99-2 空間転移の魔法(メティス視点)
ウィズとリュオが和やかに会話している姿を背に、一旦エランド兄上と部屋を出た。
「話があるらしいが、別室に移すか?」
「長話の予定はないのでここで」
周囲に人の気配が無い事を確認してから口を開いた。
「空間転移魔法について、兄上はどうお考えですか?」
「概ねお前と同じ事を考えていると思うが、リュオを気に入っているウィズの前ではあまり出来ない話だな」
兄上は腕を組んで壁にもたれ掛かった。
「俺の知る範囲では、過去に空間移動可能だった者達は素性が知れぬ者ばかりだったと。高い魔力を有している故に貴族だと考えられるのだが、いくら探してもどの家紋にも当てはまらない」
やはり僕が知る知識と同じだ。そして、その情報はリュオにも当てはまる。
突然現れた身元不明の空間移動の魔法が使える者。しかし、言語の訛りや食文化等、この国に適応している面が多いことから別国の人間だという可能性は低い。
文献に残されている情報では、とある者は初めて出会った同年代の者の事を母と呼び、とある者は幼い子どもを友の仇だと言って襲おうとした事もあるらしい。
皆総じて頭がおかしい者が多いのだとか。
といっても、リュオと比べるにしても症例があまりにも少ない、2、3件しか過去に無い情報が偶然同じだったという事も考えられるだろうし。
「それに、空間移動魔法はどの属性魔法になるのでしょうね」
「それは俺も考えていた、空間と自然界のものを結びつける属性魔法があると思えないが……強いて言うなら一番近いものは」
「闇属性、でしょうね」
ウィズが加護を受けた魔力属性。五行の魔力属性には属さず、未だ謎に包まれた新たに見つかった魔力。
ウィズの話によると力の中に、時を止めたり僅かながら巻き戻す事が出来る魔法があるらしい。どれかと言われたら、闇属性魔法が一番空間魔法の属性に適している気がするのだが。
何故かしっくりと来ない、見逃している気がするのは文献に記された発見時期、空間魔法は少なくとも過去に事例があったのに対し、闇属性魔法はウィズしか確認されていない魔法であるから。
同じ時期に見つかるなら納得も出来るのだが、何故今になって闇属性魔法が発見されたのだろう? それも、よりにもよってウィズの元で。
「そもそも闇属性魔法とは一体なんなのでしょう」
「闇と聞けば対として出てくるのは光だろう、それなら心辺りのある大精霊もいる」
「光の大精霊ですか」
「そうだ、父上とクラリス公爵に加護を授けた事があるが、魔王討伐後にはその契約は破棄され、光の大精霊の居場所は俺達では知り得ない。父上なら知っているかもしれないが、それを易々と教えてくれるとも思えない。父上は光の大精霊の話はあまり語りたがらないからな」
「そうですね」
光の大精霊に会うことが出来れば闇の大精霊について何か聞けるかもしれないと過去に何度も考えたのだが。そもそも光の大精霊に会う方法がない。
光の大精霊は魔王が復活した際に勇者と聖女を見いだし、その人間に力を貸す時にだけ人間の前に現れると言われている存在なのだから。
気づかれない程度に兄上の横顔を眺める。
ウィズ曰く、兄上が次代の勇者となり聖女フィローラと共に魔王である僕を討ち滅ぼす事になるらしいが。僕が魔王に覚醒する事で光の大精霊に接触も出来そうであるが、その場合穏便に話し合いなど不可能だろう、向こうは魔王の消滅を望んでいるようだし。
どんな策を講じようとも、魔王の生まれ変わりである僕が光の大精霊に会おうとするのは悪手となりそうだ。
「兄上はいつか光の大精霊に会える立場にあると思いますので、もし会えた時はこの事を聞いておいてくださいね」
「無論だが、それは魔王が復活した場合の話だろう? 父上の世代で魔王が現れたのなら俺が生きている間に魔王が甦る可能性は低いと思うが」
貴方の目の前にいるのが魔王ですよ、と心の中で呟きつつ笑顔で流した。
