119-2 ウィズ・ポジェライト、社交界デビューする
ハイドの手を取り馬車を降りた。
ポジェライト家の馬車から降りてきた私は噂になっている令嬢だと分かるものの、その令嬢の手を取ってエスコートをする少年は誰なのだと、周囲からの視線が突き刺さる。
「ふふっ、注目されてるね」
差し出されたハイドの腕に手を添えて、笑いながら小声で呟く。
「ハイドが何者なのか分かった時のみんなの反応が楽しみだね」
「この有象無象の中で注目されて笑えるのは姉さんぐらいだろうな」
「魔物からの視線に比べたらこんなの可愛いものですよ」
歩き出した私達の後ろをリュオと数人の護衛が付いてくる。その先頭を歩くリュオも注目されているけど、寧ろリュオの方が私より涼しい顔をしている。
貴族が集まるような場所に連れて来たのは初めてなのに、まるで慣れているみたいだなぁ。
開け放たれた門から城内へ入ると、煌びやかなシャンデリアが目映く輝く。お城には子どもの時に何度も来た事があったけど、今日のお城はやはりいつもと違って飾り付けに気合いが入っているようだ。
玄関ホールには案内係の執事が数名おり、家名を聞いてから正装した係官に道を案内されていた。どうやら家の位によって待合室が違うようで、子爵家以下は長く続く廊下から先へ、侯爵家、公爵家は豪勢な絨毯が引かれた道の先へ案内されていた。
ほうほう、貴族社会は上下関係がはっきりしているとは聞いていたけど、こうも分かりやすいとはね。
分析していると、係の執事が私達に声を掛けてきた。
「本日の新しく生まるる社交界の花にご挨拶申し上げます。どちらの家門様でございますか?」
リュオが前に出る。本来なら総括執事のセバスチャンの役目なのだけど、セバスチャンは何故かリュオにこの役目を任せたいとパパにお願いしていた。それがすんなり許されるポジェライト家はポジェライト家という感じで実にポジェライトですねぐっじょぶ。
「こちらのお方はポジェライト家の御令嬢のウィズ・ポジェライト様です」
騒がしかった場が一瞬静かになり、視線を向けられながらひそひそと噂をされる。ポジェライト家の令嬢がどれ程注目されていたのか分かるね。
執事さんはにこやかに微笑み、恭しく頭を下げた。
「ようこそおいでくださいました。失礼ながら第二王子の秘宝と称されるお嬢様の隣にいらっしゃる方はどちらさまでしょうか?」
だ、第二王子の秘宝……。前にもそう呼ばれているらしいと聞いていたけど、一体どこからはじまった呼び名なんだろうね。
ハイドが何者なのかと聞くのもお仕事のうちなんだろう、セキュリティは万全ですね。
「こちらの方は──」
リュオが執事に耳打ちをした。すると、執事はハッと驚いた顔をしてから、ハイドの顔をマジマジと眺めた。
ハイドが何者なのか、と聞いてからハイドの容姿を見れば疑いようがないだろう。ハイドはパパと瓜二つなんだから。
「こ、これは大変失礼致しました。ポジェライト家の皆様は奥の螺旋階段から二階へお越し下さいませ」
案内されたのはまさかの螺旋階段からの二階だった。誰もそこへ案内されていないようだから間違い無く特別待遇されている。
上に行けばメティスはいるのかな?
「メティス様はどちらにいらっしゃいますか?」
「はい、メティス様は衣装合わせの為お時間を頂いていまして。いましばしお待ち頂くかと」
「そうでしたか」
私の質問にも朗らかに答えてくれた。あのメティスが当日に衣装合わせなんてする筈が無い……ハイドとの戦いで服が破れたと聞いていたからそのせいかもしれない。当の本人のハイドはしれっとした顔をしている。
大勢の招待客の皆さんの視線を背に受けながら、案内されるがまま螺旋階段を昇って二階へ向かった。
案内された部屋はかなり広々としていて、豪華な装飾品の数々で輝いていた。テーブルにはいつ用意したのか、クッキーやマフィン、そして、つやつやに輝くアップルパイがケーキスタンドに綺麗に並べられていた。
「お時間になるまでどうぞお休みください」
ソファーに座ると、王宮侍女の方々が紅茶を煎れてくれた。わぁ……アップルティーの良い香りがする。
「この指示はメティス様が?」
「はい、ウィズ様が待ち時間も緊張しないようにとお心遣いを賜っておりました」
「わぁ……」
やっぱりメティスだった。私の好きな食べ物で埋め尽くされたテーブルにほっこりする。こういうさりげない気遣いが凄く嬉しいな。
「アップルパイ食べてもいいかな~」
「紅茶だけにしたほうがいいんじゃないか」
「えっ、でも、でもアップルパイが私を食べてと呼んでいるんだよ!」
「姉さんはこれからダンスもあるだろう」
「私を誰だと思ってるんですか、運動なんて余裕ですよ!」
「コルセットも着けているのに今から腹を満たすわけにいかないだろう」
「これはちょっと邪魔だけど」
「じゃあ僕が食べておく」
「待ってハイド!! わ、わたしも食べたい! せめて後で食べるから全部は食べちゃだめーーっ!!」
ハイドの腕にしがみついて止める!! この子は甘い物吸引器で甘い物に関しては底なしに食べてしまうんだから!! それでなんでこんなに細いの凄いね?!
