11-2 弟の笑顔を盗みにいくのよ!
「さてと、今日は君にいい知らせが一つあるんだ。けどその前にまずはプレゼントを渡そうかな? さっきの君の面白行動はなんだったのかを聞くのは後のお楽しみに取っておこう」
私の面白行動とは? 私はいつも真剣に物事に取り組んでいるだけなんだけどね! それに、いい知らせってなんだろう? 気になるよ~っ!
メティスの言葉に従い、ポセイドンが私の目の前のテーブルに装飾の施された赤い箱を置いた。
「これなあに?」
「開けてみて」
「うん?」
言われた通りに箱を開けると、キラキラと輝く宝石が現れた。レッド、ブルー、ピンク、オレンジと色とりどりの輝く直径十㎝位の宝石がゴロンと箱の中に並んで入っていた。
「わぁっ、きれ~~! おいしそうっ!」
「ウィズ、宝石は食べられないんだよ」
「えーー……」
「宝石が食べられなくてガッカリする令嬢は世界どこを探しても君だけだろうね」
こんなにキラキラしているなら飴玉よりも、うんと甘くてとろけるように美味しいんじゃないの? 美味しくないのなら宝石はなんの為にあるんですか……。
「君は本当に面白いね」
メティスは向かい合わせに座っていたソファーから降りて、私が座るソファーの隣に座った。そして、宝石箱を両手で持ち上げて膝の上に置いて、改めて私に見せてくれた。
「この宝石はスピネルって言うんだ、本当ならもっと高級な宝石をあげても良かったんだけど、この石を見ていたらなんだかウィズの事を思いだしてしまったから」
「わたしー?」
「うん、そう」
メティスはスピネルを指さしながら一つずつ解説してくれた。
「スピネルは色によってパワーが異なるんだよ。レッドやピンク色は不安を消し活力を与えてくれる、ブルーは精神性と霊性の向上、グリーンは他者に対する愛情を高める、オレンジは愛を貫く決心をする」
「ふぅん?」
「興味がなさそうでびっくり」
びっくり、という割にはメティスは楽しそうに笑っている。
「これはまだ簡単に加工を施しただけでね、ここからアクセサリーを作るつもりなんだけど、ウィズはどんなアクセサリーが欲しい? ネックレスとか指輪とか」
「おいしいの!」
「宝石は食べられないよ」
「ええーー……」
心底ガッカリする私に対して、メティスはずっとニコニコだ。
「スピネルはね、体内の力を活性化させるパワーがあるとされている石なんだ。強い意思力と行動力をもたらし自己実現を助ける。それを知って、なんだか君を思い浮かべてしまって」
メティスは優しく目元を緩めて微笑んだ。
「僕にとって君はそんな子」
私はそんな大層なものでもない気がするけど、メティスが幸せそうにそう語るものだから、なんだかくすぐったくて私も笑ってしまった。
「じゃあウィズもいつかめちすに、きらきら! あげるね!」
「僕に?」
「うん! めちすにぴったりなの! 木からもぎとってくるね!」
「ウィズ、宝石は木に実がなるものじゃないんだよ」
「ちがうの?!」
「ふふっ、でも嬉しい、ありがとうウィズ」
メティスは私の頭を撫でてから、宝石箱を閉じた。
「アクセサリーの好みはまだウィズには早いかな? 僕の方でウィズに合いそうな品を見繕っておくね」
「ぎらぎら角がはえた、かっくいいのがいいです!」
「最近耳が遠くなったのかなぁ、何も聞こえないなぁ」
宝石箱をポセイドンに手渡し、メティスが私の顔を覗き込んできた。
「それで? 今度は何をしていたの?」
楽しくて仕方ないというように目を輝かせて聞いてくる。どうやらメティスは私の行動を見ているのが楽しくて仕方ないらしい。普通の事しかしていないのに、まったくをもって謎である。
こほん、と大人の真似をして咳をしてから窓を指さした。
「まどから壁をつたって、どろぼうするつもりだったの!」