「どのみち、光の大精霊について調べる事はこの国の国王の素性を調べる事と直結してしまいますからね。それは今の我々には出来ぬ事です」
「そうだな、他にも調べなくてはならない優先事項も多い。リュオはポジェライト家を気に入っているようであるし、この家に囲われているうちは放置しても構わないだろう。まあそれも俺達が黙っていればの話だが」
「ウィズの望みなら誰にも言いませんよ」
「今はいいが、将来的には嗅ぎつけてくるだろうが」
誰に? とは聞かなかった。その人物が誰なのか想像に容易いから。
そして、僕はその人物に城に戻れと言われている話を思いだした。僕が長らくここに滞在する理由を潰そうとしては、兄上とウィズの婚約をまだ諦めていない人物、この国の王妃だ。
ウィズがいる部屋の扉を少しだけ開けて、中で談笑するウィズの笑顔を眺めた。
「兄上、王都へ戻るという話ですが」
「ああ、俺は明日発つ予定だが、お前も共に……」
「僕は戻りません」
「なんだと」
驚きの声が兄上から漏れる。改めて兄上に向き合いハッキリと告げた。
「戻りません、それに対し王妃が激高し兵を派遣して無理矢理僕を連れ戻そうとしても、こちらはこちらの駒を使って撃退させて頂きます」
「お前にも第二王子という立場がある、いくら領地経営の仕事をしているからと言って、王妃からの召還命令を無視をするなど」
「今回の事件で、危うくウィズは誘拐される所でした」
それも、よくて誘拐。最悪の場合ブラッド率いる暗殺者達に命を奪われかねなかった。
その愚かな事実に、行方を眩ませたブラッドを探させるよりも手っ取り早く大陸を焼き放ちブラッド共々皆殺しにしてやりたいという殺意を堪えるのに必死だ。
今日も昨日も、笑顔を取り繕ってはいるけれど、心の中にくすぶる怒りの渦は身を潜めていない。
けれど、ウィズはそれを望まない。そんな事をしたら悲しむと分かっているから堪えているに過ぎない。
「ポジェライト領なら安全だという事はもう無くなりました。王都よりは命を狙われにくいかもしれませんが、それでも確実にウィズを狙う愚か者はいます」
「ウィズの身に危険があった事で今後はポジェライト家も警護を強める筈だ、同じ事は二度と」
「僕は信用していません、ポジェライトの者達の殆どがウィズに好意的で、騎士達は命をかけて守る存在だと認識している事は知っています。
けど、その中に一人でも四六時中ウィズの事を考えて常にウィズの為に生きている者がいるかと言えばそうではない。その当然だとされる行動がウィズの危険を一パーセントでも上げるというのなら僕は信用できない」
それに近しい者達はいる。けれど、どれもこれも力不足だ。ウィズが自分の身は自分で守った方が早いなど論外。ウィズのガーディアンとして育てあげるにも時間が掛かる。
「僕が唯一無二で大切だと思えるのはウィズです。国民よりも、国よりもウィズが愛おしい。その存在が危険に晒されているというのに戻る事はありません」
「メティス……」
「王妃の動向が怪しいというのなら、丁度良い監視役がいるのでそれに王妃を監視してもらいます。それならいいでしょう?」
僕の怪しい笑みに兄上は青ざめた。
「お前まさか、母上の監視に水の大精霊殿を使う訳じゃないだろうな?」
「王妃は大精霊は見えませんから、丁度良いのでは? 王妃を愛して止まない父上には見えていますからね、そこはバレないようにしますよ」
「だがメティス……それも後々に勘の良い母上にはバレる事だ。あの人なら自分の目には見えぬ監視がいたとしても、それをかいくぐって何かしてくるかもしれないぞ」
「監視は大精霊に、王妃の不穏な動きの対処には僕の部下を使うので問題ありません」
「それでも城へ戻れと言ったらどうする?」
「そうですね、その時は……」
その時、後方の扉が力なく音を立てて開き、その先にはウィズが驚きに染まった顔で立っていた。




