91-1 推しとは命懸けの尊い存在である(メティス視点)
「ひとまずはこれ位で良いかな」
レアンニール復興計画書へ、指示を書いて封筒へまとめて入れた。
何をするにも、まず横との繋がりが全くないせいで物資は滞っているし、何より警備隊が少なすぎる。町に流れ着いた資格もない自称傭兵が領民から高額徴収して、町を襲う魔物を狩っていたようだ。
国に認可されていない傭兵は派遣出来る場所も限られているのに、こいつらは勝手に国境沿いの荒野に入り浸っていたようだった。
まずそれが邪魔だからとグランデン家と繋がりがあるダングスト子爵家に国公認の兵達を派遣するように要請した。これでレアンニールの治安もマシになっていくだろう。
レアンニールの発展にはまず土台から整え直して、そこから住む者達のミラー家への不満を少しずつ解消していくしかない。それも国の第二王子の管轄下で、ミラー家が名指しで僕に選ばれたとなれば説得もしやすくなるだろう。
このレアンニールは国境付近にあり、更には魔王大戦時に大きな被害を被った一帯でもあるから、当然のことながら魔物が多い。
前国王に見捨てられた領地だと言われ、領主が戦争で死んでから町は荒れる一方。後見にミラー家が領主となったけれど、国の裏切り者と呼ばれる家紋では誰もが疎み疑うだけで信用なんてしなかった。
この領地が荒れたのはミラー家のせいではない、けれど最初から罪人と呼ばれたミラー家では誰もついてなどいかない。
まずこの領民の意識から変えていけば良い、人というのはどん底に陥っている時程、自分に手を差し伸べてくる相手へ心を開きやすいのだから。
復興への舞台は僕が整えよう、けれどその先領地を更に発展させてミラー家の汚名をそそげるかは、アレス次第だろう。
まあ、彼なら汚名をそそぐ事は望まなさそうだけど……家族の為なら表向きは動くかな?
僕もレアンニールを利用させてもらう分の働きぐらいはしてあげよう。復興計画がひとまず完了するまで四年の予定だし。
四年というのは、ウィズが社交界デビューするまでの年月と同じ。
僕が本気をだせば一年も経たずに終わるのだけど、それだと僕は王都に戻らなくちゃいけないからね。ピアルーンの隣町であるレアンニールにいるには、それなりの理由が必要だから、ゆっくり……ゆっくり復興計画を実行していくつもりだ。
「それまでは王都と行ったり来たりにもなるだろうけど、ウィズの為に周囲の状況を整えるには丁度良いかな」
ライアンとアレスは指示を出せばすぐに動かせるレベルだからいいけど、ルティシア嬢はまだまだ育てなくちゃいけないからね。
僕が彼女に求めていることは、悪女として振る舞い都合の良い情報操作をする事、そして貴族社会での諜報活動だから。
「ミラー家と、ロレーナ家の跡継ぎ達が第二王子の側近だなんて、馬鹿共が騒ぎ出しそうで笑っちゃうね」
机に頬杖をついて、馬鹿にするように笑う。
英雄達の中でもロレーナ家はまだ温厚な方だけど、自分達英雄を裏切ったミラー家と手を組んでいるという、有り得ない状況になっている。
僕の事を益々邪魔に思う輩が湧いてくるだろうな……それもまた計画通りだけれど。
「さて、仕事はこの辺にしておくとしよう」
早めにこなしすぎても終わってしまうからね、四年かけてやらないと。それに基盤が整ったらヴォルフにポジェライト邸から出てレアンニールに移れと言われそうだから、ウィズと少しでも長く一緒にいる為にも最初のうちは本当にゆっくりとやろう。
「ウィズは昨夜、ルティシア嬢と女子会とやらをしたんだっけ?」
夜遅くまで色んな話をするんだと嬉しそうに笑っていたっけ。僕だってウィズと星空でも眺めながら語り明かしたかったのに、想像していたよりも二人が仲良くなっている気がする。あとでルティシア嬢を牽制しておくとしよう。
ウィズに会いにいくとしようと椅子から立ち上がり部屋を出ようとした所で、廊下から何かがものすごい勢いで走ってくる足音が聞こえてきた。
「……ウィズかな?」
足が地面につく音の癖と、足音から察する歩幅でウィズだろうと確信して、扉の前で軽く腕を広げて待っておく事にした。
「メティスっっ!!」
壊れんばかりに扉が開け放たれて案の定ウィズが部屋に飛び込んで来た。腕を広げていたので、ウィズはそのまま僕の胸に抱きついてくる形になる。
