102 第二王子からの伝令(ルティシア視点)
「ご招待ありがとうございますルティシア様!」
両手を合わせてそれはそれは可愛らしい少女の笑顔で微笑むミラー家のアリア。
私よりも小さな少女で、少し前までは精神的ショックにより声が出なかったというが、現在はすっかり完治したらしい。
アリアは私に懐いているという設定で、私に可愛らしい~笑顔で駆け寄ってきたアリアを私も笑顔で迎え入れながら、内心鳥肌が止まらなかった。
「今日はお庭でお話しましょうかアリア」
「はい! 嬉しいですルティシア様!」
自分に懐いてくれる花も恥じらう可愛らしい少女……これが本当だったらどれ程嬉しかったか。
そんな私達二人を微笑ましいという目で見守る使用人とアリアの護衛に、ここから先は二人で話したいから向こうで控えていてと伝え、アリアと二人でロレーナ家の庭の白い木で作られた横長のブランコの元へと向かう。
ブランコの前に置かれたテーブルの上にはマカロンやケーキにクッキーという可愛らしいお菓子が揃っている、本物のアリアなら好きなんだろうけど、今私の隣にいるアリアは多分あまり好きな食べ物じゃないと思うなぁ。
「とりあえずこの場所だと人目はないと思うわ」
「えっ、でも私今日はこのままルティシア様とお話しても問題ないですよ!」
「私が怖いのよアレス!!」
お願いだからその姿は止めて! と叫ぶと、アリアは目をぱちくりと瞬いてから、深く息を吐いた。
「我が家の可愛らしい姫君の姿に怖いとは随分と失礼だねぇ」
「アリアが怖い訳ないじゃない! アリアの姿を借りてアリアになりきってぶりぶりしているアレスが怖いのーっ!」
そう、アレスは私と二人で会う時は必ずアリアの姿に変身してロレーナ家に訪ねてくる。私達が揃う時は他の人に聞かれちゃまずい話ばかりだし、ならばと人目が無い所で二人でこっそりと会いでもしたら周囲から密会かと誤解されてしまう。
という理由で、アレスは妹のアリアの姿で私に会いにくる。認識が誤認できるとかいう花魔法凄いなぁ。
アリアに扮したアレスが指をパチンと弾くと、アリアの姿は花びらに包まれてあっという間にその姿をアレスに変えた。
「改めてお久しぶりです、ルティシア嬢」
「うあ~っ、今日はどんな用件ですかーっ」
「おや、貴族社会では流石はクラリス様の娘だと絶賛が飛び交う貴女とは思えないだらけっぷりですね」
「その噂の半分以上はメティス様が偽造してるからね!」
そりゃあ私も頑張ってるけどっ、メティス様は私の噂を社交界の花になる存在だと跳ね上げておいて、諜報活動がしやすい人物に仕立て上げている。お陰でこっちは社交界デビュー前からクソデカハードルが立ちふさがっていて胃が痛い。
アレスはからからと笑いながら私が座るブランコの隣に腰掛けた。
「最近のメティス様には気をつけた方がいいよ」
「えっ、まさか魔王覚醒の予兆が?」
「凄く善行をしてくる」
「へ?」
「裏切りの一族と呼ばれるミラー家の後ろ盾になっただけじゃなく、荒れ果てた我が領地に手を加えメキメキと急成長させてるんだ」
それは……そう、第一目標としてメティス様はウィズと物理的距離を埋める為に、ついでにレアンニールの開拓に着手していた。それがアレスの領地なんだけど、治安が悪い地域だったのにここ最近は警邏隊も出来たし、物流も潤ってきたとか。
「アレス的には喜ばしい事よね?」
「正直……メティス様に土下座して泣きながら感謝を伝えなくてはいけないレベルで助かっている」
「だよね」
「だから凄く困ってる」
「なんで?」
喜ばしい事の連続なのになんで困るんだろう?
