115-3 修行の終わりと結末 ◆
気がつけば、姉さんの社交界デビューのエスコートをかけた第二王子メティスとの半年に一度の修行も残す事一度のみとなっていた。
過去に何度も挑んだが、憎らしい事にあいつが攻撃を一度でもくらった事は無かった。僕が強くなれば相手もまた強くなっている。同じ舞台に上れたと思えば、それよりも遙か高みに進んでいる。
僕が息を切らしながら挑んでいるというのに、奴はガードをする素振りもなく笑みを浮かべながら僕を手招きしてふざけている始末。
顔を思いだしただけでも苛立ちがつのる……なんであんな奴が姉さんの婚約者なんだ。
今日、最後の戦いがこのロレーナ邸の訓練場で行われる。
社交界デビューの日は半年後、つまり今日しか挑める日は残されていない。僕が第二王子に一撃も食らわせられなければ、姉さんの足枷になると判断されて姉さんが学園を卒業するまでポジェライト領から出てくるなと前々から言われていた。
なんとしても賭けに勝たなくては……勝って堂々と姉さんの隣に立ち、自分もポジェライトの一人だと胸を張って隣で支えたい。
魔道具の杖を片手に訓練場で体を慣らしていると、その後ろから声がした。
「何度聞いても笑えるんすけど」
ベンチの上に寝そべりながらニヤニヤと笑っているのは第三王子のラキシス。
あの雪山の合宿以来、コイツは呼んでもいないのに気がつけばロレーナ邸に勝手に出入りしては僕に絡んでくる。
「なあなあ、なんで俺が笑ってるのか聞いてー」
「消え失せろ」
「そうか聞いてくれるかー!」
全く人の話を聞かない。凍らせてやりたい衝動に駆られたが、これから第二王子との戦いを控えているのに、ここで魔力を無駄に使う訳にはいかない。
「ルティシアにブチギレプロポーズしたの草ァっ」
「……」
「いやー!もうお前のそういう所面白くて好きだわ〜! 腹抱えて笑ったわ」
ことあるごとにこの話を持ち出してくる。どこから漏れたんだ、いやあの時大勢の人間がいたからどこからでも漏れるか。
「逃げられたのはしゃーないとしてさぁ、正直な所どうなんだ?」
「なにが」
「お前は、ルティシアの事好きなのか?」
思い切りラキシスを睨み付けた。
「その話をするにも逃げ出したのはアイツだろう!」
「あー、それな。お前が探していたティアって子と同一人物だって認めないだけでなく、話し合う隙すら与えずに逃げたからなぁ」
ティアに話したい事がある。
僕の閉ざされた世界に光を灯して生きる希望になってくれた事への謝辞。
ルティシアに聞きたい事がある。
ゴウを操って僕に料理を食べさせていたのはお前なのかと。
それら全てが同じ人物から差し出されたものだと理解して、心がどうしようもない程に騒ぎ出した。
この苛立ちも、近くにいない事への焦燥感も、ただ顔が見たいと思う気持ちも、これを恋と呼ばないなら他の感情を僕は知らない。
「ルティシアはお前の事を推しって呼んでたよな」
「だからその推しとはなんなんだ」
「うーん? 自分にとって崇拝する神様みたいな存在ってかんじ?」
ラキシスはベンチの上で寝返りをうつ。
「神格化された存在が恋愛感情に変わるのって中々難しいだろうな」
「……」
「ま、とりあえずは逃げられないようにするの頑張れよ」
ティアは時間と距離を空ければ僕の追求が止むと考えているんだろう。嫌なら嫌だと、嫌いなら嫌いと突き放せばよかったのに。何も主張せずに逃げるのなら、どこまでも追い掛けるという執着心をアイツは知らない。
「あとさ、メティスとのバトルあと一ヶ月位遅らせる事できんの?」
「出来る訳ないだろう、向こうは只でさえ忙しい第二王子だぞ、お前と違って」
「俺にみたいに公務もせずに面倒くさいのきらーいって、だらだらと遊んで過ごしている駄目野郎と違って、メティスお兄様は忙しいけども!!」
ラキシスはベンチから飛び起きてわざとらしく頬を膨らませた。
