120-3 社交パーティーは婿(嫁)捜しの戦場というらしい
会場に音楽隊による優雅な曲が奏でられる中で、私はメティスの手を取ってファーストダンスを踊った。
大人になってから初めて踊るダンスは親族、婚約者がいる者は婚約者と踊る事が常識とされているけど、義務や規則だからでは無く私達はお互いを望んで手を取り合って踊っていた。
「メティス大きくなったねぇ」
「どうしたの急に?」
「だって昔は私の方が身長高かったのに、もうすっかり私より大きくなっちゃって」
出会った当時なんてお互いようやく歩き出した位だったし、視線も低かったのに。同じ速度で一緒に成長した筈なのに、すっかり身長を超されてしまった。
「それぐらいお互い成長したという事だね」
「もう大人だもんね!」
「そう、そうだね。今までは君に群がるであろう悪意や下心から君を隠す事で守れていたけれど、大人になればそれも難しくなる」
ダンスを踊りながらお話をして、私の腰に添えられたメティスの手に少しだけ力が入る。
「こんなに美しく成長した君を有象無象に晒すのは本当は耐えがたいのだけどね」
「右象左象」
「有象無象ね、今絶対違う事考えてたよね?」
右の象さんと左の象さんのボディーガードとか格好いいだろうなと考えが飛躍しそうになった所で、メティスが耳元で囁いてきた。
「もういっその事、学園に入る前に結婚しちゃうのはどう?」
「法律が許されませんねぇ」
私はポジェライト家を継ぐつもりだから学園を卒業しないと資格を得られないからね!
「法律を変えたら結婚してくれる?」
「のーう! 学園を卒業した時に私がメティスに恋をしていたら結婚するって約束だったから駄目~」
「残念、昔交わした約束だったから忘れてないかなと期待したのに」
くるりと回りながら悪戯っ子のように微笑まれてつられて笑っちゃう。
「メティスと交わした約束は、どんな事だろうと絶対に忘れないよ。どれも宝物だもん」
メティスの目が驚いたように瞬かれる。
「どうかしたの?」
「いや……なんでも、大人になったウィズは思わせぶりという高度な技術も使ってくるようになったんだなって」
「どういう意味?」
そういえば、私はポジェライト家を継ぎたいとメティスになんども将来の夢を語っていた筈だけど、メティスはそれに関して何も言ってこないんだよね。私とメティスが結婚するとなると、私はポジェライト家を継げずに王族とならなくてはいけないという事なのに。メティスは微笑みながら、ただ私の夢をうんうんと聞いているだけだ。
「メティスは……私はポジェライト家の跡継ぎに向いてないと思う?」
「突然どうしたの?」
「えーと」
向いていないと考えているから、将来は結婚をして王族に嫁がせて諦めさせてしまおうと思っていたりするのかな? 大人になったと周囲に言われ始めたせいなのか突然気になり始めてしまった。向いていないとメティスに真っ向から言われるのは……悲しいけれど。
「ウィズはポジェライト家の後継者として適任だと思うよ」
「え、本当?」
メティスはいつもみたいに甘やかしているようにではなく、真実だというように頷いた。
「最初にそう思ったのはピアルーンの町での君の功績を聞いた時だったかな。誰もが敗戦しかないと諦めかけて絶望していた時に、君だけは戦う事を選択し、勝利へと繋がる道を人々に説いて鼓舞した。その決断力と行動力、周囲を見渡せる観察眼は上に立つ者として相応しいと思うよ」
きゅうっと胸が熱くなった。ちゃんとメティスは認めてくれてたんだ、向いてないとは思われてなかった。
「え……? でもそれならなんで私と結婚したいなんて言ってるの? 私がポジェライト家を継ぐならメティスとは結婚出来ないよ?」
「なんで?」
「だ、だってメティスは王子様なんだからね?」
「ああそんな事? 大丈夫だよ、準備は進んでるから」
なんの準備を進めているというのでしょうか……?! メティスはどことなく胡散臭い爽やかな笑みを浮かべている。
「大公の地位でも良いと思ってるんだけどそれだと権力が強すぎて厄介を被るだろうから、今後の功績次第ではミラー家を巻き込んでレアンニール領辺りでもいいね。けれど、まあグランデン領が一番いいけど少し遠いか」
「な、なんの話をしているの……?!」
「ウィズは安心してポジェライト家の跡継ぎになっても良いからねって事だよ」
ここで丁度曲が終わり、慌てて姿勢を正してメティスと向かい合ってお辞儀をした。
中々に衝撃的な事を口にしていた気がするけど、私の頭ではメティスがどんな将来を描いているのか想像が出来ない……っ! でも、少し安心した。私がポジェライト家を継いでもどうやらメティスと結婚は出来るようだ。
うん? なんで今安心したんだったかな?
