98-3 格の違い(エランド視点)
「ヨレイド国の王子達が何故っ?!」
アルヴィンはレグルス王子を風で捕まえて微笑んでいるだけだ。
我ヴァンブル王国とヨレイド王国は仲がいいとは言えない。魔王大戦で世界中が崩壊の危機に陥った事から停戦状態にはなっているが、その前は領土を奪い合い戦っていたそうだ。父上の代になってからは大人しいものだが、なんの前触れもなく王子自らこの国に来るとはどういう了見だ。
「国関係の用事で来た訳じゃないから安心してよ」
「信じがたいな、ヨレイド国の第二王子がポジェライト家の令嬢を連れ去ろうとしていたというのに、その言葉を信じろと?」
「歴史上ではヨレイド国とポジェライト家は仲が悪いからね。国王があの領土だけは一度も手に入れられた事がないとぼやいていたのを聞いたなぁ」
アルヴィンは人ごとのように呟き、身動きが取れないレグルスの頭を撫でた。
「ただ本当に、純粋に、レグルスはウィズを探していただけだから。レグルスの初恋なんだって」
「はつ、こい……」
「ばっ?!」
レグルスは青いんだか、赤いんだかよく分からない顔色になってアルヴィンを睨み付ける。
「自分でウィズの居場所を突き止めたいって話だったじゃないか。どこの令嬢なのか知るだけにしなよって、会えたら帰るように言ったのに、連れ去ろうなんて考えるなんてさ。やっぱり暴走した」
「うるせぇな! お前の指図なんて受けるかよ!」
「指図じゃないよ、レグルスはまだまだ子どもだなぁって話だよ」
「ハァッ?!」
双子のお前も子どもだろうと思いながらも、妙に落ち着いた物言いに違和感を覚える。
「会いたい側に居たいという気持ち以外にちゃんと考えた? 今のレグルスにはウィズに取って何が用意出来るっていうの?」
「用意ってっ」
「連れ去ってどこに閉じ込めるつもり? ヨレイド城なんて無理だよね、俺でさえあんな扱いなのに。ウィズの為に屋敷を購入したりでもしたの? 使用人は? 食べ物は? ウィズが不自由しないだけの設備についてちゃんと考えたの?」
怖ろしい事をさも当然のように語る。結局のところウィズを攫って捕らえるという前提の狂った話だ。
「ウィズがその環境に慣れてくれるならいいけど、なんの計画もなく劣悪な環境しか与えられないでウィズを弱らせるっていうんなら……」
アルヴィンはレグルスの顔を覗き込み笑みを消す。
「許さない」
レグルスは言葉も返せずに息を呑んだ。
怒っている訳ではない、だというのに刃向かえない威圧を放っている。
「だから、お前が成人して塔から出られるようになるまで待った方がいい。何も持たないお前じゃあウィズを不幸にしか出来ないだろ?
ウィズがどこの令嬢なのか知れただけで大きな成果なんじゃないか?」
「うるっせぇな……!」
「大人に成長したら頭も冷えて正常な考えも浮かぶんじゃない? 今のお前は行動全てがだだをこねる子どもだから」
アルヴィンは風でレグルスを縛ったまま、俺に向かって手を振った。
「という事で俺はレグルスを迎えに来ただけだから。俺達はこれで帰るよ」
「はいそうですかと逃がすと思うのか」
「ううん」
アルヴィンは緊張感のない笑顔を浮かべた。
「赤目の君相手じゃ無理かな?」
「それはこの国の王太子への侮辱として取っていいんだな」
「え? 褒め言葉で言ったつもりだよ? だってその色は王に認められた真実の……」
突然、アルヴィンはぐっと喉を詰まらせ、口元に手を当てた。
「ゲホッ」
咳と共に吐き出された鮮血に驚く。口を押さえる指の先から血が溢れ出たのだ。
その光景に驚いたのは俺だけではなく、レグルスも何事だと目を見開いている。
アルヴィン王子は病気持ちだと聞いた事はない、伏せているのか、もしくは突然こうなったのか。
「これも言っちゃ駄目か……仕方が無い」
アルヴィンは口元から垂れる血を拭い息をつく。
「どうせあと数年の辛抱だ」
アルヴィンを凝視しているレグルスに笑いかけ、頭を撫でる。
「大丈夫だよ、死ぬ訳じゃないから」
「んな事気にしてねぇよ!」
「そうなの? レグルスの反抗期って大人になったら収まる?」
「うるせぇな殺すぞッ」
「怖いなぁ」
二人戯れながらも、俺が剣に手を掛けた気配をアルヴィンは見逃さなかった。
「戦うのはやめないか? 君には今勝てる気がしないんだよ」