「お前にやるって言ってた武器の完成が一ヶ月後なんだよ!」
「必要ない」
「なんでそういう事いうかな?! お前が協力的だったらもっともっと早く出来たんだぞーーっ?!」
両手足をジタバタと動かしてごねだした。
別に作ってくれとはこっちから頼んでいない。それに、本当に適した武器が作れるのか信用していない。
その時、屋敷の使用人が僕の方へ近づいてきた。
「ハイドレンジア様、メティス様がいらっしゃいました」
「わかった、通してくれ」
「えっ! マジでこのまま戦うのか?」
使用人は一礼してから第二王子を呼びに屋敷内に戻っていく。慌てた様子のラキシスに視線だけ向ける。
「だってお前……メティスに負けちゃったら暫くの間、領地から出られないんだろ? ウィズとも社交界デビューの日にすれ違いになるんだろ?」
姉さんは社交界デビューをしたら王都の屋敷に留まる事になっている。そして僕は修行を終えてポジェライト領へ戻る事になる。負ければ守るどころの話ではない、会うことすらままならなくなる。
「賭けに勝てばいいだけの話だ」
「いやいや、あのメティスに今のままで勝てると思ってるのかよ。お前の行動パターン全てアイツは計算済みだぞ?」
ラキシスは深刻そうに顔を歪めた。
「お前、このままじゃ絶対負けるぞ」
「……勝ってみせる」
そうこうしている内に、第二王子がこの場に姿を現した。後ろに控えているのは、セイと名乗る甲冑の騎士だ。
「やあ、泣いても笑っても今日で最後だね。少しは僕を楽しませてくれるように成長したのかな?」
無言で睨み付けると、第二王子はほくそ笑んだ。
「ウィズを守る力たりうる者なのかは、戦ってみれば分かるよね」
第二王子が指を弾くと空に巨大な水の龍が現れた。
一撃でもくらわせば僕の勝ちだ、ただ一度でいいんだ。
数年に渡る修行の成果を発揮するべく、僕は杖を構えた。
◇◇◇
「ウィズ様――っ? ウィズお嬢様こちらにいらっしゃいますかー?」
私を呼ぶ声に反応して、花畑に寝転んでいた体を起こして手を振った。
「ここにいるよリュオ~!」
「ウィズ様! 社交界デビューの準備期間は体に少しでも傷を付けられないんですから屋敷から出ないようにと言われているじゃないですか!」
「やだー! 二人の時は敬語は嫌だって何度も言ったのに!」
リュオ君は、もうすっかりと板に付いたポジェライト家の執事の服を正して、仕方ないと溜息をついた。
「ウィズに怪我をされたら専属執事の俺が怒られるんだけど!」
「えへへ、大丈夫! ここお屋敷から近いし」
「そういう問題じゃないでしょ、魔物が現れたらどうするのさ」
「え? とりあえず急所の目玉を狙って先制攻撃をしかけ……」
「倒し方を聞いてる訳じゃないんだよ怖いな!!」
絶対大丈夫って自身があるのにリュオも心配性だなぁ。このお気に入りのドレスの下には武器やらが沢山仕込んでありますからね! 令嬢のドレスの中は夢がいっぱいだよ!
「だってこの花畑が好きなんだもん~、狂い咲きするのが不思議でね」
この世界にも四季は存在する。ポジェライト領の冬は厳しいけれど、春には雪が溶けるし、夏はちゃんと暑い。それによって咲く花も違うけど、ここの花畑だけはいつ、どんな花が咲くか分からないのだ。現に今も季節外れの向日葵が咲いている。この土地には精霊の加護があるとか、そんな噂を聞くけど、実際の所どうなのかは分からない。
「とにかく早く戻って。ソフィア様達がウィズにオイルマッサージしたいんだってさ」
「今日もするんだね、あれすごく気持ちよくてすぐ寝ちゃうんだよ~」
社交界デビューの日は数日後。私の周りはとても慌ただしくなってきていた。
ハイドは十二歳になったし、メティスは十五歳で、エランド兄様は十七歳になった。皆、どんどんゲーム開始時に近づいて成長してきている。
そして私も、今年で十四歳になった。
「王都に戻るのも久しぶりだね!」




