126-2 ヒロインの友人は
「ポジェライトの分家の人って?」
「本家の者達は先の戦争でヴォルフを残して命を落としている。そしてその戦いの時にポジェライト家の当主は分家の者達へ兵の応援を要請したけれど、全員がそれを断った」
「そんな、どうして……!」
「絶対的な死が怖かったのだろうね」
最初に魔王に襲われたのは魔の森と隣接するポジェライト領だったという。突然の事で戦争の準備も出来ていなかったのに、本家のみんなは民と国を守る為に命を賭けて戦った。けれど、分家は助けには来ずパパ以外のみんなが命を落とした。
「ヴォルフは生き残り、更には魔王討伐の英雄として帰還した。正式に当主となったヴォルフが最初にした事が分家達への制裁だったよ」
ルティシアも深刻そうに頷く。
「それは当然でしょうね、命令を無視して自分達だけが助かり大勢の民が死んだのだから。貴族としての役目を放棄したとなれば、制裁は受けるもの」
「その中で唯一財産と領地の没収という形で済んだ分家がクノヴァライト家だったようでね、ヴォルフがどういった考えでその甘い制裁にしたのかまでは調べていないかな」
「仲が良いという訳ではないのかな?」
「違うと思うよ、今でもほら、威嚇をしている」
見てご覧と言われてクノヴァライト家が囲んでいるテーブルを見ると、偶然にもリアラティ嬢と目があった。リアラティ嬢は少し驚いたような顔をしてから少しだけ微笑み、私の方へ行こうと踏み出して……父親と母親らしき人達に止められていた。何事かと慌てるリアラティ様と対照的に、ご両親は青ざめた顔で私に近づいてはならないと止めていた。
そして、震えるクノヴァライト家の人達をパパは離れた場所から鋭い目で睨んでいる。言葉にせずとも分かる……私に近づくなという威圧だろう。
「そんな家の婚約者がゼノだろう? しかもこれは国が命じた政略結婚だ、少々きな臭い気がするよね。まあ今の所は何もしていないようだし……何かされたらすぐに僕に相談するんだよウィズ」
「うん、わかったよ……」
どういった事情があるのかは分からないけど、戦争時代の話だったとしたら、リアラティ嬢はまだ産まれていないんだよね。彼女の様子を見るからに私の存在は知っているから話をしてみたい、という純粋な興味を感じるだけだ。
けど、彼女がヒロイン……あのフィローラの友人になるというなら、気をつけておかなくちゃ。
「あの存在の事だけは頭に片隅にいれておこう、情報ご苦労だったねルティシア嬢」
「お褒めの言葉光栄でございますメティス様、では私はこれで」
「あ、待って待って!」
離れて行こうとしたルティシアの手を掴んで止めた。
「どうしたのウィズ? 私よりも早くメティス様といちゃこらしてきて、私は遠くから眺めながら心のクロッキー帳に2人の姿をしたためるわ」
「ちょっと言っている事が分からない部分が多いけど、私が聞きたいのはね! もしかしてルティシアってハイドの事を避けてない?」
ギクリとルティシアの肩が跳ねた。やっぱりハイドの勘違いではないようだ。
「あんなに可愛い子を避けるだなんてルティシア頭は大丈夫……?」
「ブラコンここに極まれりありがとうございます! っじゃなくて! えーとえーと……私はねハイド君が推しなの、私はモブとして彼の幸せを祈りたいの、ここまではオーケー?」
「オーケー!」
うんうんと頷くと、ルティシアは気まずそうにしながら扇子ごしに私に耳打ちをした。
「気のせいだったら腹を斬ってお詫びしたいレベルなんだけど……ハイド君ってちょっと……ちょっとだけ私に執着していたり、しない?」
「するね!」
強く頷いておく、私は馬車の中でのハイドの話を聞いてらぶの気配を察知しているのだ。
「因みにだけど、前までは二人はあまり仲がよくないように見えたけど、どうして仲良しになったのかな?」
「いえ……あの……私が昔に出会ったシアという子だってハイド君に半バレしてしまって」
「ルティシアがポジェライト家に嫁ぐ? それともハイドがロレーナ家に婿入りする?」
「なんで結婚前提の話しになってるのぉ?! で、でも私はティアだって認めてないわよ! 私がハイド君とそういう関係になるのは絶対駄目なの! 解釈違いです!」
「えぇー……最近では耐性もついて鼻血が出る頻度が減ってきたって言ってたのに?」
「それだけの理由じゃなくって!」
ルティシアは、突然どこかぼーっとした目になり視線を逸らしてしまう。
「私と関わって、ハイド君が【また】不幸になったらどうするの……」
「ルティシア?」
ルティシアはハッとしてから、なんでもないわと首をふった。
「とにかく、そういう事でしたらハイド君が私への興味が失せるまで逃げようと思いますの!」
ごめんねルティシア、私さっきハイドに不意をついて周りこんで油断した所を仕留めるようにって教育しちゃったよ……。
「でもルティシア……推しを悲しませていいの?」
「え……えっ?!」
「ハイドってね、自分の感情を表に出すの苦手だから、いつもイライラしているように見えるけどそのイライラも種類があってね……今のはきっと悲しんでる態度なんだと思うんだよね」
「そ、そんなっ」
「あ! でもそうだな~! そういえばハイドの執着って恋っていうよりもお友達になりたいとかそんな感じだった気がするな~! ハイド友達がまだ少ないしな~~!」
ハイド任せて! お姉ちゃんはハイドの恋を応援するからね!
