20-3 守りたいは優しい強さ(エランド視点)
「赤い瞳を持つ者は極稀だ、俺も実際に会った事があるのはお前を除いて一人しかいない、人とは違い魔王と同じであるその色を、人々は恐れ差別する」
「赤い瞳が……でも、そんな話は聞いた事がない」
「ファンボスが王になったからだ」
ヴォルフは足を組み直し、父上の名前を出して溜息をついた。
「アイツが王になった時に、赤い瞳が魔王の手先であるという差別がなくなるよう、国民に訴えかけ差別への法案も作った。その裏で納得出来ないと政治的に騒ぐ輩は潰し、わずか数年で今の世になっている。国民達の間ではまだ根強くこの問題は生きているだろうが、少なくとも王族であるお前の耳には極力はいらないようにファンボスは守っていたのだろうな」
「……」
「だが、いずれはこのくだらない風習を知る事になるだろう、なら今知っておいたほうがいい」
ヴォルフは俺の瞳を指さし、真実を言い放った。
「赤い瞳を持つ者の特徴は、属性魔法を複数抱えている可能性があるものだ」
「属性魔法を……複数抱えている?」
「通常属性魔法は魔力を持つ貴族が一人一つ抱えているものだ、だが赤い瞳は属性魔法が二つ以上持つ者が多い」
「ですが、俺は魔力測定で炎であると」
「一番強い力が炎なのだろう、他にも属性をもつ可能性が高いが……貴方の魔力を測定したのは誰だ?」
「それは……」
水龍院幹部、ライアン・グランデンだ。
最近俺の周りで何か嗅ぎまわっている素振りを見せている次期公爵。
「その鑑定をした者は貴方が他属性持ちだと気づいている筈だ、言わずにいたのは何故なのか……今はまだ分からないが」
「他属性持ちだと、どうなるんです?」
「可能性として、契約できる精霊が一人以上になる可能性がある、適応性にもよるから必ずとは言えないが。魔法使いの目線で言わせてもらうのなら、赤い瞳を持つものは精霊と契約する上で優秀な人材と言える」
「なら、どうしてその事が秘匿されているんです? 今まで誰もそんな事は言っていなかったし、文献にも書かれていなかった!」
「今はまだ誰も知らないからだ、俺と俺の仲間達以外は」
仲間というのは、英雄四人を指しているのだろう。つまりどういう事なのかと口ごもってしまう。
「俺達が旅に出る前、そんな事実誰も知らなかった、けれど旅を得て色んな事を経験して、調べてようやく到達した答えがこれだ、まだ実証されていないだけで、確かな事だ」
「それはどういうっ」
「ファンボスも昔は赤い瞳だったんだ」
言葉を失う……父上が昔は赤い瞳だった? でも、父上の瞳は綺麗な金色をしているのに。
「末王子で赤い瞳で産まれたファンボスの王家での扱いは酷いものだった、勇者として魔王を倒して来いだなんて建前で、赤い瞳の忌み子であるファンボスを追い出して魔物に殺させる事が目的だったようでな、先代の王族はどいつもクソ野郎だった」
ヴォルフは吐き捨てるように笑う。
「旅の最中でファンボスの瞳の色は変わった、しかし旅を終えて国王となり后が子を身ごもった時に心配していた「自分の血ならば赤い瞳の子どもが産まれる可能性は高いだろう」とな」
「それで俺が……」
「ああ、赤い瞳の第一王子が産まれた。だが、俺もヴォルフも、クラリスもディオネだって赤い瞳が魔王の手先な訳がないと分かっている、実際戦ったのだからな。逆に赤い瞳の者は魔力複数持ちという事で優秀な筈だ……しかし根付いた風習、差別はそう簡単に変わるものじゃない、ファンボスがこうして赤い瞳への差別を消そうとしても、それに従っているフリをして腹の底では気味悪がる連中も多い……これが、お前が王太子として任命されない理由だ」