首を傾げている暇もなく、踊っていた人達が次々にパートナーを変えていく。そうだよね、普通は曲が変わる度に別のパートナーと踊って社交するものだもんね!
振り返ると、私を見ていて声をかけたそうにしている男の人が何人か居てくれた。
よかった~お前なんてお呼びじゃないぜとか思われてないみたいで。本日の目標を達成しなくちゃいけませんからね! 光の大精霊の情報を集めるというね!
「メティス! 一緒に踊ってくれてありがとう、私は他の人とも踊ってくる……」
「だーめ」
立ち去ろうとした私の両腕を後ろから掴んで引っ張ってきた。不可抗力でメティスの胸の中にぽすんと収まってしまう。
「二曲目も僕と踊ろう」
「えっ、でも他の……」
「他?」
メティスが冷ややかな視線で男の人達に圧をかけると、みんな慌て怯えた様子で視線を逸らし他の令嬢達をダンスに誘っていた。ふぁー、貴重な情報源達がっ。
「他の人なんていないよ?」
「メティスが追い払ってた……!」
「気のせい気のせい」
いいけれど! 婚約者となら連続で踊るのも許されているけど!
くるんと正面を向かされてしまい、両手をあわせて指を絡め取られた。もうこれは踊るしかない。
「可愛い唇が尖っちゃってるよ?」
「メティスが意地悪するから」
「嫌だった?」
「メティスと踊るのは嬉しいよ!」
でも今日は色んな人と会える貴重な日だからね! 時間には限りがあるのです! ううん、仕方が無い。今はメティスと踊って、次の曲の時に別の人と踊る事にしよう。
そう思っていた時が私にもありました。
「じゃあ私はこれで……」
「次の曲は僕の好きな楽曲なんだ、踊ろう?」
まさか三曲目も捕まって。
「こ、今度こそこれで」
「僕のカフスボタンがウィズのドレスに絡まって取れないみたいだからこのまま踊ろうか」
「ど、どこも絡まってないよね?!」
四曲目も踊る事になり……。
「次の曲は精霊祭の曲でもあるんだよ、踊ろうか」
「流石に連続五曲は踊りすぎだよね?!」
婚約者でも連続四曲踊るなんて有り得ないのでは?! というか普通の令嬢ならもう体力が底をついてるよ!! 私だからよかったものを!! 見て! 周囲の視線を!! メティス様美しい素敵っていう視線から段々と危ない者を見る目に変わってきてるから!
「次は別の人と踊ります!」
「疲れたって? バルコニーで休もうか?」
「だめぇっ!!」
メティスに案内されるバルコニーなんて王族専用の場所に決まってるじゃない! つまり誰もいないじゃない! そのままずるずるとメティスと二人きりで過ごして終わってしまいそうな気配が凄くする! 光の大精霊の情報を得たいのにそれは駄目!
ぐいぐいと迫ってくるメティスの胸を押し返してもう無理ですと言い張る。
「メティス様……色んなお噂がありましたけれど、ご婚約者様を溺愛されているという噂は本当でしたのね」
「ですわね、他の殿方が一切近づけないですもの、噂以上の執着っぷりですこと」
「御令嬢ともお話してみたかったのですが……これでは無理そうですわね」
そんな声が聞こえてくる! このままでは本当にメティスと一体化したままパーティーが終わっちゃう!
