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悪役令嬢は魔王と婚約して世界を救います!  作者: 水神 水雲
第10章 弟の修行が心配なお姉ちゃんと魔王四天王爆誕(10歳~)
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87-2 ルティシア・ロレーナ



 色々あって……いやもう思い出すと恥ずかしすぎるんだけど、ハイド君のファンブック同人誌を徹夜で仕上げた朝に、お母さんにそれを見られてハイド君のお腹のラインの描き方が甘いと指摘されて羞恥心の余り家から飛び出した先で車に轢かれて私はお陀仏した……。


 我ながらなんてユニークな前世の死に方!! せめてあの同人誌だけは誰か燃やしててくれと願うばかりだわ!!


 そして目覚めた先は天国……ではなく、私の大好きなどきるんの乙女ゲームの世界の中だった。


 その事実に気がついたのは私がこの世界に転生して三年たった時。もうゲームばりに我が儘で使用人にキツク当たるミニ悪女だった。


 ゲーム通りの悪女になり周囲の期待に応えようと悪女を演じ続けた幼少期、魔力検定の時に王子様の揉み上げをひっぱったり、見知らぬ令嬢をぺちぺち叩いたりもしたけど、それもその一環だった。


 この世界の推しカプでもあり、大好きな御父様とお母様が「ルティシアなんかいなければよかったのに」と夜中に会話しているのを聞いてしまって家出をしたのは八歳の時。

 一人であちらこちらを彷徨って、これからどうしたらいいのかと途方に暮れていた。

 どうしようもなく辛くなったら俺の存在を思い出せと時輝お兄ちゃんは言ってくれてたけど、この世界にお兄ちゃんはいないから……。


 そして、私は家出した旅先で自分の弱い部分から逃げて逃げて、逃げ続けるだけの情けない旅をしていたけど、とある子に出会って変わる勇気を貰った。

 この世界に転生した自分が望まれるがままに悪女になって、それを演じて、誰からも嫌われない自分になろうとしていた。

 それはきっと、前世でお父さんから受けた心の傷のせいだったかもしれないけど、私は自分を演じる事で本当の自分を守ろうとしていたのだ。だって、悪女であるルティシア・ロレーナが嫌われたとしてもそれは私ではないから。それなら私は傷つかないからって。


 でも、この世界に来て初めて【助けたい】と自分から思える子に出会った。だから、自分を曝け出す恐怖を克服してその子を助ける為に必死に駆け回った。

 その結果がどうなったのかは……今私が満足に笑えている事が全ての答えよね。


「──という事で、私は家出した先で自分を変えられる素敵な出会いをして成長して、ちょこっと仲間も出来て、ピアルーンの街の危機を救おうとあそこに居た訳ですお母様」


 もう悪女のルティシアを演じるのは止めた。ピアルーンの街で過ごすのを最後に前世の私のような自分を表現出来るようにしようと決めて、口調もゲームのルティシアのような令嬢口調にする無理は止めて、前世と近いものにした。うん、やっぱりこっちの方がしっくりくるわね。


 というか、どうして私は気絶させられて家に連れ帰られたかと思ったら、庭でお母様の魔法で作られた蔦の檻の中に入れられているのでしょう……。

 お母様とは目を合わせづらい……家出になった理由がお母様に「いなければよかったのに」と言われた事が原因だったから。


 ぎゅっと蔦の檻を握りしめる。

 もう逃げない……逃げちゃだめよ、私は私として生きて行くんだからっ、もしも悪女を演じていた私をお母様が嫌いだというのなら、これからの私を見て貰えるように努力するのよ。


 ピアルーンの街で起きた魔物襲撃事件を思い出す。

 誰もが絶望したあの絶体絶命の状況で、ウィズちゃんは一瞬たりとも諦めずに立ち向かっていたわ。あの姿にどれだけの人が奮起させられた事か! わ、わ、私だって立ち向かうのよ! あの戦いに比べたらお母様と仲直りするのなんて、きっとずっと簡単な、はず、だわ!


 この世界にはいない、大好きなお兄ちゃんが頭の中で「ルンルンなら大丈夫だって」と背を押してくれた気がした。


「お、お母様!」

「なあに? お鼻に梅干しを詰め込む罰ならもう用意しているから逃げても無駄よ!」

「ひゃーーっいやーーっ!! 痛いだけじゃなくて染みるぅっ!!」

「こらクラリス、ようやくルティシアが口を開いてくれたんだから、まずは話をきこうじゃないか」


 檻の前でお父様はお母様の肩を抱きながら「梅干しは話を聞いてからでも遅くないよ」と言っている。

 え、話の結果次第では梅干しを鼻に詰められるの確定なんですか? お父様、たしなめようとしていると見せかけて、本当はものすごく怒っていらっしゃる?!


