84-1 これが最後のやり直し
パパは墓地の入り口で待ってくれている、つまり私とアルヴィンの話をパパに聞かれるという心配はない。
「壊したかったんじゃないのか? この花人形」
「終わったから、誰の目にもつかない場所ならいいかなって」
今はまだ土の中に埋めただけの状態だけど、アレスに依頼しておいたから、後にこの上にちゃんとした墓石を作ってくれるだろう。墓石に掘る名前も別人の名前にしてもらうので、もう誰にもこれを暴かれる事はない。
私が持って来た花束を花人形を埋めた場所に置く姿をアルヴィンは、じっと眺めている。
「ルティシアは魔王に怯えていて、ウィズは魔王を守りたいと言うよな」
ぽつりぽつりと言葉を零す。
「どちらも初代聖女が取りそうな行動な気がする、でもその行動の違いに初代聖女の心が反映されている気もするよ……彼女は最期に、魔王をどう思っていたかというね」
私は何も答えずに花人形が埋められた場所を見つめていた。
初代聖女の生まれ変わりは恐らく……私だろう。
自覚なんてないけど、起きた事件と周囲の反応を総じて考えるとそうとしか考えられなかった。
「初代聖女は変わり果てた魔王に怯えているのか、それともその姿を追い求め続けて居るのか……君達のどちらが聖女の生まれ変わりで、何を思っているんだろうね」
アルヴィンは前世の事は教えてくれない。
幼い魂の私がそれを知ってしまったら、前世の記憶の悲惨さに魂が堪えられないかもしれないからと言っていた。
前世の事を知りたい、知らないとメティスを守る為の力を備えることが出来ないかもしれない。
けど、私が聖女の生まれ変わりだとアルヴィンに告げたら、彼がどう動くのか分からない。彼は私の味方だと言ったけど、明確に魔王の敵だと言っているのだから。
なら、少しずつ、バレないように情報を聞き出していくしかない。
「初代聖女の生まれ変わりが私かルティシアちゃんだとして……貴方もまた誰かの生まれ変わりなの?」
「生まれ変わりは初代聖女以外にも沢山いるよ、無念を抱えた魂達は自然と集いあうから、着実に初代聖女の魂の周りに集まってきている」
前世で知り合いだった人もまた、生まれ変わっているという事だろう。
その人達が前世の記憶があるのか、無いのかは分からないし、敵か味方かも分からない。
「その人達が誰なのかは?」
「初代聖女の魂を探す為に遡って見た、あの地球という場所の乙女ゲームはよくできていたよ」
アルヴィンは微笑む。
「見知った者達があのゲームには沢山いた」
「つまり……」
どきるんのゲームの登場キャラ達はやはり、初代聖女と関係が深い人達が生まれ変わっている者達という事かな。
でも不思議だ、初代聖女の周りに無念を抱えた魂が集まると言っているのに、あのゲームの主人公は私ではなかったのだから。
「俺は妨害されて魔王の顔を見ることも出来ないから全てを見れた訳じゃないけど、あのゲームの内容は記憶しておいた方が良い、君達の為になる筈だ」
「でもあれは未来の事が記載されたゲームだって……」
「初代聖女が死んだのは十七歳の時だった」
「え……」
「ウィズ、地球での君が死んだのは?」
「えっと……多分十七歳かな?」
高校生で、まだ受験もしてない上に後輩がいた事を記憶しているから、多分十七歳の時に死んだ筈だ。
アルヴィンはやっぱりと頷く。
「ルティシアも地球では十七歳で亡くなったそうだ。
そして、君達二人は悪役令嬢とされて繰り返し殺された年齢は、十七歳だ」
「え……」
「初代聖女が死んだ十七歳に君達は必ず死ぬ、まるでそれが運命のように、儀式のように……逃れられない運命に殺される」
アルヴィンの瞳が悲しげに揺れた。
「俺が何度助けようとしても、二人とも必ず死んだ」
「ま、待って、ゲームではルティシアちゃんは処刑されて、私は必ず国外追放になっていたよね? まさかその後に……」
「……ウィズ、君の死因はルティシアと違っていつも同じだったよ」
アルヴィンは私の隣に膝をつくと、私の手を両手で握りしめた。
「君は自分の胸を突いて……時を戻して死ぬ」
「自分の胸を……え、時を?」
「もしかしたら、会えなかったルティシアもそれをしていたのかもしれないけど、いつもルティシアが先に死んでしまうからそれは分からない。
君はね、魔王が殺された未来は認めないと、自分の命を生け贄にして時を戻すんだ」
ドクドクと心臓が警報を鳴らす。
自分の命を生け贄として、闇魔法を使って時を戻していたの?
つまり、やっぱり……繰り返された未来の中で魔王のメティスが生き残る道は一つも無かったんだ。
「でもねウィズ、もう無理なんだ」
「む、り……?」
「もしも、君がこの時間軸でも自分の命を犠牲にして時を戻したいと願っても……もう二度と魔王が生きていた時間に時を戻す事は出来ない」
「な、なんで?! 今までしていたのにどうして私には出来ないの?!」
「そのいい方……いざという時にはまた同じ事を繰り返すつもりだったのかな?」
アルヴィンは力なく首を横に振る。
「君は覚えていないけど、もう数えるのも嫌になる位に君は時を戻して死を繰り返している。
それは君だけじゃない、人間の子どもの癇癪のように認めないとする者も同じようにしていた」
「え……」
「だからね、もう限界なんだ。
数十年前に時を戻す程の力は、残っていない」
アルヴィンは私の手を握ったまま私の瞳を見据える。
「少し前にも言ったね、魔王の魂は数千年勇者と次代聖女と戦い、殺され封印されて、その都度生まれ変わっていた。
そして、すり減った魔王の魂は次の光の封印の力には耐えられない……今回の時間軸で光の封印の力で殺されたら消滅すると」
「っ!」
「そして、ウィズとルティシアが己の魂を生け贄として時を戻して何度も何度もやり直していた世界も、力を使い切りそうになっている今、もう繰り返す事が出来ない」
「つまり……やり直しがきかない?」
「……これが、本当に最後だよ」
アルヴィンの瞳はいつになく真剣だ。そこには嘘など微塵も感じられない。
「俺はコレが最後だと知っている、そしてアイツも最後だと知っている。
だから、俺は本気で魔王を殺しに行く」
「なんでっ!!」
「ウィズ、君を傷付けたくない、俺はただ初代聖女の生まれ変わりの魂に幸せになってほしい」
握った私の両手を自分の額の所へ押し当て、祈るように目を閉じた。
「どうか生きて……幸せになってくれないと許さない」
「っ……!」
その言葉は、以前に断片的に脳裏に浮かんだ言葉だった。
その言葉をアルヴィンが言った、そして私もそれを懐かしいと感じた。
やはり、初代聖女の生まれ変わりは私で、アルヴィンとはなんらかの形で知り合いなのだろう。