「メティスも他の人と踊らなくちゃいけないんじゃないのかなっ?」
「まさか、君以外の令嬢と踊るなんて何か企みがある時じゃないと踊らないよ」
「企みって?!」
「それにしても、随分と僕から離れたいみたいだね」
ぎくりと肩が跳ねた。
正確には光の大精霊の情報を集めたいからメティスからは一時的に離れたいだけだ。ダンスパーティーって普通、色んな人と踊って談笑もしつつ、パートナーの人とは適度に一緒に過ごす位なんじゃないのかな? 四六時中一緒はやりすぎでは?
「メティスと一緒にいれるのは嬉しいんだけど、えっと今日はね……その」
「僕との約束は一つも忘れないんだったよね」
「え?」
髪の毛を指先で掬い上げられ、それに口づけられた。そして、探るような視線で問うてきた「覚えてる?」と。
「あわ……」
「その約束を交わすのは、もう許される?」
顔がみるみるうちに赤くなる。覚えてるよ、忘れる訳ない。大人になる日に、今日という大切な日に、メティスは私に口づけをしたいと懇願してきていた約束を。
顔から湯気がでそうな錯覚に、手で顔を押さえて狼狽えると、メティスは嬉しそうに微笑んだ。
「覚えてた」
「お、覚えてるけどっ」
「嫌では、なさそう?」
顔を近づけられればビクンと体が波打つ。
「嬉しい」
「んくっっ!!」
なんだかよく分からないけど心臓にきた。ギュインってエレキギターをかき鳴らされた。心臓なんてもうばくばくだ、だって仕方ないじゃない? 前世でだってそんな、き、キスなんてしたことないのに!
昨夜もこの事を思いだして悶え苦しんだのだ。だから朝から……。
あれ……そういえば朝は普通だった。もっというならメティスにこの話をされるまで頭にない位で。
約束は覚えていたのに、何故普通にしていられたんだろう。いつメティスから要求されるか分からないのに……なんで頭から抜け落ちていたんだろう?
『幸せになってくれないと許さない』
ふっ……と、頭の中で目映い光が輝いた。
ライトの点滅のように激しいフラッシュが……それが起きた直後、動揺していた筈の心も落ち着いていて。
直前、何を考えていたのか忘れてしまった。
「ウィズ?」
「……え? あ、なんだっけ……あ、そう! 五曲連続一緒に踊るのは踊りすぎっていうお話をしてたんだよね?」
「元を正せばそうだけれど……」
メティスは何故か訝しげな顔をしている。なんでそんな顔をしてるの? この話意外の話はしていなかったよね?
「ウィズ・ポジェライト嬢」
私の目の前に手が差し出された。
「俺と一曲、踊って頂けますか?」
「エランド兄様」
「見覚えがあるな」
国王、ファンボスは二階席に鎮座しながらダンスを踊っているウィズとメティスの姿を眺めていた。
踊り始めから今に至るまで微笑ましいと言うように眺めていたのだが、ウィズの顔色が赤くなったのちに不自然に元に戻った姿を見て、顔を曇らせた。
「まさか、あれが絡んでいるという可能性は……」
「陛下」
近衛騎士が慌てた様子でファンボスに耳打ちをし、ファンボスは驚いた様子で顔を上げた。
「なに? 隣国のヨレイド国から?」
「予定よりも早く到着した様子で、本日のパーティにも出席をされたいとの事です」
「招待リストにも無いというのにあまりにも不作法だな」
頭痛を感じながらも常識が通じる相手では無かった事を思い出す。そんなものが備わっていれば今も昔もファンボスは苦労などしていなかった。
「わかった、一先ず東の温室へ案内しろ」
「そのような場所でよろしいのですか?」
「よい、先に礼儀を欠いたのは向こうだ」
ファンボスは重い腰をあげた。
「少しの間席を外す」