魔王と同じ瞳の色。故に不吉の象徴だと、そう信じられてきた歴史が俺の存在を正しく認めてくれないという。そんな真実は全然知らなかった、知らない事で心を守られていた。
俺の周りは汚いものも多いけど、俺を想ってくれる優しい人達が多くいるということも、確かな事実だ。
「なあ、今の話を聞いてどう思った?」
ヴォルフは馬車の窓枠に肘をついて指先で己の目元をなぞり、失笑した。
「馬鹿げていると思わないか、人間はいつもそうだ、自分とは異なるものを爪弾きにして多数決を重んじようとする、その姿はなんて弱いんだろうと思う」
「ええ……確かに馬鹿げている、けど」
けれど、俺は【ここまで】で終わらない力があるという事が分かった。
「俺は、強くなれるだろうか……」
今よりもっと、もっと。
メティスより魔力は弱いけど、赤目が不吉の象徴と恐れられても、そこにその先に強くなれる可能性があるなら。
きっと、今よりずっと、守りたい者を自分の手で守る事が出来る筈だ。
「もう二度と家族を傷付けられないぐらいっ、強くなれるだろうかっ」
俺の真剣な問いにヴォルフは、じっと俺を見つめてから静かに笑った。
「もしお前がまだ誰も見ぬ先の強さを手に入れられたら、赤目への偏見も薄れるだろうな。お前が生き証人になり、国民全員にその力の正しさを証明してみせるといい」
強くなれるとは言わなかった、けれど証明してみせろというその言葉は、俺への期待も滲ませているようだった。
そして、心に決めた……俺は王太子になろうと。
守られているだけじゃ大切な者を守れない。貴族であるからと周囲の機嫌を伺っているだけじゃ何も変えられない。メティスに近寄らない事で互いを傷付けないようにするという逃げの姿勢では苦しいだけだ。
また、家族みんなで笑い合いたいと思うから。王族だからという理由で大切な場所を諦めたくないから。
俺は強くなり、誰もが認める王太子になろう。俺のせいでと嘆かぬように、憂いは全て取り払えるような強さを身につけよう。
そして、いつかそんな日が来たら……傍でウィズにも笑っていてほしい。
「因みに銀の髪は魔力量が通常値の数倍高い人間が多い傾向にある」
「え……」
決意を固めていた所で突然そんな事を言われて呆けてしまう。何が言いたいのかと思ったけど、銀色の髪と聞いて真っ先にメティスの顔が浮かんだ。
「俺も銀だが、お前の弟も銀色だろう?」
確かにメティスは魔力量が多いけど、赤目の事といい何故周囲の誰も知らない事をこの人は知っているんだろう。
「何故、そんな重大な事を知っているんです?」
「今話した事は全て俺が独自で調べたものだ、ただ別に誰かの理解が欲しい訳ではないから、必要な奴にしか教えていない」
「いつ……この事実を知ったのですか」
「旅の途中に……」
そう呟いたヴォルフの眼差しは遠くを見つめ、どこか悲しげに揺れていた。きっと、魔王討伐の旅路は俺達には伝えられていない、当事者にしか知らない事実が沢山あるんだろう。
「俺の息子は、銀の髪に赤い瞳だという」
「え」
これまでの話を聞いていたからこそゾッとした。恐怖からではなく、その身に宿るだろう魔力の強さを思っての事。
ヴォルフの血を引いているのだから、魔力は当然強いだろうけど、赤い瞳に銀の髪? 真実を知らない周囲はその赤子の事をどう思うだろうか?
魔王と重なる容姿の、膨大な力を持つであろう赤子を果たして……世間は受け入れるのだろうか?