「そんなに急いでどうしたの?」
「大変なの!!」
真っ青な顔で焦っている顔も可愛い、ウィズの頭を撫でながら落ち着いて話してと促す。
「何があったの?」
「ルティシアちゃんが! 死んじゃう!」
「うん?」
ルティシア嬢が死ぬ? 只ならぬ発言に様々な状況を想定した。
ポジェライト領は魔の森と隣接しているせいで町にも魔物が現れるような危険な領地だ。もしかして外に出た時に魔物に襲われた? それとも、ウィズの命を狙う愚かな刺客が屋敷に侵入して、ウィズと間違えてルティシア嬢を襲ったか。
「わ、私のせいで! 私が軽率だったからルティシアちゃんがっ、血がいっぱい出ててっ、どうしようメティス!」
「大丈夫だから落ちついて、僕以外の誰かにその話はもうしたの?」
「まだしてないの! メティスの部屋が一番近かったしっ、水魔法が使えるメティスならルティシアちゃんの怪我を治してくれるかと思って私っ」
涙で瞳を潤ませて、ウィズがカタカタと震えている。
「このままルティシアちゃんが死んじゃったらどうしよう! 私のせいでっ」
泣かないでと言いながらウィズの目元にキスをして落ち着かせる。
「事情はあとで聞くよ、助けたいなら急ごう、案内してくれるね?」
「う、うん!」
混乱状態のウィズに話を聞くよりも、まずは現場に向かった方がいいだろうと、最悪の事態も想定しながらルティシア嬢の元へウィズの案内で向かった。
◇◇◇
その部屋でルティシア嬢は床に倒れていた。
俯せに倒れて、頭からドクドクと溢れ出ている血の水たまりが床に赤く広がっていた。
「ルティシアちゃん! しっかりしてルティシアちゃん!」
「……ウィズ」
「メティスを連れてきたからね! もう大丈夫だよ!」
「ウィズ」
「死なないでルティシアちゃあ~~んっ!!」
「ウィーズ?」
ルティシア嬢の背中を揺らしながら泣き喚くウィズの肩を出来るだけ優しくぽんと叩いた。
「一つ聞いてもいいかな?」
「どうしたのメティス? ルティシアちゃんを助けてっ」
「わかった、わかったけど……まずさ」
部屋の奥へ視線を向けた。
「なんで彼が部屋の隅で立ち尽くしているの?」
ウィズの弟でもあるハイドレンジアが部屋の隅でルティシア嬢を見下ろしながら、未確認生物と出くわしたかのように顔を引きつらせながらルティシア嬢から距離を取っていた。彼が「なんだコイツ……」とルティシア嬢へ言葉を漏らしていたのを僕は聞き逃さなかった。これ、明らかにルティシア嬢に引いてるよね?
「私がいけないの!」
「この状況でなんでウィズが悪いの?」
「推しというものがこんなに危険だとは思わなくて!!」
「おし?」
「でも仲良くなれたら良いと思って! よかれと思ってしたんだよ~~っ!」
わんわんと泣いているウィズ、意味不明な状況だけど泣いている姿も可愛い。
ではなく、つまりルティシア嬢は何者かに襲われた訳ではないと。
「ルティシア嬢のこの出血はなに?」
「鼻血なの!!」
「あーー……」
状況が理解出来てきて盛大に頭を抱えた。
「ハイドという推しと心の準備もなく出会わせてしまったせいでルティシアちゃんは鼻血を吹き出して倒れちゃったの!! 出血量がすごくてっ、メティス! ルティシアちゃん死なないよね?!」
「永眠させとけばいいよ」
「メティス?!」
いけないいけない、あまりにもふざけた状況すぎて、つい本音が零れてしまった。ウィズの前だから良い子にしていないと。
「ルティシアちゃんを治療してあげてメティス!」
「え? 鼻血を? 僕が?」
「うんっ」
「鼻血の為に僕が魔法を使って治すの?」
「うん!」
「興奮して倒れた鼻血に? よくよくルティシア嬢の顔をみたら腹が立つ程に幸せそうに笑っているのに? 僕が魔法を使ってコレを治すの?」
「うんっ!!」
期待に輝く目で頷かれてしまった。
ウィズのお願いだからね……いいけど。ルティシア嬢……あとで高くつくからね? 色々と。
「……ハア、じゃあ治療しながら何があったのか話を聞こうか」
「はい! まず推しというものについてなんだけど!」
「推しって何……」
「最悪死に至る自分の命を握られているものだよ!」
「凶器……?」
今日もウィズは僕の想像を上回って理解不能で、可愛いという事だけは理解できたよ。




