多くて、小さな国だから結束力が強かった。』
『アリネスを守って魔の森まで逃げて来たんですよ』
その言葉の真の意味が今なら理解出来る。アリネスは滅ぼされたハフィルル国の御姫様であり、つまりはヨレイド王に強引に娶られたフィアネス様の、レグルスのお母様の妹。
その事実だけで、アリネスがどれ程までヨレイド国を憎んでいるのかが分かる。
「ヨレイド王とこの国を憎むのは分かるよっ、でもどうしてレグルスの命を狙うの?!」
「本当に私の気持ちが分かりますかウィズ様?」
アリネスは壊れたように笑った。
「大切に愛されて育った貴方が私の何を理解できると?」
「あ、アリネス……?」
「想像してみてください。貴方の屋敷のなんの罪もない兵士達と使用人が自分を守る為に盾になり次々と殺されていく姿を! ヴォルフ様が首を跳ねられその首を城門に飾られて鳥の餌にされる姿を! ハイドレンジア様が憎き仇の国に攫われた挙げ句殺されたと聞いたら?! メティス様が肢体を砕かれても自分を守る為に血反吐を吐いて戦って、何も出来ずに守られるだけだった己の無力さがわかる訳がないっ。その全ての元凶である国を許せますか?!」
「それはっ」
これはきっとアリネスが経験した話だ。それを自分の事に置き換えられて責め立てられ、その恐ろしさに言葉が上手く出てこない。もしも私が同じ目に合わされたら、私は正気を保ち続ける事が出来るだろうか? 誰も憎まずに、自分のままの心を保っていられる?
そう……なんだ、アリネスは大切なものをあまりにも惨く失ったせいで心が完全に壊れてしまったんだ。
「どの国も私達を救ってくれなかった! 何故真っ当に生きていた私達があんな目に合わねばならなかった! 何故私達から奪うだけ奪った悪党が平然と生きて私腹を肥やしているのか! 到底許せる筈はない!!」
「アリネス落ち着いて! ヨレイド国が貴女達の国にした事は到底許せるものではないし、それに復讐したいという気持ちも理解できる! でもっ、レグルスの命を狙うには納得できないよ! だってレグルスはアリネスのお姉さんの子供なんでしょう?! アリネスにとっても血縁者なのにっ」
「お姉様の子供だ、けれど……憎きヨレイド王の血も流れている」
レグルスを見たアリネスの眼差しの複雑さ。愛する姉の忘れ形見であり、憎くて堪らない仇の血も流れるレグルス。
「レグルスはヨレイド王にずっと酷い目にあわされてきたんだよ! 血が繋がっているだけでレグルスまで憎むなんてあまりにもレグルスが可哀想だよ!」
「誤解しないでくださいウィズ様、私はなにも憎しみでレグルスを殺そうと言っている訳ではありません。沢山考えたのです……ヨレイド王の血を持ち、けれどお姉様の子供でもあるレグルスをどう扱うべきか」
闇に染まった瞳で、アリネスはレグルスに笑いかける。
「この子が死ねば、ヨレイド国は簡単に滅びるんです……それはレグルスが望んでいた復讐とも一致する」
「な、なにを……」
「馬鹿なヨレイド王はこれ幸いにとヴァンブル国に戦争をしかけるでしょう、そして無様に負けて滅びるのです。レグルスの死によって、レグルスは復讐を達成するのですよ」
「そんなやり方をレグルスは望んでいない! レグルスは生きて幸せになるんだから!」
「それだけじゃないんですよ、レグルスが死ねばそこの光の大精霊がとても悲しむと命令を受けているので」
アルヴィンの正体を当然の顔をして知っているというアリネスは、今にも飛びかかりそうな勢いで睨むアルヴィンに微笑む。
「レグルスが死ねば、貴方は聖女さえ守れれば良いという考えに戻る。レグルスを奪ったこんな世界破壊してやろうという考えになるのでは? その方がこちらとしても都合が良いから早く壊れてくれと我が主、シロツメクサの君が言っておりますよ」
「お前まさかアイツの僕なのか?!」
「私はこの世界を破滅させて汚いものを一掃できればなんでも良いのだ。全て消滅させる事が出来るのなら、いくらでもこの命も体を貸し与えよう」
アリネスが指を弾くと、また雷の魔法が周囲を走り抜けていく。そうだ、アリネスは雷の魔法を使う者……レグルスと同じ雷の魔法を。
「そして、レグルスが死ねば光の大精霊と契約しうる適正な光属性の人間もいなくなる。記憶も光の力も失った初代聖女の生まれ変わりなどとるに足らぬ存在」
アリネスは私に指をさす、まるで誰かの言葉を代弁するかのように。
「だから早く、その女の前世の記憶も恋心も目覚めさせて苦しむ姿を見せてくれ」
「それ以上喋るな!!」
アルヴィンが怒りをあらわにして怒鳴ってもアリネスは続ける。
「ウィズ様、シロツメクサの君は貴女が苦しみ泣き喚く姿を心待ちにしているようですよ」
「え」
シロツメクサの君とは誰の事なの?
