【幕間】 レベッカ・ウェストの願い 4
ルーパウロ学園に入学してから二年が経ち、私は今年で十七歳になる。
学園での私の評価は想像していた通りで、故意的に流されたレベッカ・ウェストは悪女であるという噂は浸透していた。
人見知りをして喋れないでいると「お高くとまっている」と言われ、男性と視線が合うと「誰彼構わず誘惑するつもりなんだ」と軽蔑された。
こうして学園での私は孤立していき、結局ここでも私は独りぼっちだった。
分かりきっていた事……いくら学園に来ているとはいえ、常に御父様がつけた使用人が私を監視している、私に自由などありはしない。
自分に関しては全てを諦めていた、けど一つだけ諦めていない事があった。
ヴォルフ君……。
ヴォルフ君が別れを告げに来たあと、御父様にヴォルフ君と手紙のやり取りをしていた事がバレてしまった。見つからないようにベッドの下に手紙を隠していたのに、ヴォルフ君がいなくなって寂しくて、昼間に手紙を読み返していたのがいけなかった……その私の姿を見つけた使用人が御父様に告げ口をして、手紙は全て取り上げられて暖炉で燃やされてしまった。
食事が五日間水だけにされたけど、それにも大人しく従った。
悲しかった、苦しかった、けど私にはヴォルフ君との約束と彼からもらったオルゴールがあったから……まだ頑張れた。
オルゴールは私の魔法をつかって巧妙に隠してある、魔法なんて全く習えていなかったけど、御父様に手紙を燃やされたように、オルゴールまで破壊されてしまうのかと思ったら必死で、気がつけば【空間収納の魔法】が私に宿っている事を知った。
正式には何属性の魔法なのか分からない、けど私の少ない知識の中ではこんな魔法は聞いた事はない。
手紙を燃やされた後で部屋に閉じ込められていた時に、オルゴールを聴いていたらその音が部屋から漏れてしまった。
それを聞いた御父様が直ぐに部屋の前までやってきて、鍵をかけた扉目掛けて力任せに扉を殴りつけた。
「開けろ!! 今の音はなんだ!! お前に得られる物など何もないぞ!!」
そう怒鳴りながら叩かれる衝撃で扉が揺れて、いつ破壊されて中に御父様が入ってくるのだろうと恐怖で体がガタガタと震えた。
いつも奴隷のように御父様に従っていた、でもこのオルゴールだけは何にかえても守りたいと願った瞬間、魔法が発動したのだ。
風をねじ曲げたような丸い形、片手を入れられる程度の穴が何もない空間に開いた。
私はそこにヴォルフ君から貰ったオルゴールを隠した。この空間は私にしか開く事は出来ないし、私が希有な魔法を使える事は誰も知らないのだから。
幸い、間一髪の所で御父様にオルゴールの存在を知られる事はなかった、ヴォルフ君から貰ったオルゴールは今でも、私の空間の中に仕舞われている。
生きる事に辛くなった時にこっそりと聞けば、あの日交わしたヴォルフ君との約束が思い出されて励まされる。大丈夫、大丈夫だと私は私を励ます事ができた。
ヴォルフ君からの手紙はもう届かない……もしかしたら彼は魔法で届けようとしてくれていたかもしれないけど、手紙の存在が御父様にバレてしまったので、きっと私に手紙が届かないように妨害魔法を施している筈。
あと何年経てばまたヴォルフ君に会えるだろう? 御父様が選んだ相手に嫁がされる前に、もう一度だけ……会いたい。
◇◇◇
今日は新入生が初めて上級生達の前に姿を現す日だった。
初日は精霊王の像の前で新入生達は各々の魔法を示し、更にその年の最も優秀な魔力の生徒が魔法を披露し、式を終える。
そして、ようやく学園の生徒として迎える事が許された新入生達は、学園の聖堂に集められ、在学中の生徒達は二階から五階のホールから、一階に集う新入生達を見下ろして、宙を踊る祝福の花を彼らに投げて渡すのだ。
新入生達はその花をどれか一つ拾い、一週間枯らさないように保たせる、というのが最初の魔法学の試練。
上級生からは歓迎の意味で、新入生達はそれを受け取り学園の仲間になるという催し。
「ねえ貴女聞きまして? 今年の新入生のお話」
少し離れた場所で話をしている女子生徒達の話し声が自然と聞こえてくる。
「ええ、聞きましたわ! 魔法学の成績が歴代卒業生と比べても上回る程の実力の方がいたそうで」
「魔力を測定する魔法具を破壊してしまったそうですわね」
「しかも、見目もとても麗しいお方ですの、まるで異国の貴公子のような美しい風貌でわたくし胸が苦しくなってしまった程ですわ!」