しかし、ヴォルフはなんという事はないという様に微笑んでいる。
「まだ会えていないが……きっと可愛い」
「可愛い? いえ、ですが、それ以上に危険もあるのではっ」
「可愛い、どんな力を持っていても、どんな容姿をしていても、俺は俺の子どもを歓迎する、幸せであれと願う」
ごく普通の子どもの普通の親のように、ヴォルフは笑い幸せを願っている。
どんな困難がこの先待ち構えていたとしても、愛されている事を知っている子どもはきっと乗り越えられるだろう。
俺も、そうだから。
「ウィズが世話になった礼は此処までだ、他に気になる事はファンボスに直接聞いてくれ。今まで黙っていた事を怒鳴り散らして殴り飛ばしてやればいい」
「それもいいですが、俺の為を思って黙っていた事のようですし許しましょう」
まだ自分は子どもで、たとえ王族であっても親というものに守られている、そんな愛情がくすぐったいとはにかむと、ヴォルフもまた笑っていた。
この人が部下に慕われている理由が、なんとなく分かったような気がする。
「あと、父上の瞳の色は何故変わったんですか?」
「それは──」
『うわあああっ?!』
突如馬車が激しく揺れ、急停止をした。外からは兵士達の驚きに満ちた声が響き渡り、状況を確認すべく馬車のカーテンを開けた。
「ルイ! ロッカス! 何事だ?!」
「す、すみませんエランド様、俺にも何がなにやらっ」
「突風が吹いたと思ったら、メティス様が突然空から振ってきたんです」
「メティスが?」
俺が確認するよりも早く、ヴォルフが俺の肩を押しやって馬車の扉を開けて外へと飛び出した。
「第二王子のメティスか」
ルイの言葉の通り外にはメティスが居た、共も連れずに単身で来たのだろうか? 空から降ってきたという言葉の通りなのか、兵士達は皆不思議そうに空とメティスを交互に見つめて混乱している。
しかし、ヴォルフだけはメティスの頭上の何も無い空を凝視して目を見開いていた。
「お前……まさか【それ】と?」
「貴方がポジェライト辺境伯当主のヴォルフか!」
普段の落ち着いたメティスからは想像出来ない程、メティスは取り乱しながらヴォルフの元へ駆け寄り、腕を掴んで叫んだ。
「ウィズが居なくなった!」
「な……」
「一緒に居たのに少し目を離した隙に消えた! 直ぐに部下に居場所を探させたけど分かったのは嫡子を連れたレベッカの馬車で一緒に出て行ったという所までだ! 森の中に入った所から不自然に気配が途切れたと! 何かに邪魔されて気配を終えなくなったって! 冷気が邪魔していて僕じゃこれ以上探せない! 貴方ならウィズを探せないか?!」
「落ち着け」
ヴォルフは息を荒げながら言葉をまくし立てるメティスの肩を掴んで落ち着かせようとしている。あんなに取り乱したメティスは初めて見た。
けど、何が起きているって? ウィズが居なくなって、レベッカの馬車に嫡子と共に居るって?
それに、メティスが言う部下とは誰だ? メティスが命令を下す程に信頼し傍に置いていた者はいただろうか。一体屋敷で何が起きているんだ?
ヴォルフは一通りメティスから話を聞くと、再び魔法で狼の魔獣を創り出してその背に飛び乗り、部下の兵士達へ叫んだ。
「俺は先に向かう、追跡の魔石は持たせていたな、それを辿りお前達は後で合流しろ!」
「はっ!」
「僕も行くっ」
「駄目だ、俺一人の方が早い」
メティスはぐっと言葉を呑み込み一歩下がった。自分の我が儘よりも、ウィズの身の安全を優先したんだろう。
「俺を頼った機転は褒めてやろう、あとは城で報告を待て」
ヴォルフが魔獣の腹を蹴ると、魔獣は雄叫びを上げて周囲に冷気を巻き上げると、旋風のようなスピードでこの場から走り去っていった。
続いて、ポジェライト軍の者達が馬に飛び乗り、ヴォルフの後を追い掛けていく。
残された俺やメティスはその背を呆然と見送る事しか出来ず、場はまだ混乱していた。
「メティス? 一体何があったんだ?」
「僕が傍に居たのに……ウィズっ」
メティスは自分の手で顔を覆い、項垂れた。
「兄上……ウィズが居なくなったらどうしよう」
「メティス……」
メティスの肩を抱いて、大丈夫だと慰めの言葉を掛ける事しか出来ない。
「この国で一番優秀である魔法使いのヴォルフが向かったんだ、きっとすぐに帰ってくる」
「……はい」
「だから俺達は戻ってきた時に迎える準備をしよう」
メティスに言った言葉は自分自身にも言い聞かせている言葉だ。
大丈夫、きっと大丈夫だと、まだ弱い自分は己を慰める言葉しか武器を持たない。
後に届いた報告は、ならず者に襲われレベッカと嫡子は崖から転落し安否不明。
ウィズはヴォルフにより助け出されて命は助かったというものだった。
やはり俺は、守りたい者を正しく守る為に強くならねばと、今一度強く思う事になったのだった。




