17-1 パパによる使用人断罪劇
二階のフロアーには威圧を放つパパの姿、そしてそのフロアーから伸びる階段の下、一階ロビーには膝をついて震える使用人の人達。そして、私は一階の柱の陰に隠れながらパパの姿を見守っていた。
「ウィズの世話をまともにしていたのはソフィアだけだったようだな」
「い、いえそのようなっ、我々は忠義を尽くしお嬢様のお世話をさせて頂いておりましたっ」
冷え切ったパパの視線の先で、先頭に執事長のバッチをつけた五十代位の男の人がいて、その人が代表してパパと会話をしている。執事長のバッジという事は、あの人がお屋敷をとりまとめる使用人のリーダー? でも、おかしいなぁ、私はあの人の姿を全然見た事がないんだけどな。
パパの冷えた空気は変わらず、階段を一段ずつ降りながら低い声色で威圧し続ける。
「ならば、幾つか問おう。俺は、この屋敷の管理費以外にもウィズの養育費も送っていた筈だが、その金はどこへ消えた?」
「そ、それは勿論ウィズお嬢様のドレスや教材を購入しましてっ」
「ドレスか、目を通したが確かに煌びやかなドレスが衣装部屋にあったな」
そのパパの発言に使用人達はあからさまにほっとしたように気を緩めたけど、その直後のパパの言葉にみんな凍り付いた。
「殆どのドレスの裏地に“プラチナローズ”の刺繍が施されていたが、それをお前達がどこで手に入れられたと?」
私のドレスはソフィアが自分のお金で買ってくれたというよそ行きのものが一着と、ソフィアが手作りで作ってくれた洋服が3着。他のもりもりいっぱいあるドレスは全てメティスが私にくれたものだった。そういえば、メティスから貰ったドレスの裏地にはどこかに必ず七色に輝く薔薇の刺繍が施されていたけど、その事を言っているのかな?
パパは階段の中腹で足を止め、使用人達に答えろと告げる。
「プラチナローズの刺繍入りの衣装は王家専属のデザイナーが刻むものだ、普通では決して手に入らない筈だが?」
「そ、それはっ」
「刺繍がないドレスは着古された数着のみだったな」
「誤解です! そ、そうです! 一度着たドレスはもう要らないとウィズお嬢様が駄々をこねられましたので捨てたのです! プラチナローズの刺繍の入ったドレスは恐れ多くも王家の方から賜ったドレスなので捨てる事も出来ずにいたのですよ!」
ぎょっとして柱に添えていた手に思わず力が入ってしまう。私そんな事言った覚えないよ! パパに物を大切にしない子だって思われたらどうしよう?!
パパは黙って執事長のその言葉を聞き、口元だけで笑って見せた。けれど、目が全然笑っていないから、逆に不気味でとても怖い。
「ウィズの世話をしているメイドは前に出ろ」
ビクンと肩を跳ねさせ、真っ青になったメイドさん達がおぼつかない足取りで前に出てきた。この人達は確かに私専属のメイドさんだけど、私と会話をしてくれない人達だった。
「次、料理長前に出ろ」
コック帽を握りしめ震えながら料理長が先に控えていたメイドさんたちの隣に移動した。
「次、レベッカのメイド」
ママのメイドさんは五人居たらしい、同じく真っ青な顔で料理長の隣へ。
「次、フットマンのティリー」
一人名指しされたティリーという男の人は、執事長不在の中でいつも偉そうな顔をして屋敷をとりまとめていたちょびひげ小太りのおじさんだった。前に蹴られた事もあるので顔はよく覚えている。
執事長、私のメイドさん達、料理長、ママのメイドさん達、そしてティリーが他の使用人達よりも一歩前に出ている状況。
パパが手を翳すと溢れ出した冷気がロビーの扉を弾いて開け、外へと続く玄関の扉までも開いて道を作った。
「今、前に出た使用人以外の者達は全員今日限りで解雇とする」
どよめきが起きる、けれどみんなの動揺など気にする素振りも見せずにパパは冷たく言い放つ。
「本来ならばこの程度で済ますつもりは無いが、この家の管理を怠った俺の落ち度もある、追放ですましてやろう、だが勿論紹介状も書く事は無い」
辺境伯であり、この国の英雄であるパパに紹介状も無く解雇を言い渡されるという事は、使用人として無能だとレッテルを貼られたようなもの。そんな状態で放り出されれば次に彼らを使用人として雇いたいと思う貴族はいないだろう。
それを理解していて、みんなは悲痛な声で涙ながらに許しを請うているが、パパの決断は変わらなかった。
「聞こえなかったのか」
パパは手に握られていた身の丈程の氷の杖を床にダンッと叩きつけた。
「氷の彫刻にされたくなければ今すぐ出て行け……」
「ひぃっ」
殺気がほとばしるパパの氷のように冷たい眼差しから逃げるように、使用人達は蜘蛛の子を散らすようにその場からバタバタと走って逃げて行った。
後に残されたのは前に出ろと言われた人達数人だけ。
みんな、自分は免れたのだと安堵の表情を浮かべている。
「さて……」
パパは階段を降りきり、残した使用人達の目の前までやってきた。
まさか、この人達はこのままお屋敷で雇うって、そういうつもりなのかな?
