123-3 光の大精霊を知る者
「光の大精霊の伝説が隣国にも通ずるものがあるっていうのは……?」
本当なのだろうかと王様の方へ目配せをすると、王様は困ったというように頭を掻いた。
「王族関係者以外の者が知り得ない話をあまりしないで貰いたいものだが」
「ウィズにはいつか話すつもりだったんじゃないの?」
「ふむ……」
王様は真剣みを帯びた顔で私を見つめた。
「何故、光の大精霊の事を知りたいのかなウィズ嬢」
「それはっ」
どう、言葉を取り繕えばいいのか悩んで開いた口を一度閉じた。
ここには王様以外にもアルヴィンがいる。彼は隣国の第一王子様という事以外何も分からない。ピアルーンの聖光誕祭で何故聖女の花人形を守っていたのか、何故闇の大精霊アイビーと魔王を敵視しているのか……事実が分からない以上底知れぬ不気味さすら感じてしまう。
魔王の生まれ変わりが誰なのかは知られていない、けれどアルヴィンが魔王へ殺意を示した時に、私は明確な敵意を彼に示した事がある。それなら、私の意思は魔王様寄りにあるという事は口に出しても問題はない……だろうか。
「今の私は魔王様についてあまりにも無知です。誰でも知っているような歴史書に載っているような内容しか知りません」
魔王は魔物を率いて人間を滅ぼそうとする人類の敵である。魔王は殺しても、封印しても時を得て必ず甦る存在。その都度、人間の中から勇者と聖女が光の大精霊に見いだされて勇者と光の大精霊は契約を交わし、魔王を倒す。
そんな事しか知らない。それだけじゃ私の心に蔓延る言い得ぬ不安と不信感は拭えない。
「私が知りたいのは……何故、光の大精霊は魔王を倒す為に人間に力を貸しているのかという事です」
そもそも、そこがおかしい。魔王は人間を襲う存在で精霊達にはある意味無害とも言える、なのに何故光の大精霊は魔王を執拗に殺したがるのか。
人間に固執しているから? 魔王に個人的な恨みがあるから? 分からない。
「うんうん、それで?」
王様が言葉を濁している隣で、アルヴィンは興味深そうに頷く。
「歴史は繰り返している、そんな事を疑問に思ったのは珍しいね」
「だっておかしいじゃない、何かしらの理由があって光の大精霊が魔王を恨んでいて殺したいと考えていたとして、何故自らの手で殺そうとしないのか」
軽薄そうに笑っていたアルヴィンが固まる。
ただの精霊ではない、大精霊なのだ。人と契約する事で力が増強するからと唱えた精霊学者もいた。けれど、それはどうだろうかとパパの魔王を倒した時の話を聞いていた思ったのだ。
魔王は何度も人間に挑みその度に倒されているせいで、段々と力が弱まってきていると。今でも膨大な力を秘めてはいるけれど、パパを含む四人の英雄達の手によって倒された……全員生存した状態で。
過去の歴史書を見ると、魔王と戦った英雄達は軍を率いていたりと多人数で挑んでようやく倒せたレベルの厄災であったと。
しかし、今の魔王は幾ら最強の力を持つと言われていたとしても、当時十代であった男女四人に倒されている。
確実に弱ってきている魔王を、大精霊自らの手で殺す事なく人間と契約してまで遠回りに倒し続けている理由はなんだろう?
「この世界の始まりが偶然の産物ではないのと同じように、魔王様が産まれた理由も、光の大精霊が戦い続けている理由も、全て何か理由があるんじゃないかと思うの」
それをまず知らなくては、魔王様を、メティスを殺し続けている歴史の輪廻からは抜け出せない気がする。
「つまりウィズは、光の大精霊に直接会って、何故魔王を殺し続けているのか、その理由を知りたいと?」
アルヴィンの瞳の光がゆらゆらと揺れる。
「やっぱりウィズは魔王を助けたいと君は願っているようだね」
「……そうだよ」
アルヴィンはフッと息を吐いて、王様の方を見た。
「光の大精霊の伝説が隣国に連なるものがあると言ったよね? それはね、このファンボス王が魔王を倒した後に、光の大精霊が隣国へ渡ったからだと言われているからだよ」
「えっ?!」
本当なのかと王様を見ると、王様は困ったように、けれど肯定するように頷いた。
「まあ……そうだな」
「な、何故ですか?」
「……この国には有りたくは無いと、その一言を残して私との契約を解除していなくなった。深い事情は、私の口から語れる事は何もないよ」
でも、この国ヴァンブル王国に魔王は必ず復活する、それにゲームでもエランド兄様を次代勇者と認めて契約していた筈だから、いつかはまたこの国に戻ってくる筈だけど……何故わざわざ隣国へ行ってしまったの?
『この国に有りたくない』という言葉の意味は一体……?