「ウィズを危険に晒した者を逃がすつもりはない。ヴァンブル王国としてもヨレイド国へ正式に抗議するつもりだ」
「じゃあこういう事にしよう、暗殺者に攫われてしまったウィズをレグルスが助けた。嘘は言ってないよ」
「馬鹿なッ」
「攫われた姿を見たというだけで証拠もないのに無駄だよ。
だってレグルスには本来自由はなく、今頃塔の中で軟禁されているんだから。こんな場所に居たと言っても誰も信じない。
それに、ウィズならレグルスには攫われていないと話を合わせてくれそうだ」
チリッと頭の中で火花が散る。ふざけた言葉の数々にもう構う必要はないと剣を抜こうとした時、アルヴィンが「しかし」と言葉を続けた。
「エランド王、お前はこんな戯れ言では納得しないんだろう」
俺を通り越して遠くを見る瞳で先を見つめ、アルヴィンは薄く笑う。
「大勢の人間に慕われ信頼され、己もまた人を愛した王。情に厚いが愚かではない、時には非情な判断を下す事もやむを得ず、誰よりも国を愛す者」
フッと息を吐いて哀れにと俺を見つめる。
「愛した者よりも国を守る王であり続ける。故に、愛した者に望まれない限りお前は国と共にある」
「何を言っている」
「お前は愛する者よりも、最後には必ず国を選ぶ王だ。一人に縋らない、国に住む民の全てをその背に抱えているのだから。
お前の本質は王となりうる者のそれ、長きに渡り血族で連なっただけの今の王家の者達とは格が違う」
アルヴィンは俺を指さし、静かに責め立てる。
「だからこそ、前世のお前では聖女を守れなかった」
「前世……?」
静かに、段々と早く大きく鳴っていく心音。身に覚えのない話だ、前世など絵空事の話だ馬鹿げている。そう心の中で呆れているのに、本能ではそれを否定出来ない。
最近よく見る夢がある。
夢の中の俺は自分に嫌悪して後悔して懺悔して酷く悲しんでいた。それでも国を守る為に進軍を止められなかった。
本音を言えば戦いたく無かった、しかし戦わねば今以上に大勢の人間が死に、この地は終焉を迎える。
戦っていた相手は銀の髪に赤い瞳の……裏切った俺の友。
「ぐっ?!」
鈍器で殴られたかのような酷い頭痛が襲う。世界が回っているように見えて、立っているのがやっとだった。
「今日の所は帰るよ、また会おうエランド王子」
「待てッ、お前はなにを知っているっ」
「壁画」
去る歩みを止めずにアルヴィンは最後に言葉を残した。
「ドワーフのドドブル鉱山地下にある古代の壁画を調べて、君を呼ぶ声が聞こえたなら……君の知りたい真実に近づけるかもね?」
「待て!!」
ビュウッと風を巻き上げて、アルヴィンとレグルスは姿を消した。
「古代の壁画……?」
握り絞めたロタの剣が僅かに脈打った。
◇◇◇
アルヴィンの理解不能で理解不能な発言は今に始まった事じゃねぇ。最初からコイツはこうだった。
エランド王子との会話も俺には全く理解出来なかった。それどころが頭がおかしくなったんじゃねぇのかと引くほどだ。
「なんでまた俺を助けた」
アルヴィンに帰りの馬車に押し込まれた所で口を開いた。アルヴィンはどうということは無いと言うように普段と変わらぬ様子だ。
「前にも言った気がするけど、お前が死の運命を越えたからだね」
「死ななかったからなんだっつーんだ」
「それだけじゃないな、後悔した魂の周りには前世に同じく後悔した未練を残したものが集まるものだけど……お前は前世には居なかったからなぁ」
アルヴィンは馬車の椅子に座り腕を組んで笑む。
「それなのに奥深くまでくい込んできている。関係ない筈なのに、無関係なのに、お前には完全にイレギュラーでその存在に奇跡を感じる」
「ああ?」
「分からなくてもいいんだ、俺が勝手に期待してるだけだから」
アルヴィンは馬車の中からその景色を眺めた。何かを懐かしむような遠い眼差しで。
「運命を破壊する為に足掻いているなぁ……」
それは誰の事で、またなんの妄想に浸っているのか興味は無かった。
俺が気になるのは寧ろウィズを助けに来たヴァンブル王国の王子二人。ウィズの婚約者だというメティスと、王太子とエランド。
アルヴィンは妄想話の中でエランド王子に対して格の違いを語っていたが、その言葉が奴に攻撃を与える事も叶わずに負けた自分へも向けられた気がした。
「格の違い」
気に入らない。
アルヴィンとはもう会話をする事は無く、ウィズを手に入れる為に立ちはだかる邪魔な壁へ怒りを募らせた。