「私とマーヴィンがどれだけ必死に貴女を探していたか分かる? 何故家出なんてしたのか説明してちょうだい」


 お母様は腕を組んでキツい口調で理由を急かす。

 ごくっと唾を飲み込んで、ぎゅっと目を閉じてから声を張り上げて叫んだ。


「お、お母様と御父様が寝室で話をしているのを聞いてしまったの!」

「え? 一体なんの話を?」

「ルティシア……あの子がいなければよかったのにって、礼節もないロレーナ家の恥だって……」


 涙が込み上げてくる。


「あとを継がせるなんでとても出来ないからっ、お嫁に出して役に立ってもらうしか使い道が無いっ、そう言っていたのを!」


 お母様と御父様は同時に動きを止めて驚愕の表情に変わった。

 その先の変化を見たく無くて地面を見ながら、自分を心の中で励ましながら言葉を続けた。


「私は確かに悪い子だったわ、使用人を虐めたし、何をするのも嫌がってみせたし、令嬢達のパーティーでは頭から水をかけたりもした」


 でも第二王子様のもみあげを引っ張った事は秘密にしておこう……何故だか命の危機を感じてしまう。


「でもっ、これからの私は変わりたいと思ったの! 旅をした中でいろんな出会いがあって逃げ続けちゃだめだって思えたから! 私は絶対変わるから! だからお母様、お父様、どうか私を見捨てないでっ」


 前世のお父さんのように、いらないと塵のように捨てて踏みにじらないで。


『どんなにクソ野郎でも、子どもは親に愛されたくて産まれてくるんだ』


 うん、時輝お兄ちゃんそうだよね。私今度こそは諦めたくない、大好きになってしまった今世のお母さんとお父さんの事は諦めたくない。


「私、お母さんとお父さんに愛されたい!」


 シュルシュルと音をたてて蔦の檻が崩れていく……。

 どうしてだろうと顔を上げた先の光景に驚き過ぎて心臓がばくんと跳ねてしまった。

 お母様が、綺麗な顔をぐしゃぐしゃに歪ませて、大粒の涙を流して泣いていたから。


「あっ、あい、愛してるにきまってるじゃないのぉーーっ!!」


 ぺちんとお母様に頬を叩かれた。いつも全力でぶつかってくるお母様の手が、今日ばかりは泣いているせいで全然力が入らなくて痛くない。


「貴女は私の願いでっ、夢でっ、奇跡で……っ、私の元に産まれてきてくれてどれだけ私が嬉しかったか分からないのっ?!」

「お、お母様……?」

「いなければいいなんて思う訳がないわ!! 貴女には堂々とロレーナ家の人間として私達の隣にいてほしいのよ! ルティシアがいないと私はっもうっ、心が死んでしまうわぁっ!!」


 遂にわんわんと声をあげてお母様は泣き出してしまった。

 そんなお母様の肩を抱いてお父様は慰めて、困ったように笑った。


「ルティシア、私の世界一大切なお姫様。俺達が君を愛していないなんてある訳がないだろう?」

「で、でも私確かに聞いて!」

「君は期待と希望に抱かれて産まれてきた俺達の宝物だよ」


 お父様は私の頭を撫でながら優しく微笑む。


「本来、聖女は子どもを産む事が出来ないのは知っているかい?」

「え……っ」

「今の国王になってからその法律はなくなったけれど、魔王大戦より前の聖女達はみんな結婚を禁止されていたんだよ」

「なんでそんな……」

「聖女は精霊王の遣いであり、穢れてはならないから……だそうだよ。緑星院の司祭達は聖女が現れると子がもうけられないように特殊な魔道具を聖女の腕に嵌める。それを長く付ければ付ける程、母体は子どもが出来なくなってしまうらしい……怖ろしい話だよ」


 そんな話は知らない……いや、もしかしたら秘匿された聖女にまつわる闇の部分の話なのかもしれない。


「クラリスも例外なくその魔道具を腕に付けられていた。俺と出会ってからは子どもが欲しいと言って、腕が壊れてしまうと心配する程に必死に腕輪を引っ張っていたよ」


 御父様は何を思いだしているのか、面白そうに笑う。


「けれどまあ、緑星院の法律の改正と、クラリスの魔道具は彼女の大切な仲間達がどうにかしてくれたんだ」

「仲間達……って、英雄の皆様?」

「そうだよ、クラリスに気づかれないようにこっそりと解決してくれてね。それでも、クラリスは子をなせない腕輪を既に長期間つけてしまっていたから、子どもは出来ないだろうと言われていたよ」


