128-2 王妃陛下
場の空気が一瞬にして凍り付いた。王妃様は今なんて…?
「元は貴女がエランドの婚約者となる予定でした。それをメティスが勝手をしたせいで古い習わしの精霊婚など結ぶ羽目になっているのです」
「ま、待ってください! それでも私とメティス……様が水の大精霊ポセイドンを通じて婚約を結んでいるのは事実です! それなのにエランド王太子殿下と婚約を結ぶ事は出来ませんっ」
「古い習わしだと言ったでしょう? 水の大精霊の加護を受けずとも複数の精霊と契約しているエランドがいれば問題はありません」
王妃様は冷ややかに私を睨んだ。
「盟約の絆がなんだというのです? そんなもの今を生きる王族の我々には関係ありません」
「それとこれとは違っ」
「違いません、貴女の価値は王妃であるわたくしが決めます。貴女はエランドと婚約する事で国の為の価値が生まれる」
有無を言わせない王妃様の言葉の数々。メティスはそれを静かに聞いている、怒りを露わにするでもなく、悲しむでもなく、ただじっと見つめて聞いている。その静けさが逆に危ういと思った……いつ爆発してもおかしくはないんじゃないかと。
「表向き、今日までは貴女がポジェライト家の唯一の跡継ぎという事で大目に見ていたのです、けれど嫡男が戻ってきた以上それも必要ないでしょう? ハイドレンジア、あれが跡を継げば良いのですから」
「ですが私はっ」
「そして、ハイドレンジアには王家直結の血筋の娘を婚約者として紹介しましょう」
「えっ?!」
「ポジェライト家は王家と結びつきを強く持てるのですよ、こんなに良い話はないでしょう」
一見その通りだけど、きっと真相は違う。みんなが今まで王妃様と私を会わせないようにしていた事がその証拠だ。
私がエランド兄様の妃になったとして起こりうる事は?
例えば……王家に入った私はある意味人質になるだろう。ポジェライト家は代々王家よりも民を守ると公言している辺境貴族。国を守る為に辺境伯という地位を甘んじて頂いているけど、もしも国王が乱心した時には圧倒的な軍事力で粛正すると言われているのもポジェライト家。私が王妃になったら王家に楯突く事が出来なくなる、子供が産まれたらその血筋だって王家に混じるのだから。
その上でハイドにも王家筋の婚約者をあてがうという。ポジェライト家に王家の血筋を潜り込ませる事で、今まで付かず離れずで王家を守り脅かしてきたポジェライト家の手綱を握ろうとしている……?
民に高い支持を得ているポジェライト家を表立って取りつぶせば、市民からの怒りを買い、最悪革命を起こされる可能性だってある。ならば、こういった婚姻を盾にポジェライト家を取り込もうとしてくる可能性は高い。
王妃陛下はこういった政治的な理由以外でも、個人的にママに対して思い入れが深いらしい、そしてママを守れなかったパパの事を心底憎んでいる。
王妃陛下の思惑通りに事が進めば、ポジェライト家は内部から解体させられるかもしれない……!
そこでふと思う。
それが目的だというのなら、なにもエランド兄様とではなく、メティスと婚約したままでもいいのではないか……と。
王妃様の計画に従うというなら、私とメティスが結婚して第二王子妃になっても結果は変わらない気がするんだけど……なぜエランド兄様との婚約の方ばかりを進めようとしているんだろう?
私では想像が出来ない、なにか王妃様の確信に迫る理由がそこにある気がした。
「貴女の命令だけではエランド兄上とウィズの婚約は成立出来ないという事は分かっている筈ですよね?」
今まで黙っていたメティスがゆっくりと口を開いた。落ち着いた様子で、温度を何も感じさせない冷たい声で。
「国王陛下は沈黙を続けている」
「陛下は精霊の力を重視が過ぎます、ですが頷くのも時間の問題でしょう」
「僕が知る国王陛下であるなら頷かないと思いますが?」
メティスが……! メティスが王様に対して信頼を見せる発言をした!! 王様なら自分の為を思って王妃様の案に乗る事は無いだろうとメティスは思っているという事! 絶対にあとで王様にこの事を教えてあげようっ、きっと凄く喜ぶ! メティス誘拐事件で王様自らメティスを助けにきてお話した事が、今の未来に響いて来ている! 間違いなく未来はメティスにとていい方向に向かっているね!
ならば私もここが踏ん張り所だ、私はメティスや王妃様程に頭がいい訳ではないからポジェライトの人間らしく立ち向かうしかない。
「僕とウィズの婚約が解消になった時の被害については考えた事がないようで?」
「それはどういう意味ですかメティス」
「失礼ながら王妃陛下!」
メティスの発言の雲行きが突然怪しくなったので、無礼を承知で会話の主導権をもぎ取った。メティスをほうっておいたら確実に魔王様っぽい面を見せてくるに違いないので阻止する!
「私の方からも発言をお許し頂けますでしょうか?」
「……許可します」
「ありがとうございます」
頭を下げてから、心の中で自分に活をいれる。メティスはさっき私の心の弱い所に気づいて守ろうとしてくれた、だから私も立ち向かう。
信頼を得られた王様みたいに、私もメティスからの信頼が欲しい!
「メティス様を私にください! ポジェライト家で幸せにします!」
「は?」
「は」
流石親子、同じ顔で同じリアクションで呆けられた。
「大変光栄な事と存じますが、エランド王太子殿下とは婚約する事は私の身に余ります。私はポジェライト家を継いでこれからも国と民の為に戦い続けたいのです」
「ま、ちなさい……それが何故メティスを欲する話になるのですか」
「私が幸せにしたいからです!」
自分の胸を手でぱんっと叩いて大きな声で宣言した。これには兵士の人達も驚いた様子で王妃様と私の顔をチラチラと見ていた。
「私では国母として力不足です、ポジェライト家のウィズという人間は国民全てを慈しむよりも、己が戦い守りたい人間です。そして、いざという場面になってしまったら国民よりも目の前にいる大切な者達を優先してしまうような愚か者なのです」
他人百人と、愛する者一人。どちらか助けられない場合自分はどちらを助けるのか考えた事がある。そうなった時は私はきっと……。
メティスを見上げる、驚きに染まったまん丸な青の瞳がとても可愛い。
──そう、私はきっとメティスを選ぶ。
「ですので、私は王妃陛下の理想たる人間ではございません。メティス様を幸せにする事で精一杯の小さな人間です」
「貴女に拒否権などっ」
「国の幸せに繋がるお話は聞かせて頂きましたが、そこにメティス様の話がないのは何故ですか!」
私と婚約破棄をしたあとのメティスに関する対応が全く話の中になかったのは何故? まさか、王妃様は……メティスが魔王の生まれ変わりだと勘づいているのではないの? もしかしたら、魔王として覚醒したメティスを……。
「……」
メティスをどうするつもりなのか怖くて聞けない、けれど国の為にとメティスを斬り捨てるような事を考えているのなら。
「メティスは私がポジェライト家へ攫ってでも頂きますので、婚約解消は出来ません!」
私だって貴方を幸せにするって誓ったのだから!