これまで何度も名前を聞いてきた。けど、私は知らない。私の前世で知り合った誰かなの? 何故そんなにも私の苦しむ姿を望んでいるの?
もしかして……アルヴィンと対峙して、輪廻転生軸で何度もメティスや私をいたぶって苦しめたのは、そのひと?
私を抱き上げるメティスにきつく頭を抱き寄せられた。まるでもう聞かなくていいというように。
「メティス……?」
「大丈夫だよウィズ、僕が絶対に君をそんな目にはあわせないから」
「っふふ!」
アリネスは失笑した。私達が寄り添う姿が滑稽だというように。
「メティス様、貴方がウィズ様を大切に愛すれば愛する程にウィズ様を苦しめる事になるというのにっ」
バチンッと雷が弾け飛び、アリネスの回りにハフィルル国の国旗を胸に刺繍した騎士達が姿を現した。
「姫様、ここは我らが!」
「今のうちにレグルス様をフィアネス様の元へ!」
「ああ、そうだな」
「待ちなさい! レグルスは連れて行かせないよ!」
「私達だけで貴方がたを相手にするには少々分が悪いでしょうが、こちらにはまだ手札がいますよ」
アリネスは私の背後へと手を伸ばした。
「フレッツ、寝たふりはもう止めろ」
「えっ?!」
倒した筈のヨレイド兵の一人がのそりと起き上がった。そして、頭にかぶっていたヘルムを取った。
「ふ、フレッツ……?!」
「やられたフリをするにも楽じゃないっすね」
首を触りながら悠長に肩が凝ると漏らしている姿はいつものフレッツだけど、今までの話しからすると、アリネスは亡国の御姫様で、フレッツはアリネスを守っていた騎士だ。アリネスと一緒にポジェライト家を裏切っていた……の?
「フレッツ……」
やだ、と声に出そうになったのを堪えた。小さい時から一緒だった、騎士の皆が私を可愛がってくれるけど主君の娘だからと一歩引いていたのに、フレッツだけはいつも砕けた口調で話しかけてくれて、可愛がってくれた。それがとても嬉しかったの。
傍で守ってくれて、辛い時にはさりげなく励ましてくれて、お兄ちゃんがいたらこんな人なのかなって……思ってて。
フレッツもアリネスみたいに私を裏切って、いなくなっちゃうの?
「行っちゃだめ……フレッツ」
「そんな泣きそうな顔をして」
フレッツは少しだけ笑ってから、高く跳躍して私達を飛び越えてアリネスの前に降り立った。
「フレッツ、我がハフィルル国の騎士よ。ウィズ様を……いや、ウィズとメティスを斬り伏せろ!」
「あーその前にちょっといいっすか?」
アリネスの言葉を遮りフレッツは手を上げた。
「アリネスに一言いいたい事があるんだけど」
「こんな時になにをっ」
「アリネスが好きだ」
もの凄く場違いな告白にこの場にいた全員が凍りつきました。