「ウィズ付のメイド達」
「は、はい! ヴォルフ様!」
パパに呼ばれてメイドさん達は浮かれた声をあげた。頬も赤らめて嬉しそうだ。
「ウィズの好きな食べ物は?」
「は、はい?」
「少なくとも……」
周囲の空気が瞬時に冷える。
「あんな小さな子どもがコーヒーなど飲める筈はないと思うが」
身体が凍り付くように寒い。言葉の綾では無く、パパを中心に冷気が溢れ出してきていて、それは吐く息も白くなる程でみんな恐怖と寒さでガタガタと震えだした。
「エランド王子から話は聞かせてもらった、ウィズの世話をする所が嫌がらせの数々をしていたと」
「い、いえ私達はそんな事っ」
「していないと? ならばエランド王子が嘘をついているとお前は王家を侮辱するつもりか?」
「っいえ! そのような事は!!」
「お前達に一度だけ挽回の機会をくれてやろう」
パパはスゥッと目を細め、メイドさん達を射貫いた。
「ウィズは生まれつき体に痣がある、それはどこの箇所なのか答えろ」
「あ、痣ですか?」
「ウィズお嬢様の体に生まれつきの痣なんて……」
「毎日ウィズの世話を真面目にこなすメイドなら着替えの時も、入浴をさせる時も必ず見ている筈だが」
パパの圧に、メイドさん達の震えが酷くなる。
「答えろと言っている」
「せ、背中です! 背中に痣が!」
「ち、違うわ! お腹よ!」
「馬鹿! お腹は蹴られた時のでっ」
パパが氷の杖を振り下ろした。
バキバキと音をたててメイドさん達の足下から太股まで一気に凍り付いてしまった。
「キャアアアアッ?!」
「冷たい! 冷たい!」
「料理長、地下の冷蔵室に何故酒類しかないんだ?」
助けて助けてと叫ぶメイドさん達を無視して、パパは次に料理長の前へ近寄る。
「そ、それはっ、ヴォルフ様がお帰りになると聞いていましたので祝いに酒を大量にと思いまして!!」
「肉や魚は菌が繁殖していた、野菜は萎れて食べられたものじゃない状態だ、そんな家畜も食べないような食材をウィズに食わせていた訳じゃないだろうな?」
「ま、まさかそんなっっ」
え? ソフィアが運んでくれた料理は温かくて美味しかったけど。そういえば、珍しくメイドさんが優しく笑ってくれた日のパンとかには緑の豆がついてたりして不思議な味がしてたなぁ。お肉料理もくちゃあってしてすっぱい時もあったり。
……あれって、もしかしなくてもカビたり悪くなっていた食材だったりする? すごい、私全然お腹壊さなかったよ、自分の胃袋の強さにびっくり!
「俺が何を言いたいか分かるな料理長? 俺の屋敷の地下の冷蔵室に保管されている食材に“菌が繁殖する事など有り得ない”という話をしているんだぞ」
料理長は真っ青を通り越して顔色が真っ白になってきている。
地下の冷蔵室? そういえば前にソフィアに教えてもらった事がある。パパは氷の魔法を使える稀少な魔法使いだから、魔法石に自分の魔力を込めたものを地下の冷蔵室に幾つも安置しているって。その石のお陰で、地下の冷蔵室は雪山のように冷えた気温を保つ事が出来るから、食材を凍らせる事が出来るって。
「ここへ向かう馬車の中で王都の魔法石の流通に関する資料を見て驚いたものだ、氷の魔法石が高値で売買された形跡があったからな」
「し、しりません! おれはっ、そんなっ」
「この俺が戦場にいるというのに、他の誰が数年単位でも魔力を失わずに冷気を維持出来る魔法石を作る事が出来ると思う?」
クツクツと低い声で笑いながら、パパは杖の先で震える料理長の顎を突いて顔をあげさせた。
「悪事を働くには脳みそが足りていないらしい、この国の魔法石のルートは全て俺が管理しているというのに、この馬鹿は闇ルートでは無く一般の店での取引ときたものだ、特に氷の魔法石など売れば直ぐに足がつくぞ」
パパは料理長に胸元から取り出した書類を突きつけた。
城下町の魔法石店で氷の魔法石を売ったという売買契約書だ、そこにはしっかりと料理長の直筆が書かれていた。
「この屋敷の魔法石を売って幾らの儲けがあったのか教えてくれるか?」
「うっ……うわああああっっ!!」
料理長は叫びながら身を翻してパパから逃げ出した。
しかし、料理長が外へ逃げ出す事は叶わず、もう少しで出口だという所でメイドさん達と同じように足を氷漬けにされてしまった。
許してください助けてと叫ぶ料理長だが、パパは侮蔑の視線を向けただけで、最後に執事長、ママのメイドさん達、ティリーの前へ来た。