「ふむ、それは何が目的だったの?」
「おとーとに会いたいの!」
にこやかだったメティスの顔から笑みが消えて、真剣な顔に変わった。
「弟に、会いにってどういう?」
「ウィズね、おとーとがうまれてから一度もお顔みてないの、あいたいのよ!」
「そう……」
「だからね、おへやにどろぼーにはいるの!」
「泥棒に入って、盗んじゃうの?」
「うん! おとーとのえがおをぬすみにいくのよ!」
世のため人の為に盗みを働く泥棒の事を義賊というらしい。ちょっと変わった路線のヒーローなのだ、私は弟の笑顔を盗みにいく義賊になるのだ。
得意げに胸を張って言ったのに、メティスはンッと口を結んで小刻みにぷるぷる震えている。
「メティス様、笑っちゃ駄目ですよ、ウィズ様は本気で言っているんですから」
「わか、って……るよ、だから……こらえっふっ、ンンッ!」
メティスは咳き込んでから、持ち直したように微笑んだ。
「君の家の事情は大まかな事は聞いているよ、だから会いたいなら正面から堂々と行こう」
「でも……」
正面からは会えない。何度も会いたいとお願いしたけど、誰も聞いてくれなかった。それどころがママの耳にそのお願いが届いてしまったら、ママはまた叫びだして怒りかねない。
前に内緒で弟の部屋に入った時みたいに、腕を引っ張られて外に連れて行かれちゃうかもしれない……。
「大丈夫だよ、僕がいるんだから」
「めちす?」
「うん、僕がその弟君に会いたくて、ウィズは隣をついてくる、それでいいんだよ」
メティスはソファーから降りて、私と手を繋いで行こうと手を引っ張った。
「それに、このまま僕が帰ったら君はまた外の壁によじ登って、今度こそ怪我をしてしまいそうで怖い」
「あえ、るの?」
「会えるよ姉弟なんだから、本来はいつだって気軽に会えなくちゃ駄目だよ」
メティスの目がほんの少し悲しそうに歪んだ。けど、それをすぐに笑顔で隠して、私を連れて廊下に出た。白甲冑のポセイドンも後ろを歩いてついてきていて、予定にない王子様の移動にお屋敷の使用人達は驚いた様子でこちらを見ていたけど、誰も王族であるメティスの前に出て止める者はいない。
私が一人でここを歩いた時には、みんなが止めて部屋に戻れと眉を釣り上げて怒ってくるのに、今日はそんな事は一度もない。
「めちす」
「うん?」
「めちす、すごーい! かっこいい!」
「ええ?」
どういう事? ってメティスが不思議そうにしつつも照れくさそうに笑う。メティスと手を繋いで歩いてるとなんだかどこまでも行けそうな気がして、先へ先へ行くのが楽しくなってしまう。
「ママのおへや……ここ」
そうこうしているうちに、ママの部屋の前までやって来た。
「え? ここ?」
メティスは驚いたように目を見開いた。
「女主人の部屋の前なのに、扉の前に誰も控えていないの?」
「わかんない?」
「そうだよね……」
メティスは怪訝そうにしながらも、扉をノックする。
「……いないのかな」
再度ノックしても、誰も出てこない。しばし待ってみたけどやっぱり反応は無くて、メティスは背伸びしてドアノブに手を掛けた。
「おや、開いてる」
「えっ、かってにはいっちゃうの?」
「いいじゃない、本当に泥棒みたいで。ポセイドン、君はここに居て誰かが来たら教えて」
「わかりました」
「行こうウィズ」
いいのかな?! 勝手に部屋に入るのは悪い事なんじゃ……って、そうだよね! メティスも言ってたけど私も泥棒に入ろうとしていたんだもん! 窓からもドアからも同じだよね?!
メティスの手をぎゅうって握り締めて、内心どきどきしながら緊張する。
ママに怒られないかな? 怒鳴られないかな?
「大丈夫だよ、僕がいるから」
私の不安を察してか、メティスは優しく微笑んで私の手を引いてくれた。
そして、二人でママの部屋へと侵入した。