「婚約者の方はいるのかしら? 爵位はお聞きになって?」
どうやら、今年の首席の方が類い希なる魔法の才能の持ち主だったよう。
この学園のほぼ全員が貴族で更生された学園故に、在学中に婚約者を探す者達も少なくない。そういった方々にとって、優秀な殿方とは是非縁を結びたいという話なのでしょう……私には関係のない話なのだけど。
ラッパのファンファーレが鳴り響く。
それを合図として、一階のホールをぐるりと取り囲むようにして設置されている浅い水路に予め置かれていた、ライトニングフラワーが教師達の魔法によって宙に浮かび、一斉に花開いて光に変わった。
開け放たれる扉、そこから新入生達が入場してくる。緑色のネクタイとリボンは新入生の証だ。
そして、注目の的となっている首席魔法使いはその先頭を歩いていた。
「まあ……」
思わず声が漏れてしまった。
長く美しい銀の髪を後ろで縛り、冷たい印象を受ける青の瞳は光を受け流して光りとても美しい。スラリと伸びた長い手足、高い身長、氷の貴公子という噂に違わぬ美しい男がそこに居た。
「あの方ですの?! なんて美しい殿方ですの!」
「わ、わたくしあの方に花を差し上げたいですわ!」
「わたしもよ!」
「お退きになって私が!」
皆が見惚れた後で、一斉に手すりに身を乗り出して我先にと氷の貴公子に花を投げていく。
けれど、彼は鬱陶しそうに眉をしかめて、あろうことが自分に降ってくる花を一瞬にして凍らせてしまっていた。
その異常な行動に周囲はざわついていたけど、私は面白い人だと笑ってしまった。
あれだけのお花を投げられては埋まってしまうものね、喋っていないのに「迷惑だ」という不機嫌な声が聞こえてきそう、感情に正直な方なのでしょうね。
「ヴォルフ様――! 私の花を受け取ってください!」
「ヴォルフ様こちらの花を!」
ヴォルフ……?
彼の名前なのかしらと、先程以上に凝視してしまう。
ヴォルフという名前に銀の髪……私が待ち焦がれている彼と同じ特徴だ。
そういえば、氷の貴公子様は北部出身だとか噂に聞いたわ。
少し考えてからハッとする。
北部の方は珍しいという銀の髪の殿方が多くいるのかしら? ヴォルフという名前も珍しくはないものね、同じ名前の方だなんて凄い偶然……。
ちくんと、視線が突き刺さる感覚。
誰かに見られている? それも凄く強く強く凝視されている気が……。
一階ホールに視線を戻してびくっと体が跳ね上がる。
氷の貴公子、ヴォルフ様が私を見つめてきていた。
瞬きする間も惜しいという程に、動きを止めて間違いようがない位に、私を見ていた。
こんなにも大勢の人達がホールを囲んで彼らを見ているのに、ヴォルフ様は私だけに狙いを定めて見つめていた。
な、何故私を見ているの? まさか私の悪い噂が北部にまで届いていて、疎ましいと思われているのでは。
私は花を投げる役目も放棄してこの場から逃げ出したくなった、というよりも既に三歩ほど後退していた。
私一人居なくなっても誰にも気づかれない筈と、正に逃げだそうとした、その時だった。
一階のホールで冷気が吹き荒れ、それを勢いとして上空へ飛びあがり、ヴォルフ様は二階席の私の目の前に降り立った。
「ひっ?!」
「レベッカ」
私の名前を知っているの?! やはり悪い噂がお耳に届いてしまっているのだわっ。罵倒されるのかしら、手を上げられないといいけれど、どうしたらっ。
怯えて混乱する私の手を取り、ヴォルフ様は跪いてから私の手の甲に口づけをした。
津波のような勢いでざわつく会場内。
「会いたかった……」
「な、な……ぁ」
「この一年かずっと、お前が恋しかった」
ヴォルフ様は私の手に握られていた祝いの花を奪い取り、自分の胸ポケットに挿した。
そして、私の腰を抱き寄せ、先程までの冷たい眼差しなど嘘のように優しく瞳を緩めて微笑んだ。
「あの日の返事を、聞かせてくれないか」
あの日もなにも私は貴方様の事など存じ上げませんっ?!
そう言いたかったのに突然の予想外の出来事の数々と、周囲の皆様からの視線の槍に刺されて、私の頭はもう容量オーバーとなってしまいました。
「きっと、ひと、ちが……いです」
「レベッカ?!」
頭がパンクして倒れた私の体をヴォルフ様が支えてくれた気がした。
この時のヴォルフの身長は170cm位あります、成長期なので、まだ伸びます。