ルティシアの手を両手で握って、メティスの胡散臭い時の爽やかな笑顔をマネして笑ってみた。
「友達ならいいよね! 友達としての執着なら問題無いよね!」
「問題ない……の、かし、ら?」
「問題ないよぉ~~! だって私とルティシアだって友達だもんね! ハイドとも友達になってあげてね!」
そう! 逃げている相手を無理に追いかけて捕まえるなんて狩猟の初心者がする事だからね! ここは友達だとルティシアを油断させつつ、交流を深めて好感度をあげて、らぶがルティシアに芽生えた所で告白をする流れの方が絶対にいいとみた! 今のルティシアはとにかくハイドへの信仰心が強すぎてらぶになりきれてないからね!
「よし解決! これでもうハイドから逃げる理由はないよね!」
「え、ええと?」
「誤解がとけてよかったねルティシア~~! これからもハイドをよろしくね!」
「でも、でもっ」
「友達になったら軍服を来て貰えたりとか、ルティシアが好きだって言ってたハイドの黒い爪とか間近で見れちゃうと思うんですよ」
「友達最高ーーーーっ!!」
ルティシアが泣きながら拍手している。推しに興奮してる姿を見られたら印象やらがマズイのか、メティスが咄嗟にルティシアの正面に回って壁を作っていた。
よしよーし! 恋のキューピットもっと頑張っちゃうぞ!
続いてハイドはどこだろうと見回すと、近くで飲みものを飲みながら既にこっちを見ていた。ルティシアを見ていたのかな?
「ハイドちょっとおいで~!」
手を振って呼ぶと、グラスを置いてすぐにこっちへ向かってきてくれた。パパと離れている所を見ると、大体の挨拶は終わったようだね。
「何か用か姉さん」
「お耳を拝借」
ハイドに腕を絡めて密着して、二人だけでひそひそ話をする。
「やっぱりルティシアは追い掛けたり、好き好きと迫るのは悪手みたいだよ! まずはルティシアの気持ちを信仰から好意にもっていけるように頑張る所から初めてみよう?」
「……なんの、話だ」
「今はまだ好きっていうと逃げるみたいなんだよ。だから、友達として仲良くしたいという事にして好感度を稼ごうね! ほどよく関係が近づいた時に捕まえようね!」
ハイドはちょっと不満そうに眉を顰めた。気持ちは分かるよ、ポジェライトの血筋は恋愛方面は攻めの攻めでぐいぐい行く人が多いってソフィアも言ってたし、ハイドもそうなんだろうね。じれったいのは苦手そうだけど。
「仲良くなってからの方が自分がティアだって認めてくれるかも!」
「……」
ハイドは少し考えてから頷いてくれた。ティアとの思い出、大切なんだろうな。
「はい! という訳でお友達! お友達としてよろしくね!」
ハイドの背をぐいぐいと押してルティシアの前に押し出した。ルティシアは少しだけ身構えている。
「……」
「は、ハイド君?」
「頑張って! ハイド!」
言いよどんでいるハイドに頑張れと背をぺちぺちすると、ハイドは小さい声ながらもなんとか言葉を振り絞った。
「……友人」
「えっ」
「友人に、なりたい、んだ、が」
その言葉にルティシアの顔が一瞬にして明るくなった。
「友達! なんだそうだったのー! ハイド君は友達になりたかったのね!」
「……」
頷かないハイドの背中を指でつんつかつんつんと執拗に突くと、ハイドはギギギっと音が出そうな歪な動きで頷いた。本当は友達じゃなくて恋人になりたいんだろうからね。
「私どうやら恥ずかしい勘違いをしてしまう所だったわ! えへへ、友達なら大丈夫よね、勿論歓迎するわハイド君!」
「ソウカ」
ハイドの顔色が悪い、色々と言いたい事を我慢しているという感じだ。
「仲良しになれてよかったね~! じゃあ早速二人でダンスでも踊ってきたらどうかな!」
「え、でもハイド君はまだ未成年だから踊ってはいけないんじゃ」
「会場で踊らないなら大丈夫! 裏庭とかでも音楽は聞こえてくるだろうし! ね!」
ハイドも少しは紳士の嗜みとして踊りを覚えている最中だ。手先が器用なのもあってか、ダンスも器用に習得している筈。少なくともゼノよりは何十倍も上手です。
「けれど私、パートナーと来ているからあまり時間は取れなくて」
ハイドは周囲を見回して、ルティシアちゃんのパートナーであり、元婚約者のソル様の姿を見つけ、彼がコチラに来ようとしている気配を察して顔を歪めた。
「婚約を破棄したくせに未練たらたらだな」
「え?」
「ルティシア」
ハイドがルティシアに手を差し出した。
「僕と踊ろう」
「え、えええええっ?! そんな推しと踊るなんてご褒美があっていいわけがっ」
悶絶するルティシアの手を取って、ハイドは人波を掻き分けてルティシアを攫っていった。やっぱり少しだけ強引な感じがしますねぇ。
「あの二人上手くいくといいね!」
「どうかな」
「メティスは反対するの?」
「別にどちらでもいいけど、僕の言いつけを守っている間はルティシア嬢を優先するかな」
「まー! じゃあ私はハイドを応援するもん!」
二人で楽しいねと笑い合って、自然と手を繋いでいた。
「ウィズも一通り挨拶は出来たよね」
確かに戻って来てからは、ダンスはメティスに絶対阻止されて出来なかったけど、色んな人に挨拶は出来た(メティスと一緒にだけど)。
だからそうだねと頷くと、メティスは私の手を引いて言う。
「ちょっと二人で抜けだそうか? 君に案内したい場所があるんだ」