「いやはや、仲がよろしいんですね」
ノックの後部屋に入ってきたのは、アレスだった。柔らかな物腰と甘いマスク……とかで、今や社交界を賑わしている男性の一人。ミラー家は裏切り者の家門という事で虐げられていたけど、メティスがミラー家の領地を立て直し、更にはアレスがメティスの側近になった事もあって、随分と評判は回復していた。ゲームでのアレスは女性遊びが激しくて女性関係にだらしないというイメージがあったけど、現実のアレスはそんな噂もない。寧ろ、メティスの信頼を得た臣下という事で令嬢方に結婚を望まれる男性ランキングでいまや上位に君臨しているという。
「幸せが寄ってきてよかったねアレス」
「はは、突然なんの話ですか?」
アレスは私の目の前に跪くと、魔法で生み出した白いカサブランカの花束を差し出してきた。
「本日はおめでとうございます、目映い程に美しい貴女様へこちらはお祝いの花です」
「綺麗! でもなんでカサブランカなの?」
「花言葉が祝福と高貴という意味がありますので。社交界デビューするウィズ様にお祝いの気持ちを込めましてこちらを」
アレスはおどけるようにウィンクして笑う。
「ありがとうアレス! 部屋に飾らせてもらうね」
「喜んで頂けて嬉しいです。ああ、でもこの花は絶対に会場には持ち込まないでくださいね。メティス様に叱られますので」
「ふふっ、分かったよ」
お花を侍女さんに預かってもらい、アレスの後ろをじっと眺めた。
「どうしてアレスが挨拶に来てくれたの? メティスは?」
「メティス様に命じられてウィズ様の護衛と会場までの案内を。そして、最後に見たメティス様はラキシス殿下を転がしていましたね」
「こ、転がしてた?」
「いつものあれですよ、あはは」
アレスは手で合図をして、部屋に待機していた侍女と執事を下がらせた。残るはポジェライト家の者達のみとなる。
それを確認してから、ハイドへ深々と頭を下げた。
「ご帰還おめでとうございます、ハイドレンジア・ポジェライト様」
「……礼を言う。僕の事を知っているのか?」
「これでもメティス様の側近ですので、忙しくなるまえに是非一度ご挨拶を述べたかったのですよ」
アレスは楽しそうに笑いを堪えながら、ひそひそとハイドに告げた。
「メティス様の賭けに勝ったそうですね。お陰で本日のメティス様は予定が狂って、まあ忙しそうで、出たくも無い王家の挨拶にも顔をだす事になったりと大変愉快でして」
「僕のせいだと責めているのか?」
「いえいえ、ありがとうございますと声を大にして言いたくて」
アレス……相変わらずメティスにこき使われている事へのストレスが凄そうだね。アレスがここに居るという事は、ライアン様はメティスの所にいるのかな?
「じゃあメティスに会えるのは会場へ入場後かな?」
「ええ、王家からの挨拶を終えてからになるかと。ウィズ様とルティシア様、ウォード家のセレス様といった元勇者御一行のご息女様方は、この通り別室で待機の後に最後に名前を呼ばれながらの入場になりますよ」
社交界デビューをする令嬢達は男爵家から公爵家の順に名前を呼ばれて会場に入る。私達は最後に呼ばれるからそれまで待てという話だね。
最後に呼ばれるという事は、全員が揃ったうえで紹介したいという王家の意向だろう。勇者パーティの子ども達が揃い踏みの今年のデビュタントは注目度も高そうだ。
竜と会話出来るという類い希なる才能を持つ竜騎士ディオネ・ウォードの娘、セレス。
元聖女で今や女公爵でもあるクラリス・ロレーナの娘、ルティシア。
桁外れの魔法の才能を持つ世界最強クラスの魔法使いヴォルフ・ポジェライトの娘、ウィズ。
肩書きだけでもどえらい事になっている、でもこの注目度を利用して色んな人が寄ってくる筈だから会話をしながらさりげなく光の大精霊の情報を集めていく計画だ! 特にダンスでは一対一で踊って会話が周囲に漏れにくいから、心の中のウィズの面談後、光の大精霊の情報を持っていそうな選手権の優勝候補の人と踊って情報をいっぱい聞く! 体力なら自信があるから十曲は余裕でいける!
「でも、わざわざアレスが護衛に来てくれなくてもよかったのに、忙しいでしょう?」
「残念ながら、ウィズ様が考える護衛とはまた異なった上での護衛なのですよ」
「うん?」
「メティス様からの伝言です。王妃陛下に呼ばれても決して付いていかないように、と」
王妃陛下……つまり、メティスのお母様の事。私は実際にお会いした事はないけれど、そういえばエランド兄様との婚約を進めたがっているのは王妃陛下だったはず。
「ところでウィズ様」
「なあに?」
「ハイドレンジア様を止めなくてよろしいんですか?」
「はっ?!」
振り向けばハイドがもう八割がたのお菓子を食べてしまっていた!! 話に夢中で気がつかなかった! なんという早食い!!
「アップルパイだけは!! それだけは許してハイドーーっ!!」
半泣きになりながら一口だけでもとアップルパイを食べているウィズを横目に、ハイドレンジアの隣へ移動して、耳打ちをした。
「ハイドレンジア様」
「リュオ……?」
自分を助ける要因になった僕、そして幼少期に共に過ごした記憶のお陰か、他の人間達よりも僕の事を信用してくれている素振りに安堵する。流石に、ウィズとハイドレンジアに嫌われるのは辛いから。
「ウィズ様のエスコートを終えましたら少しお時間頂けませんか?」
「構わないが、急ぎの用事なのか?」
「ええ……このパーティが終わる前に伝えた方が良い気がして」
僕しか知らないだろうウィズの状態を思い返して渋い顔をする。
「ウィズ様の事で伝えなくてはいけない大切なお話があります」
強くなり、未来を変えた貴方ならきっと、ウィズの力になってくれる筈だから。