 でも、と付け足して御父様は私の頬をつついた。


「天使は俺達夫婦を見捨てなかった、こんなにも可愛い子が私達の元へやってきてくれたんだから」

「おとう……さま」

「ルティシア、俺達を父と母に選んでくれてありがとう。君が産まれてきた時にお父さんとお母さんは一生分の幸せを貰ったんだ、だからその幸せを今度は我々が君にあげる番なんだよ」

「そうよぉっ!!」


 お母様はお父様諸共私を抱きしめて、美しい顔を歪めて大泣きした。


「貴女が私達をいらないって言っても絶対に探し出しちゃうんだから! どれだけ愛しているのか分かるまで抱きしめて語り続けてやるわ!」


 抱きしめる腕の強さにお母様の思いが伝わってくる。


「私の可愛いルティシアっ、お願いだから私に黙ってもういなくなったりしないで」

「おかあ……さま」

「さびじがっだでしょうがあああっっ!!」

「わ、わたしも……」


 目頭に熱いものが込み上げて、胸もいっぱいになってそれは涙とともに決壊してしまった。


「私も寂しかったあぁあ……っ」


 愛されたかった、お父さんとお母さんと幸せになりたかった。

 ただいまを言ったら「おかえり」と返してくれるそんな普通の日常を、お父さんとお母さんとしたかった。

 前世でのトラウマが私の心を縛る呪いになって、現世の御父様と御母様の事も心のどこかで信じられてなかった。

 前世の私は愛されなくて寂しかった。でも、今世では御母様も一緒に寂しいと泣いてくれたから、今世の御父様は私をまるで宝物だというように優しくその腕で包んでくれるから、私はもう、お父さんとお母さんに背を向けて逃げる事をしないよ……時輝お兄ちゃん。



愛されているという自身がこんなにも嬉しくて幸せなものだと、私はこの日初めて知ったの……。










 ぐずぐずに泣いて、私とお母様の目がパンパンに腫れてしまった姿を見てお父様は使用人に濡れタオルを用意させて、それを手渡しながら嬉しそうに笑った。


「やっぱり親子だなぁ、そっくりだよ」

「汚い泣き方しちゃった女性にたいしてその意見はどうなのかしら」

「泣き顔の話じゃなくて性格の話だよ、泣き顔も可愛い俺のお嫁さん」


 いくつになってもいちゃいちゃを止めない両親はこの世界での私の推しカプ。元気になったらまたお父様とお母様のカプ本を作ろうと心に決めた。


「で、でも……私が聞いたルティシアがいなければ良かったのにって言葉は?」


 お父様とお母様は本当に心辺りがないようで、お互い顔を見合わせて首を傾げていた。


「そんな事を私達が言う筈ないわよねぇ?」

「勿論だよ、ルティシアの自慢話ならもう結構と言われるまで人様に聞かせる位だからね、そんな言葉を吐くぐらいなら舌を噛んで自害するよ」


 お父様とお母様の様子を見るからに嘘ではなさそう。

 ……じゃあ私があの夜見た、お母様とお父様の姿は一体なんだったの?


「寝ぼけて聞き間違えたんじゃないかい?」

「そう……かしら、そうだったのかしら」


 濡れタオルで顔を拭いながら不思議だと思い返す。寝ぼけていたにしては鮮明な光景だった気がするわ。


「今夜は久しぶりに親子三人一緒に寝ようか」

「あら良いわね、ルティシアが嫌がってもぎゅっぎゅしながら寝てあげるわ!」

「えへへ、そんなのいつぶりかなぁ」

「ご歓談中に申し訳ございません奥様、緊急を要するかと思いお持ちしました」


 執事がトレイに乗せて持って来た手紙になんだかものすごく嫌な予感がする。


「あら、それはなに?」

「王城からの手紙のようでして」

「もしかして陛下から私に?」

「いえ、奥様へではなく……」


 執事はチラリと私を見た。


「第二王子のメティス様から、ルティシアお嬢様へでございます」



 誤解も解けて、前世のトラウマを振り切って一歩前に進めた私の元に、今度は魔王の手が伸びる事になるのだった。


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