「他の大精霊達は変わらずヴァンブル王国にいるのに、何故光の大精霊だけが……」
「それでねウィズ、俺はその光の大精霊の研究をしているんだ」
「えっ」
ヴァンブル王国に居た光の大精霊が隣国に渡ったというのなら、王族である彼が研究なりするというのは理屈として分かる! もしかしたらアルヴィンは光の大精霊に会った事もあるの? だから色々な事を知っているような素振りがあるの?
「そして、光の大精霊の居場所までは突き止めている」
「ほ、本当?! その場所を教えて貰う訳にはっ」
「悪いけれど、俺だって数年かけて手に入れた情報の数々な訳だから、簡単に教える訳にはいかないな」
「そんな」
「けれど、ウィズがいくつか条件を呑んでくれるなら、その代わりに教えてあげてもいい」
条件? すぐに頷いてしまいたい衝動を堪えて、まずは条件に耳を傾ける事にする。
「その、条件というのは?」
「ヴァンブル王国には五行属性といわれる大精霊達がいるね? その大精霊全てに会ってきて、その情報を俺に教えてくれるなら、こちらも光の大精霊の情報を教えるよ」
「おいっ」
王様が何か言いたそうにしているけど、アルヴィンは全くお構いなしだ。
五行の大精霊達の情報か。火の大精霊、土の大精霊には会った事があるし、水の大精霊に関してはメティスと契約しているポセイドンで私も力をわけてもらっている。他に会った事が無い大精霊は木属性と、金属性になるんだけど……。
「全員と会ってどんな情報を教えれば良いの?」
「ウィズ嬢!」
王様が止めているけど、大精霊に会ってはいけないという法律はない筈。メティスの為ならそれぐらいの事なんだってする。
「難しい事は無いよ。そうだな、数時間共に時間を過ごす位でいいよ。どんな大精霊だったのか、何に興味を持っているのかを教えてくれたらそれでいい」
「そんな事でいいの?」
「うん、別に何かもってこいとかじゃ無いから簡単でしょ?」
「……わかった」
アルヴィンはニンマリと笑う。
「それじゃあ契約成立だね、大精霊達に会えたらまた俺に連絡をして。俺への手紙なら出しやすいようにしておくから」
「わかったよ」
「それともう一つ」
まだ何かあるんだと緊張が走る。それはそうだ、光の大精霊という王族以外には詳しく知られない大精霊への情報を得るのだから、これだけの筈が無い。
「俺とレグルスと踊ってウィズ」
「……へ?」
「今はパーティー中なんだよね? 俺達と踊って」
「……そんな事でいいの?」
「うん」
拍子抜けしてしまう、踊るだけでいいの? そういえばピアルーンでもアルヴィンはやたらと私と踊りたがったりしていたなぁ。
「えっと、いいけれど」
「本当? やった!」
私の両手を掴んで嬉しそうにぶんぶんと振っている。
「君と踊れるなんて嬉しいな」
「正式に申し込みを受ければ基本的には断らないよ?」
「君が断らなくても邪魔をする奴はいるからね」
「ほほう? あ、というかレグルスも来てるの?」
「来てるよ、安心して昔よりも表面は大人しくなったから」
ぷはっと噴き出してしまった。
「表だけなの? 内面はあまり変わってないんだね、元気みたいで安心したよ」
「ウィズはあんな事があったのにレグルスを全く怖がらないね」
「友達だからねぇ」
「友達だからかぁ」
思いの外盛り上がって話してしまっている私達を見ながら王様は訝しげな顔をしていた。
アルヴィン相手だと変にキツい突っ込みをいれてしまう事もあったり、逆に話が弾む事もあるから不思議だ。
「アルヴィンとレグルスは仲良しなんだね」
アルヴィンとだけ踊る、ではなくレグルスとも踊る事が条件なので仲良しなんだなと思って聞いてみると、予想以上にアルヴィンは楽しそうに頷いて見せた。
「思っていたよりも、弟という存在は楽しいものだね」
「いやいや、弟という存在は癒やしであり可愛いの権化であり天使ですからね」
「はは、前は関わらなかったけど言われた通りにしてみたら生活が楽しくなったし、そういうのも悪くないなって守る位は出来るようになったよ。だから少しずつ慣らしてる」
「うん?」
理解が難しい言葉の羅列だった。
とにかく、その二つの条件を呑めば光の大精霊の情報を貰える訳だ。隣国にまで発展してしまうと王様だけでは手に負えない部分も出てくるだろうし、アルヴィンの力を借りる方が得策といえる。
「とりあえず、踊るのはパーティーの最後辺りでいいかな?」
「勿論! 嬉しい!」
「ひょおっ?!」
満面の笑顔で思い切り抱きしめられた。嫌悪感はないけど、ひたすら驚きが勝る。
でもなんだろう、暖かくて安心するようなこの感じは。
昔も、どこかでこの暖かさを感じた事があったような……。
「ウィズから離れろ」
アルヴィンの体が突き飛ばされて、私の体は誰かに引き寄せられて後ろから抱きしめられた。怒りを帯びた普段はあまり聞かない低い声。
「め、メティス?」
メティスは私を抱きしめたまま、アルヴィンを睨み付けていた。