アレスは真顔になって手を組み、小刻みに震えだした。
「あの人が全て善意で良い行いをする筈がないじゃないか」
「悲しき理解者ね」
「絶対に後でこの恩を返せという莫大かつ面倒な仕事を俺に押しつけてくるに決まってる! 特大な恩があるから断れないやつだ、くそ!」
普段の真意を隠して笑顔の面を被ってるアレスの心が乱れている。それぐらいにメティス様の行いはありがたく、厄介なものなんだね。
「あの人にはずーっと嫌な人でいて欲しかったな」
「え? なんで?」
「王家の人間は心底嫌っていたかったからね」
アレスは溜息をついて、何事もなかったというように話し出した。
「今日も無理そう?」
「うーんっ、アイビーいるかしら?」
……無反応。何も聞こえなかった事を首を振って伝える。
「ウィズ嬢とルティシア嬢に同じ闇の大精霊が加護を与えている。それについて調べておくようにメティス様に言われたけど、最近あまり顔を出さないね?」
「私がもっと小さい時は頻繁に話も出来たのよ! でも、最近は全く応えてくれないの」
眠っているのか、あえて応えてくれないのか分からない。ウィズちゃんの方もそうみたいだけど、ウィズちゃん曰くアイビーの存在がメティス様にばれてしまった辺りから姿を現さなくなったそう。
「アイビーと次にコンタクトを取れたら伝えるわね」
「お願いするよ、大精霊は寿命は存在しないぶん時間感覚がおかしいから数年姿を見せないとか普通にあるから」
続いて、というようにアレスは私に書類を手渡した。
「これは?」
「貴女がやんちゃしていた頃に」
話の途中だけど嫌な顔をしてしまった。
やんちゃしていた頃というのは、前世の記憶が戻って自分が悪役令嬢だと知り、この世界に適応する為にあえて悪役令嬢たる振る舞いをしていた頃の事だ。
最初は悪役令嬢になりきって、自分の役割をこなせばこの世界に居場所が出来て、御父様と御母様にも認めて貰えるって、本当の子どもになれるって信じて疑わなかった。転生してきたという事実に自分なりに藻掻いていた頃の事。
あの頃の私はゲームのルティシアロレーナそのもので、悪女だった。
気に入らない使用人はいびり倒してクビにしたし、私を馬鹿にする子ども貴族には手をあげた。舐められないように高級なドレスに宝石を身につけて、自分の発言を通す為にいつも怒っていた。
高潔な悪女であれと笑う事も無くなり、内心ではまた親に捨てられる事を恐れて虚勢を張っていた。
そんな間違いだらけの私の心を救ってくれたのは、レンジアちゃんだったのだけど。
「聞いてる?」
「え、ええ、なんだったかしら?」
「だから、その時のお茶会の主催者のギムソン家のジャクリーヌ嬢のお家が少々臭くてね。
その封筒に詳細とお茶会の招待状が入ってるから、潜入調査をしてきて……ってメティス様からの命令です」
「ああああ~~ついにきた~~」
脳内で「行け」と暗黒笑顔で問答無用に命令を下す我が主君の姿が目に浮かぶぅ~~!
「詳しい指示は今渡したそれに入っているから、頼んだよ」
「はぁ~~っ、部屋にこもって漫画読んだりアニメ見たりしてのんびりしたい~っ」
「誰もが羨む程に磨き上げた己をしまい込んでおくのは勿体ないよ、ルティシア嬢の輝きを存分に見せて頑張ってきて」
アレスにぺちぺちと額を叩かれて、微笑まれる。
流石妹がいる兄、年下の扱い方が上手いよぉ、嬉しくて頑張ろうってなっちゃうもの。
「……私を誰だと思っておりますの、ロレーナ家のルティシアですのよ?」
私は高潔な悪役令嬢、ルティシア。そして、どきるんのゲームを何百時間もプレイをして、更にはその開発者の兄を持つ。
誰にも暴けない仮面をつけて演じてみせるわ。
「下品な貴族へ教育をしてあげるわ、ありがたく思いなさい」
目を釣り上げ、笑みを消して威圧すれば、アレスは満足げに笑った。
「その調子で頑張ってね。あと、そうだな、一つ気をつけるようにとメティス様から伝言だよ」
「何を?」
「愚弟がだらだらと遊びほうけているから、そのお茶会の存在を知ったら招待もされていないのに行って迷惑をかけるかもって」
「愚弟って……」
この国の王子は三人いる。次期国王としての頭角を既に見せて居るハイスペック王太子のエランド様。頭脳明晰で桁外れの魔力を持つメティス様。そして、噂がすこぶる悪い第三王子のラキシス様。
「ラキシス殿下、最近は貴族の家々を巡って遊び歩いては周囲に迷惑をかけているそうだよ」
あの完璧な王族の中でラキシス殿下だけが異質な存在ね。
【メティスがウィズに甘えている】
「メティスは膝枕が好きだねぇ」
「最近疲れててね、ウィズに癒やされたくて」
「何かあったの?」
「愚弟が本当に言葉の通りに愚かで馬鹿で使えなくて使えなくて」
「ら、ラキシス殿下の事かな? 確かにゲームでもあまりいい印象はないキャラだったけど。でもねメティス! 家族の愛情があればラキシス殿下も将来は変わってくれると思うんだよ! 仲良し家族計画を諦めちゃだめだよ!」
「ウィズが前からそういうからさ……僕的にも見捨てないように構っているんだよ?」
「うんうん! どんな風に?」
「椅子にしたり」
「まだ椅子にしてた!! もうやめてあげて! ちゃんと弟として可愛がってあげて! ぎゅってしてあげるとか! いっぱいお話をするとか!」
「ふぅん……なるほどね」
「なんでそんな悪そうな顔をしているの?」
「わかったよウィズ、ラキシスをぎゅっとして、たくさん話をすればいいんだね」
「そう! そうだよ! そうしたら家族愛に飢えているラキシス殿下もメティスを信頼するようになって、仲良しになれて死亡フラグも消えちゃうよ!」
「丁度ルティシア嬢にテストをさせた所だから、どう動くか見守ってみるね。
また馬鹿な事をしでかしたら、ぎゅっとしておくよ」
「ん?」
「それよりお疲れの僕の頭を撫でてほしいなウィズ」
「いいよ~メティスお疲れ様~、いいこいいこ~」
「ふふっ」
「ラキシス殿下へのぎゅっが不慣れなら、今私で練習してもいいよ!」
「え? ウィズにそんな怖ろしい事できないよ」
「待ってラキシス殿下にどんなぎゅっをするつもりなの?!」




